幸せの香り

usagi

第1話 幸せの香り

カオリは悩んでいた。


今日は小学校最後の夏休みの始まりの日だった。

今年こそ皆をあっと言わせるような自由研究を作ろうと決めながら、何をすれば良いか全く思いつかなかった。


カオリはバタバタと取り繕ったようなものを夏休みの最後にやるのはもう嫌だった。

去年、親友の桃花が作った高山植物図鑑は本当にすごかった。

夏休みの間に複数の山に登り、そこで見つけた植物の特色を、自分で書いた水彩の風景画と合わせ、きれいにまとめていた。

カオリはそれを見たとき、来年こそはそれを越えるものを作りたいと考えていた。


「夏休みくらいは手伝いなさい」とお母さんに言われてしぶしぶ朝食の後片付けをしながら、カオリは色々な想像を膨らませていた。


私の名前は「カオリ」。桃花は花を集めていた。

そういう意味では、香りの研究をしてみるとか、、、。


うーん。

いろんな香りを集めてみるとか、、、。


カオリ自身それほどいいアイディアとは思わなかったけれど、思いついたらすぐに取り組む性格だったので、カオリは夏休み中をかけてビニール袋を持ち歩き、色々なところを走り回った。


自分の部屋、おじいちゃんちの納屋、裏山の少し湿った落ち葉、磯の香り漂う岩場、山の上、夜の駅前のネオン街、、、。


カオリの部屋は、色んな場所の空気で一杯になった。

カオリはパンパンに膨らませたいくつもの袋に、タイトルと短い詩を貼り付けた。


<カオリの部屋>

「自分の香りは自分ではよくわからない。人の家に行くと独特の香りを感じる。でも当の住人はそれに気付かないもの。私の部屋の香りが素敵なものであることを願って。」


「うん。これはいい。」

たくさんの袋から選りすぐりの10点を決め、カオリは満足した。


夏休みが終わり、カオリはその袋たちを自信たっぷりに提出した。

やり遂げた気持ちが強く、独創性もある企画だと思っていたので、皆も驚いてくれるとカオリは確信していた。


「手抜きじゃね?」

提出したところで、仲良しのコウタがさっそく声をかけてきた。


「どうせ、夏休みの最後の日に、『忘れてたー!』って急いでやっただろ。」


カオリはまさかそんなことを言われるとは思ってもおらず、返す言葉も見つからず、黙ってしまった。


「なんだよ。機嫌悪いのかよ。」

コウタがもう一度カオリの方を向くと、カオリはスタスタと教室を出て行ってしまった。


その後は先生からも苦い顔をされ、カオリは一気に自信をなくし、ビニール袋たちは納屋の奥にこっそりとしまわれることになった。



それから二十年の時が過ぎた。

今年、最愛の両親を病気でなくしたカオリは三十歳になっていた。


そしてカオリはまた悩んでいた。

これから私はどう生きて行ったら良いのか、と。

自分の道しるべだった両親がいなくなってしまったことの解決策が見当たらなかった。


それは、小学生のころよりももっと深い悩みだった。


カオリは親の遺品の整理に追われる毎日を過ごすことで、なんとか平静を保っていた。


そうして納屋の整理をしていた時、納屋の右奥にふわふわしたものがたくさん置かれているのを見つけた。

ふわふわしたものは透明な袋で、そこには「カオリの香り袋」と少し黄ばんだシールが貼られていた。


一番上の袋には<お母さんの部屋>と書かれていた。

「なんのにおいもしない。私の部屋と同じように自分にはわらかないだけかもしれない。でもなんか安心する場所。生まれてからずっと私はこれに守られてきた感じ。」

それは間違いなく、小学生時代のカオリの字だった。


カオリは袋を開けて、スーっとその空気を吸い込んだ。


それからカオリは涙が止まらなくなった。


「そうだ。これがお母さんのにおいだった。」

「あの時はわからなかったのかもしれない。でも今はっきりとわかった。自分はこの香りにずっと守られてきたんだ。」


お母さんは私を安心させようと、この袋をカオリに見つけさせたのかも、とカオリは思った。


誰よりも自分を大事にしてくれたお母さんの存在を感じて、立ち止まることなく前に進む気持ちが湧いて来た。


「ああ。」

お母さんが私の背中を押してくれたんだ。

他の袋はまだ開けない事にしよう。

またいつか私を助けてくれる時がくるはずだから。

と、カオリは思った。


両親の愛情をたっぷり受けていた小学生時代の記憶をよみがえらせてくれた香り。

それはカオリにとっての「幸せの香り」に違いなかった。

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