第18話 タマちゃん

仕事帰り、駅の改札を出たところでタマちゃんに会った。

「定時退社とはいいご身分ですね」

彼女は駅前で滝原と喋っていたらしく、今しがた滝原を見送ったところだという。

「公務員には見えませんし、仕事の無い零細企業といったところでしょうか」

俺は苦笑するしかない。


朝とは違って駅前の商店街を通る。

土日の食材を買うためだ。

お洒落な店などは無いが、食品に関してはスーパーよりいい物を置いているし、主婦達で賑わっている。

「意外と家庭的なんですね」

八百屋で物色、魚屋で品定め。

それなりに見る目はあるつもりだ。

「まあ一人暮らしが長いからな。って、タマちゃんも同じ方向?」

買い物をする様子は無い。

「概ね見当違いの方向ではありません」

それって誤差どのくらいなんだ?

「あと、タマちゃんなどと馴れ馴れしく呼ばれるのは本意ではありませんが、多摩さんという響きは好みませんので現状のままで」

色々とめんどくさい女の子ではあるが、普通に一緒に歩いてくれるところを見ると、少なくとも嫌われてはいないのだろう。

「ていうか、その腕、どうしたんだ?」

左腕の肘の辺りに、白いガーゼが貼られている。

「さすがは瞬時に女子の身体を舐め回すように見るだけあって目聡いですね」

「いや、結構ガーゼの範囲、大きいよね? 半袖だから普通に目に付くよね?」

「……体育の時間に転びました」

恥じらう表情は初めて見た。

「そりゃあ、本当の玉にきずってやつだな」

「……くだらない」

「いや、シャレもあるけど、そのままの意味も込みで」

「なっ!?」

そんなに強く反応することだろうか?

滝原と違って判りやすい綺麗さだし、肌も髪も、女性なら羨むレベルだと思う。

「なるほど、ロリコンはそうやって未成年をたぶらかすのですね!」

射抜かれそうな強い視線で睨まれるが、顔は真っ赤だ。

怒っているようにも見えるし、照れ隠しのようにも見える。

毒舌タマちゃんは、意外と褒められるのが苦手なのかも知れない。


「さて、買い物も済んだことだし、どこで話す?」

「はあ? ナンパですか? みゃーというものがありながら、どれだけ性欲持て余してるんですか?」

「何か俺に話があるから駅にいたんじゃないのか?」

「……」

「いちいち毒を吐かないと話を進められないのかお前は」

「クラスの男子と違って扱いにくいです」

「高二の男子と同じように扱おうとするな」

「……すみません」

意外と素直になる。

しおらしくなると綺麗さが際立つから、毒を吐き続けてもらった方がいいかも知れない。

「えーっと、滝原のことだろ?」

「はい」

「じゃあファミレスでも行くか? それともこの先の公園とか」

「公園でいいです」

「飲み物は何がいい?」

俺は自販機の前で立ち止まる。

「では、あなたのほとばしるミルクを──痛っ!」

取り敢えず頭を叩いておく。

「お前は滝原にそんなことばっかり教えてるだろ」

「そんなことばかりとは心外ですね」

「アイツは純粋で好奇心旺盛で感化されやすいから程々にしておけよ」

「失礼ですね。まるでみゃーを発情期の猫みたいに」

誰もそんなこと言ってなくね!?

「だいたい私は男女の営みについては未経験なので、みゃーとはお互い知識を高め合っているだけです」

「いや、その点は俺も同類であるわけだが」

「……笑うところですか?」

「笑わないでくれると有難い」

ふっ。

コイツ、鼻で笑いやがった!

嘲笑と侮蔑と憐みの入り混じった目で!

「あーもう、この間と同じコーヒーでいいな!」

「え?」

俺は自販機のボタンを押した。

いつも俺が愛飲しているブラックコーヒーだ。

「ほら」

俺が缶コーヒーを差し出すと、タマちゃんは一歩後退る。

それどころかふるふると首を振り、その綺麗な顔を歪ませた。

「に……」

「?」

「苦いのイヤぁ」

……意外とお子様だった。




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