無明寺

安良巻祐介

 

 家の近くに廃寺が一軒あって、十年くらい前に住職の死んだ寺なのだが、今でも夜中の二時頃を過ぎた辺りで、寺の前まで行って耳をすませば、かすかに、低い読経の声が聞こえてくる。

 口さがなく住職の霊だなどと言う者もいたようだが、話によると仏教ではそもそも霊というものを認めていないと聞くから、あれは全く無関係の誰かが、夜な夜な廃寺に入り込んで読経しているか、もし住職なのだとしても、もはや住職その人ではなく、何か別のものに輪廻転生した、「住職だった何か」が、古巣を偲んで経を上げているに過ぎないのだろう。

 そもそも、十年を過ぎたのにいつまでも寺跡が取り壊されずに住人の死んだ日の様相のまま残されている理由もよくわからないのだが、それ以上は詮索しても仕方がないので、考えないことにしている。

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無明寺 安良巻祐介 @aramaki88

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