第5話 パンツ

顔を上げて歩くようになると、今まで見えていなかった風景が見えるようになった、こととは別に、気付けなかった出来事にも遭遇する。

見えた!

そう、見えたのだ。

今、俺の横を勢いよく自転車で通り過ぎた女子高生のパンツが。

そうか、俺は今まで、随分と勿体無いことをしてきたのかも知れないな。

思い返せば女子のパンツなんて、高校時代を最後に見てないんじゃないか?

俺は少年時代の胸の高鳴りを思い出した。

パンツが見えた、ただそれだけのことで、その一日が得したような気分になれたあの頃を。

「おいコラ」

一瞬のきらめきを俺に与えて去ったJKを見送り、視野に焼き付いた白いパンツの余韻に浸っていると、朝っぱらから因縁つけてくる娘さんがいた。

「滝原か。おはよう」

「おはようじゃ無い! アンタ今、貪るようにパンツ見てたでしょーが!」

いつもニコニコ滝原さんが、今朝は荒ぶってらっしゃる。

「気にするな。お前のパンツじゃないから」

「それがムカつくんでしょうが!」

「え?」

「え?」

どうも噛み合っていない。

が、まずは言わねばなるまい。

「訂正しておきたいことがある」

「何よ?」

「貪るように見る暇なんて無かった……無かったんだ……」

俺はガックリと肩を落とし、項垂れて言った。

「ちょっと殺意を覚えるくらいションボリなんですけど!?」

「心配するな。そこまで落ち込んじゃいない」

「誰も心配してないし!」

「……なあ滝原」

「な、何?」

俺の真剣な眼差しに、滝原は気圧される。

思いは、伝わるだろうか。

「男っていうのはさ、大人だろうが子供だろうが、女子のパンツに惹かれるものなんだ。それこそ、無意識であっても目で追ってしまうくらいに」

「はあ?」

まだ伝わらないか。

ならば、俺は思いの丈を込めよう。

「パンツはさ、刹那の煌めきなんだよ。デザインや質感なんて見えやしない。ほんの一瞬、白とかピンクの色が判別出来る程度の、それこそ見えたという事実だけの喜びだ。逆に、パンツを気にもしない男がいたとしたら、それは女と遊びまくったクズだ! 憶えておくといい」

力強く、まだ男の怖さを知らないであろう少女に言い聞かせるように俺は語った。

いや、モテる男に対する私怨か?

「……まあ、判らなくはないけど」

あれ? 判ってくれた?

でも、これってなんか、未成年者を籠絡しているだけのような。

「たかがパンツに必死になるのって、ある意味カワイイって思える部分もあるし、私らだって、誰彼構わず見せたい訳じゃないけど可愛いパンツ選んでるし、それを見て何も感じないくらい見慣れてる男性ってのも嫌だけど……」

もはや罪悪感を抱き始めた俺がいた。

男慣れしているようで、純粋過ぎるような……。

「いや、まあ、そんな深刻に考えるな」

「こーすけ君が悪いんじゃん……」

唇を尖らせ、目を伏せる。

いつもの不服そうな顔じゃなくて、ちょっと拗ねたような仕草。

「すまん」

俺は素直に謝った。

謝りながらも、今日もまた元気を貰えた気がするのは何故だろう?

「あのさ」

もじもじ滝原。

「何だ」

「私だって誰彼構わず見せる訳じゃないんだから、こーすけ君も誰彼構わず見ようとするな」

「え?」

「じゃあね!」

俺はポカンと口を開けて、走り去る滝原を見送った。


会社の最寄り駅を乗り越してしまったのは、妄想に耽っていた訳ではない、はず。


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