第19話 公園

時刻は七時前で空はまだ明るいが、うら寂しい遊具や木々の下に、夕暮れの気配が感じられた。

小さな公園には人影は無く、セミの声ももう消え入りそうだ。

結局、タマちゃんにはお茶を買い、俺はブラックコーヒーを飲む。

「よくそんな焦げた泥水みたいなの飲めますね」

「……」

先日、タマちゃんは同じコーヒーを受け取ったはずだが、秘密基地では飲まず、あの後、学校で飲んで吐き出したらしい。

ったく、今までブラックコーヒーを飲んだことが無いなんて、どんだけお子様だよ。

「そんなことじゃあ、迸るミルクなんて飲めないぞ」

「セクハラで訴えますよ」

理不尽な!?

「まあその歳で未経験ということは、欲望の捌け口が無くて私達のような子供にセクハラするくらいしか満たされるものが無いんでしょう」

「ごめん、それくらいにして?」

「私はともかく、みゃーにセクハラしたら許しませんよ」

「いや、寧ろされてる方」

「……正直なところ、欲情しますか?」

何と答えればいいものか。

「んー、アイツには保護欲の方が掻き立てられるかなぁ」

「子ども扱いですか?」

「そういうわけじゃ無いけど、なんか危なっかしいし」

「不本意ながら、私もあなたと同じ意見です」

コイツはいちいち否定的な言葉を交えないと喋れないのか。

「……で?」

「今日、あの子は職員室に呼び出されました」

「アイツは何をやらかしたんだ?」

「今朝の遅刻が一つ」

あ、俺のせいだ。

アイツ、言い訳とか下手そうだなぁ。

遅刻の理由を、ちゃんと上手く誤魔化せたんだろうか。

「通常、一度の遅刻くらいで呼び出されることはありません」

タマちゃんの声に、俺を責める響きは無いが、嫌な予感がする。

いや、ある程度は、想像がつく。

「もう一つは、援交疑惑です」

「……」

「単なる密やかな噂だったのが、先日、クラスの男子に見られたのが致命的でした」

「ああ、アイツか」

「具体的に、冴えないオッサンだったとか、ロリコン顔だったとか言いふらしたものですから、信憑性が増してしまいました」

それが具体的!?

ロリコン顔ってどんな!?

「まあ実際には、フツーのオッサンって言ってただけですが」

え? じゃあさっきの言葉は──

「お前かよ!」

「私の口からは、みゃーの叔父さんだと言ってあります。年齢的にちょっと厳しいですが」

ぐっ、さっきのツッコミは無視した上に、それ以上は追及出来ない会話運び。

「そうか。迷惑かけてすまない」

「ただ、毎朝叔父さんと会ってる、というのも不自然な話ですし」

「叔父さん大好きっ娘というのも中には──」

「いたとしてもカッコいい叔父さんの場合でしょう」

俺が言い終わらないうちに否定を被せてくる。

でもそれを否定することも出来ないわけで、子供っぽい一面がありつつも、色々とタマちゃんは上手うわてだ。

「意外に思われるかも知れませんが、みゃーは特進生なので、変な噂が立つのは好ましくありません」

「特進生?」

「入試の時の成績上位十名が選ばれます。入学金から授業料、すべて免除されます」

「凄いな……」

「成績次第で免除は取り消されますし、生徒として相応しくない行いによって取り消されることもあります」

「そうか……」

「あの子、母子家庭なので、家計は苦しいようです」

遠回しに、でも確実に追い詰めてきてる。

いや、でも、追い詰められているつもりは無い。

もともと、俺はタマちゃんと同じ考えでいるからだ。

「あとはタイミングだけなんだよなぁ」

「タイミング?」

「もうすぐ夏休みに入るだろ?」

「ええ」

「そうなると必然的に会える機会は減っていく。そこから徐々に疎遠に、と考えてはいるんだけど」

「……そうですか」

タマちゃんは、優しい笑顔を浮かべた。

優しい表情も、笑顔も、俺に初めて見せるものだった。

「随分とあっさり引き下がりますね。いいんですか? この先、その粗チンを使う機会なんて二度と訪れないかも知れませんよ?」

「粗チンじゃねーし! ていうかセリフと表情が合ってなくてえーよ!」

「……失礼しました。自分でもよく判らない感情が湧き上がったもので」

「そもそもお前はどうあるべきだと思ってるんだ? さっきのセリフじゃ、くっつけたいのか引き離したいのか判らん」

「……別れるべきです。それはもう確定事項です。でも、一応はあなたの意見も聞いておきましょう」

「は? だから俺は夏休みをきっかけに──」

「あなたのみゃーに対する想い、それを赤裸々に恥も外聞もなく語ってみてください」

えー……。

凄まじく露骨に嫌そうな顔をしたのに、タマちゃんはニッコリ笑って、俺を促した。

俺に見せる二度目の笑顔は、目が全然笑っていなかった。



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