第12話 レジ袋

月曜を待ち遠しく思ったことなんて、今までにあっただろうか。

俺は早足で秘密基地へと向かう。

まるで、二十分早くなった待ち合わせを、二十一分か二十二分にしようとするみたいに。

早く着いたところで、アイツの電車の時間は変わらないのだから、早く会える訳では無い。

ただ、あの狭くて薄暗い路地が、妙に落ち着けるのだと理由を付ける。


コンビニに寄って、トマトジュースと牛乳、そして自分用の缶コーヒーを買って路地に行く。

今日も猫は二匹。

丸々と太ったチャトラと、先日もいたサバトラが俺を迎える。

迎えると言っても、チャトラは胡散臭げに、サバトラはコーヒー顔射を憶えているのか、じろりと睨むようにだ。

パイプに結び付けておいたコンビニのレジ袋が目に入った。

気付かなかったのか……。

まさか、あの雨の中、ずっと待っていたのだろうか。

ん?

薄っすらと透けるレジ袋の中身に違和感を覚え、俺はパイプから袋を解いた。

缶コーヒーと、一枚の紙が入っていた。

『ありがとー、トマトジュース大好き! 牛乳は……巨乳になって挟めと!? 出張お疲れ様です。ご武運を!』

もしかして、今日はアイツに用事があって置いていったのかとも思ったが、どうやら俺の出張の日に書いたもののようだ。

もしかして、帰りにここに立ち寄ると考えたのだろうか。

コーヒーは、いつも俺が飲んでいる銘柄。

文字は、やや丸みのある女の子らしい丁寧なもの。

『巨乳になって挟めと!?』というところも気にはなったが、『お疲れ様です。ご武運を!』の文字に、俺は苦笑とも泣き笑いともつかない笑みを浮かべてしまう。

ご武運をって何だよ。

頭ばっかり下げて謝り倒して、お世辞を言って機嫌を取って、俺は何も戦っちゃいないっての。

……でも、プライドとか自己嫌悪とか、そういったものと、生きるために戦ってるんだろうか。

社長は「ごくろうさん」だし、「お疲れ様です」って言葉も、長いこと聞いてないなぁ……。


不意に、二匹の猫がラーメン屋の裏に駆け込んでいく。

アイツが来たなら逃げるはずは無いし、と思って路地の入口を見やると、滝原と同じ制服を着た女の子が、こちらに向かって歩いてきた。

朝っぱらからこんな路地裏に佇むサラリーマン、という存在の怪しさを考えると、思わず猫の後を追おうかと思ってしまったが、そこは袋小路だ。

少女は躊躇いもなく近付いてくるし、その歩みに迷いは見られない。

もしかして、俺に用があるのか?


少女は、俺の目の前で立ち止まった。



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