第15話 笑顔
滝原と会うのは、随分と久し振りのような気がする。
五日間、会わなかった訳だが、その間に可愛さが増したように見える。
たったそれだけの期間で外見が変わるはずもなく、別に化粧をしている様子も無い。
つまりは、俺の方に問題がある。
滝原の友達に言われたことでもあるが、ある程度の距離は保つべきで、感情の赴くままでいれば深みに嵌ってしまいそうだ。
俺は路地と雑居ビルの間の段差に腰掛けて、缶コーヒーを飲んでいた。
隣には滝原が座っている。
……近い。
密着とまでは言わないが、友達の距離感ではない。
「寂しかった?」
無邪気に訊いてくる。
「ああ」
あれ? 誤魔化すつもりが素直に返事をしている俺がいた。
「えへへー、私もー」
腕をぎゅっと掴んでくる。
ヤバい。
これは良くない兆候だ。
大人として独り立ち、大人として独り立ち……。
俺は呪文のように心の中で呟く。
「そ、そう言えばお前の友達──」
「タマちゃんのこと?」
「タマちゃん?」
「そう、多摩美月ちゃん。綺麗な子でしょ?」
「あ、ああ」
「こーすけ君」
「ん?」
「綺麗だからって、好きになっちゃ駄目だぞっ」
……クッソ可愛い。
いや、冷静になれ、俺。
「その、タマちゃんは、俺のこと何か言ってたか?」
「優しそうな人だねって」
アイツめ、無難なこと言いやがって。
でも、アイツの口から距離を置けとか言わせるのは違うよな。
やっぱり大人の俺が、自分から行動して滝原との関係に向き合わなきゃならないことだ。
「それと、昨日もらったアレのことなんだが」
「ちょっと、恥ずかしいから言わないでよー」
恥ずかしいという感覚はあったんだ。
「汚いとか思われたらヤだから、ちゃんと洗いたてのだよ」
そこは気の使うところが違うだろ! と言ってしまいそうになるのを辛うじて抑える。
そもそも、先日の目覚めの際に、俺は滝原のパンツを見たことが無い、と嘆いて自己嫌悪していたのに、滝原のパンツを見る前に滝原のパンツを見てしまった。
って、何を言ってるんだ俺は。
いや、だから身に着けた状態でないと意味が無いというか、じゃあ身に着けていたものが身体から離れると価値が無いのかというと決してそんなことは無く、って、あーもう俺は煩悩の塊だ!
「タマちゃんが、男の人は靴下も喜ぶって言ってたけどホントかなぁ」
あのアマぁ!
というか、コイツはエロいんじゃない。
ただ無垢なだけなんだ。
「タマちゃんの言うことは、あまり鵜呑みにするな」
「どして?」
「いや、かなり間違った情報というか、極端な例が多い気がする」
「でも、タマちゃんの言う通りにしたら、こーすけ君と仲良くなれたよ?」
俺自身が極端な例に該当していた。
「それに、前より元気になってくれたみたいだし」
俺自身がタマちゃんを肯定する存在だった。
いや、もはや俺はタマちゃんの意見の体現者と言っていい。
「でも、そもそも何で俺を元気付けようとしたんだ?」
「んー、元気が無かったから」
「そんなヤツはそこらにいくらでもいるだろ?」
「私ね」
いつもみたいにニコニコしてるのに、いつもとはちょっと違うように見える。
あどけないのにひたむきで、か弱いのに強く見えた。
「いま学校がすっごい楽しいの」
「あ、ああ」
今度はあまりに真っ直ぐな笑みにたじろぐ。
「だからお裾分けー」
答になっていない。
でもその笑顔は、本当に分け与えられる。
十六歳のくせに、まるで母親みたいに笑うから、俺はそれに釣られて、子供みたいに笑うのだ。
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