第14話 女子生徒 2
もう梅雨は明けるのだろうか。
秘密基地から見上げる細い空は、夏みたいな青い帯を描いている。
周囲に木など無いけれど、建物の間でセミの声が反響して、暑くなりそうだなぁと思う。
今朝はサバトラだけがエアコンの室外機の上で寝そべっている。
またお前か、みたいな顔をした後は、興味無さげにずっと目を閉じたままだ。
「またお前か」
サバトラの気持ちを声に出した訳じゃない。
昨日の少女が澄ました顔で俺の前に現れたからだ。
「みゃーじゃなくて残念でしたね」
顔だけじゃなく、声まで澄ましている。
「残念ってことは無いが、滝原の風邪が治ってないってことだから心配ではある」
「意外と元気でしたよ」
「え?」
「昨日、学校の帰りに寄ったら、アニメ見て爆笑してましたから」
「……」
「ただまあ、熱があったのは確認してますので、仮病では無いです」
アイツが仮病を使うとは思えない。
寧ろ、アニメを見て爆笑してたってのは、元気を装っていたのではないかとすら思う。
「昨日、これを渡してくれって頼まれました」
紙袋を渡される。
「中身は?」
「託された物の中身を見るほど落ちぶれてはいません。まあ、見当はつきますけど」
俺は紙袋を受け取り、その中にある菓子箱のようなものの蓋を開けた。
妙に軽い、とは思っていた。
ほぼ菓子箱の重さしか感じない。
だが、ただの悪戯ではないかと訝しむ俺を、中の物体は嘲笑った。
こ、これは!
菓子箱の中に納まっていたのは、白く可憐な、おパンツ様であった。
「確認したいことがある」
俺はひどく真面目な声で、このブツを持ってきた少女に言った。
「何ですか? あの子のスリーサイズなんて知りませんよ」
俺のひどく真面目な声は、いったいどう受け止められたんだ……。
「さっきお前は中身の見当がつくと言ったな?」
「ええ、言いましたけど?」
「何故だ」
「……その点については私の反省すべきところです」
何を言ってるんだ、コイツは。
「以前に、全く男っ気の無いあの子が、男の人を元気付けるにはどうしたらいいか、と訊ねてきたことがあります」
何か、俺の知らない事情が明かされるのだろうか。
俺には知ることの出来ないアイツの学校生活が、この子の口から語られるのだろうか。
「ああ、みゃーにもやっと春が訪れたのか、と思って、私はアドバイスしました」
「何と?」
「男なんてエロく迫ればみんな元気になるわよ、と」
「……」
俺が黙って見つめると、気まずそうに目を逸らす。
「で、このプレゼントというか、貰ったものに関しては」
「以前、元気の無い男の人に何をプレゼントしたら喜ぶかなぁ、とみゃーが言ったので、男なんてエロいもの贈っておけばみんな元気になるわよ、と」
「全部お前かよ!」
「……ずっと前の話です」
「え?」
どこか遠くを見るような、昔を思い返すような目をする。
「それからも、みゃーに変わった様子は無く、男っ気も無く、あの話はどうなったんだろうなんて思ってましたが、まさかこんな社ち──サラリーマンが相手だったなんて」
いま社畜って言いかけたみたいだが。
でも、確かに「こんな社畜」だよな。
周りに同世代の男がいっぱいいて、話題も価値観も近くて、イケメンもいれば、優しいヤツもいるだろう。
なのにアイツは何で、こんな社畜に構うのか。
「何でだろう?」
「知りませんよ」
俺の一言に、一言で返す。
冷たいようでいて、瞬時に俺の訊きたいことを悟ったのだから、人の気持ちが判る子なんだろう。
「ずっと以前なのに、今頃になったのは?」
「きっかけとか、勇気とか、色々ありますよ。私達の年齢でサラリーマンに声を掛けるなんて、普通は無理なんです」
それもそうか。
物怖じせず、童貞を翻弄しまくってはいるけれど、アイツはまだ十六歳で、話を聞く限り男っ気は無い。
もしかしたら、勇気を溜めて溜めて、それがいっぱいになるまでに、随分と時間がかかったのかも知れない。
最初に話し掛けられた日に、アイツは言ってた。
『毎朝擦れ違ってるの知らないでしょ』『ちゃんと顔を上げて歩いた方がいいよ』と。
ちゃんと毎朝見てたんだ。
元気が無いと思ってたんだ。
それで、元気付けようと思ったんだ。
でも、何でだろう? また同じ疑問を繰り返す。
「明日には登校してくると思いますから、節度をもってほどほどに」
「認めてくれるのか?」
「認めません。いきなりはみゃーが可哀そうだから、徐々に距離を取って自然消滅してください。大人ならば」
大人ならば、か。
俺はその言葉を、ずっと噛み締めなければいけなかった。
なのに、貰ったパンツが俺を元気にしてしまう。
その日の俺は、自己嫌悪と元気が交錯し、ひどく疲れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます