第9話 男子生徒
一分でも長く寝たい、と思っていた俺が、また早起きしてるってことは、一分でも長く一緒にいたい、って思ってることになるんだろうか。
それはそれでちょっと口惜しい。
髭を剃るのも歯を磨くのも、以前より少し丁寧なこともちょっと口惜しい。
十二歳も年下の女の子、多分、世間一般からすればロリコンと言われてしまう状況を、俺はどう受け入れればいいのだろう。
歳の離れた友達? 妹みたいな存在? それともやっぱり、俺はロリコンだったのか?
でも、今まで俺が好きになった女性って、同級生とか、先輩が多いはずなんだが。
以前、ロリコンの友人と交わしたやり取りを思い出す。
「世の中の男は、二種類に分けることが出来る」
「たった二種類で分けられるのか?」
「ああ」
「で、その二種類とは?」
「ロリコンと、ロリコンであることにまだ気付いていない者達だ」
「全員ロリコンじゃねーか!」
……アイツの言っていたことは真理だったのだろうか?
いやいや、年下の女の子に、ちょっと懐かれて喜んでるだけ、だよな。
いつもより十五分早く家を出た。
早く目が覚めたから、その分、早く家を出ただけであって、俺は断じてロリコンなどでは無い。
でも、アイツが魅力的であることは否定しない。
アイツを否定するのは、何か、ちょっと違う。
さすがに十五分早いと、擦れ違う人は見知らぬ人ばかりになる。
高校前も、生徒の姿は疎らだ。
天気は雨模様で、傘は持ってきたけれど、降りそうで降らない。
いつもの路地を覗き込むと、アイツの姿は無く、猫の姿も無い。
さすがに早過ぎたか。
それにしても、アイツがいないだけで、随分と薄暗く、薄汚い場所に感じられる。
ここで待とうか迷ったが、俺は駅に向かって歩くことにした。
駅へと向かうサラリーマンと、駅から学校に向かう高校生とが擦れ違う。
ただ、あの高校は地元の生徒が多いから、駅を利用する生徒は少なく、滝原を見逃すようなことは無さそうだ。
と、前から歩いてくる滝原に気付いた。
背は平均、髪は肩より少し長め、地味系だから目立たないけど、俺には遠目からでも簡単に見つけられた。
地味に可愛い系というのが、最新の俺の評価だ。
俺は足を速めかけ──直ぐに止まってから回れ右した。
──何故だ?
滝原の隣に男子生徒がいたからって、何も引き返すことは無いだろう?
そう思いながらも、動き出した足は止まらないし、その運びは速くなる。
「こーすけ君!」
背後から、ててててっという聞き慣れた、軽快で、そして可愛らしい足音が追いかけてくる。
このまま逃げるのも変なので、俺は立ち止まった。
「わぷっ」
背中に甘い衝撃。
振り返ると、滝原が鼻を押さえながら睨んでいた。
「あ、すまん」
「すまん、じゃない!」
「え? じゃあ、ごめん?」
「そうじゃなくて! どうして無視して行こうとしたの!」
怒っていた。
話すようになってまだ十日ほどだけど、いつになく強い眼差しで俺を見ていた。
「いや、別に無視したわけじゃ……」
「した! 私に気付いてから知らない振りした!」
「いや、だってお前、知り合いと一緒みたいだったし」
「そのオッサン、誰?」
さっき滝原の隣にいた男子生徒が、ゆっくりと追い付いてきて訝しげに俺を見る。
「アンタは関係無いじゃん。さっさと先に行ってよ」
随分と強い物言いだ。
俺の知らない滝原を見ているような、そんな気分になる。
「へいへい。んじゃ、また後でな」
わりと素直に従って、去り際に俺を睨んでいく男子生徒。
イケメンだし、たぶん、モテそうだけど、滝原と似合うかと言えば、似合わない気がする。
まあ、俺がそう思いたいだけかも知れないが。
「こーすけ君」
こんな甘い声も初めて聞く。
「今の男子、駅前で偶然会った、ただのクラスメートだから」
「そうなんだ。わりとイケメンだったな」
「わりとどーでもいい」
素っ気なく言い放つ。
「でも、俺と一緒にいるところ、同じ学校の生徒に見られるのは良くないんじゃないか?」
「それもどーでもいい」
今度は切り捨てるように。
「いや、そうは言っても変な噂が立ったりとか」
「無視される方がヤだ!」
コイツは何で、こんな縋るように言うんだろう。
「……ごめん。もうしない」
「ホント?」
「ああ」
「今度無視したら、駅で服を脱ぐからね?」
何て恐ろしい脅迫を!
「わ、判った」
「よろしい。では、残り五分を秘密基地で!」
蒸し暑い今の時期には、どこか饐えたような匂いが漂う薄汚い路地は、二人でいると、胸の高鳴る秘密基地になる。
それはやっぱり、ワクワク、ドキドキする場所だ。
吊革で懸垂したくなるくらい元気だ。
でも、俺はアイツに何か返せているだろうか?
電車に乗ってから、そんなことばかり考えていた。
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