第13話 女子生徒 1

少女は、勝気な目で真っ直ぐに俺を見据えた。

髪は長く、姿勢が綺麗で、落ち着いて大人びた雰囲気を持っていた。

「孝介さん、で、間違いないですか」

容姿に似合う、低く通る声だ。

「そう……だけど?」

「みゃーから伝言があって来ました」

みゃー? あ、そう言えばアイツの名前は美矢だったはず。

美矢だから「みゃー」って呼ばれてるのか。

アイツの懐き方は犬っぽいけど、よく猫と遊んでいるから「みゃー」って呼び名はよく似合う。

「アイツが、何て?」

「風邪を引いたから休むそうです。あとこれを買って持って行けと」

差し出された缶コーヒーは、いま俺の手に握られたものと同じだ。

更にさっきコンビニで買ったものもあるから、同じ缶コーヒーが三本になってしまった。

「どれか飲む?」

トマトジュースと牛乳、缶コーヒーを並べる。

滝原とは対照的に表情に乏しい子だけれど、トマトジュースを見て少し苦笑する。

アイツは学校でも飲んでいるのだろう。

「私はこれで」

少女は自分が買ってきた缶コーヒーでいいと言う。

遠慮して余っているものを選んだのかも知れない。

「あ、お金払うよ」

俺は財布を出したが、少女は手のひらを俺に向けて拒絶の意思を示す。

うーん、滝原とは随分タイプが違うなぁ。

「私がここに来たのは、みゃーの伝言のためだけじゃありません」

確かに、伝言のためにしては、妙に対峙するように立つなと感じていた。

「あなたに自首を──いえ、自制を促すために来ました」

もしかして、この子の中では俺は既に犯罪者扱いなのだろうか……。

「自制と言うのは、滝原と親しくするのを控えろってこと?」

「話が早くて助かります。実際のところ、少し噂になってきてますので」

「どんな?」

「サラリーマンと一緒にいるところを見たとか、援交相手じゃないかとか」

この秘密基地に来るまでは、確かにちょっと目立っていたかも知れない。

アイツは意にも介していなかったが。

「そのことは滝原に言ったの?」

「あの子はそんなこと言ったって聞き入れません」

人懐っこいけど頑固だろうなということは、俺にも想像がつく。

「俺も聞き入れないと言ったら?」

「……今この場で悲鳴を上げます」

お前もか!

どいつもこいつも悲鳴を上げれば人を犯罪者に出来ると思ってるのか!

まあ、多分、俺は捕まるけど。

でも──

「どうぞ」

きっとこの子はそんなことをしないだろう。

「え?」

「悲鳴を上げるならどうぞ」

だってこの子はアイツの友達だ。

「ほ、ほんとに上げますよっ!」

「それで気が済むなら」

「……」

ほら、本当に人を貶めるようなこと、アイツの友達なら出来る訳が無い。

まあちょっと口惜しそうではあるが。

「い、今そこの表通りに出て脱ぎますよ! いいんですか!」

お前は滝原か!

タイプが全然違うと思ったけど、お前らやっぱ友達だわ。

思考回路が全く同じで笑ってしまう。

「な、何が可笑しいんですか! 本気ですよ!」

今度は本気でやり兼ねない気概を感じる。

「それはやめてほしいかな」

「え?」

「アイツの友達に、そんな恥ずかしい思いはさせたくないし」

やっぱり口惜しそうだけど、羞恥心という言葉を思い出したのか、顔が赤くなった。

「……取り敢えず、今日のところは引き下がります」

今日のところは、ってことは、また来るんだろうか。

「一つ訊きたいんだが」

以前から、少しだけ気になってたこと。

「何ですか?」

「アイツは、滝原は、学校では楽しくやってるのか?」

その答え次第で、俺の立ち位置は変わる。

「あの子に釣られてみんな笑っちゃうくらい、いつも明るくて楽しそうですよ? ただ、男子とはほとんど喋りませんけど」

「そっか。安心した」

「安心?」

「もしアイツが、学校に居場所が無くて俺に依存してるなら、付き合い方を考えなくては、って思ってたんだ」

「……」

「まあ、君みたいな子がここに来た時点で、既に安心してたんだけどね」

「どういうことですか?」

「こんな路地裏に、大人の男に会いに来るって、勇気がいると思うんだ」

「べ、別に、みゃーが信用してるみたいですから、煩わしいだけで怖いとかは無いです」

「そうやって滝原を信用してくれる友達がいるって判ったから」

「……」

「話せて良かった。ありがとう」

「っ! き、今日の帰り、みゃーの家に寄りますけど、何か伝言ありますか!」

何で怒り気味なんだろう?

でも、言葉を届けてくれるなら──

「早く風邪を治せ」

それだけかな。

「判りました」

「アイツに釣られてみんな笑っちゃうのと同じように、俺は毎朝アイツに元気を貰ってたんだ」

「……独り立ちしてください」

最後の言葉は、けっこう辛辣だった。

でもまあやっぱり、今日も一日頑張りますか。

そんな風に思えたのは、アイツがあの子に託して、元気を届けてくれたからだろう。

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