第11話 出張

目覚めて最初に自己嫌悪におちいる。

だが、目覚めと同時にその事実に思い至ったことで、少なからず俺の中に衝撃が生じたのは確かだ。

俺、滝原のパンツ、見たこと無い……。

そうなのだ。

毎日のように、あれだけ刺激的な要求というかスキンシップをこなしているのに、パンツはおろか、実はブラチラすらも未体験なのだ!

いや、勿論、俺自身が見ないようにしていた、というのはある。

見るべきではないとも思っている。

思ってはいるが、仕方なく見えちゃった、という僥倖ぎょうこうが、あってしかるべきではないか?

と、ここまで考えて、また自己嫌悪に陥る。

結局、俺は見たいんじゃないか。

その厳然たる事実を、俺は受け入れざるを得なかった。


そんなことはともかく、今朝はいつもより一時間早く起きている。

昨日、突然社長から出張を言い渡されたからであって、滝原とより長く会うための約束とかでは無い。

飾り気の無い自分の部屋をしばらくボーっと眺め、これが滝原との約束だったら、もっとシャキッと目が覚めるんだろうな、などと考えたりする。

朝食を食べる時間も無く、髭を剃るのも適当に済まして家を出る。

外は、雨が降っていた。


俺と滝原は、まだ連絡先の交換をしていなかった。

何をしているんだと思うが、そのせいかどうか、あの場所、あの時間が、より大切なものに感じられていたような気がする。

いつでも会える訳じゃなく、いつでも声が聞ける訳でもない。

ただ、あの場所に、あの時間に行けば叶えられる。

それが特別なことのように思える。

って、初恋で片思いの少年が、学校に行けば会える、みたいな感覚を、三十手前の男が思っていていいものか。


人通りの少ない駅までの道を歩く。

高校前を通る時に、ふと立ち止まって校舎を眺める。

今まで改まって見たことは無かったのに、何故か焦がれるように、それを見てしまった。

何の変哲も無い、どこにでもある学校の風景が、少しばかりの憧憬を連れてくる。

懐かしいからなのか、そこに滝原の駆ける姿を描いたからなのかは判らない。


傘を差した大人一人が、やっと通れるくらいの狭い路地に入る。

当たり前だがアイツの姿は無く、猫達の気配も無い。

『急に出張が決まったので、今日は先に行く。ごめん。』

俺は紙に書いたメッセージをコンビニのレジ袋に入れ、雑居ビルの壁面に通っているパイプに結び付けておく。

気付いてくれるかは微妙なところだが、中にはメッセージと一緒にトマトジュースも入れた。

ついでに小さな牛乳パックも入れたのは、何もアイツの貧乳のためでは無い。

純粋に健康を願ってのことである。


いつもとは違う方面の電車に乗って出張先へ向かう。

と言っても、社長の尻拭いみたいなもので、いい加減な見積書に穴だらけの契約書、口から出任せのアフターサービスが祟って俺に回ってきた。

要は取引先への謝罪とクレーム処理である。

こんな日に、朝の元気が貰えなかったのは厳しい。

明日には何とか補充をしないと──って、明日は土曜日じゃねーか!

と言うことは、三日間アイツに会えないわけだ。

……。

いや、別に、大の男が小娘に会えないくらい、どうってことは……。


出張先で、俺は平身低頭、謝り倒した。

疲れ果てて家に戻ると、倒れ込むようにベッドに横たわった。

明日は土曜日なんだから、ゆっくり休めるはず。

なのに、全然安らげる気がしない。

天井を眺めながら、俺は無意識に呟いた。

ヤバいなぁ……。

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