第31話 私とぬらりひょん

 シュカが消えた。

 いや、消えたんじゃない。

 シュカの術のせいで、そこにいても私がシュカのことを認識できなくなったというのが正しい。



 私はたくさん泣いた。

 シュカが好きだと言った、夕日が沈み、家々に灯りがともるのを見ながら。

 この辺一帯のボスはシュカだと言っていたから。

 この灯りのどこかに、今後シュカがいるのだと思って。



 お母さんには帰りが遅いことと、私の目が腫れていたので心配させてしまった。

 ただ、あれだけ毎日ここに一緒に帰って来ていたのに、私のお母さんも弟もお父さんもシュカがいない違和感に気がつかない。


 部屋にあった客用の布団も私が家に帰るころには片付けられてしまってて。本当に、ここにシュカがいた痕跡が何もなくなっていた。



 次の日、私の隣の席には山崎君が座って、教室の机が一つ多かったのも誰かがいつの間にか片付けてしまった。

 シュカがいた痕跡が完全に消えた。

 五カ月近いシュカといた日々があっという間に、まるで何も最初からなかったかのように日常に戻った。



 それからは、特に怪異かいいには合っていない。

 ろくろっ首のちなみちゃんとは、友達になって、あの後もたまに放課後遊びに行くようになった。

 もしかしたら、カッパとかまだ見えるかな? って、見に行ったりもしたんだけど。

 今の私には見えなかった。



 シュカとの思い出は、時間がたつと消えるって言っていたけれど。

 秋が過ぎて、冬が来ても、思い出は不思議と消えなかった。

 だからね。

 さびしい時は、放課後シュカが教えてくれた景色を見に屋上に行くの。



 町が夕焼けに染まって、日が落ちたら家々に灯りが灯る。

 この灯りのどこかにシュカがいるのかなって……

 


 普通に生活してる分には、泣かなくなったけれど。

 ここにきてるときは、やっぱりシュカのことを思い出して涙が出てきてしまう。

「もう一度……会いたいな」

 叶わないのに、そう願ってしまう。

 



 さて、お母さんが心配するから、そろそろ帰ろう。

 なんで、忘れられないんだろう……

 忘れられたら楽になるのかな?


 その時ふわっと、懐かしい香りがした気がした。

「シュカ?」

 思わず名前を呼んで周りを見渡してしまった。

 季節が変わっても、相変わらず私とらわれているなと思うけれど、呼ばずには入れなかった。

 案の定返事はなくて、いや返事があっても私が覚えて入れなかった。



「昨日さ、シュカがいたような気がして久々に名前を呼んじゃって」

 私は何気なく、ちなみちゃんに次の日そう言ったのだ。

 すると、ちなみちゃんの顔が驚愕に変わる。

「どどど、どうして? もうあれからずいぶんと時間が経ったのに」

「え? だんだん忘れていくんでしょ? たまたま、まだ覚えているだけじゃ……」

「なっ、なんでだろう……術がうまく効かなかったのかな。……あっ、あっ!……しずくちゃん。確か、しずくちゃんの夢の中にシュカ君が入れたのってシュカ君の名前をしずくちゃんが持っていたからだったよね。な、名前って返した?」

 名前?

 名前を私の中に入れる儀式はしたけれど、取り出すのはしてないと思う。

「入れる儀式みたいなのはしたけれど、取り出す儀式は……してないけど」




「……しずくちゃん。妖怪と勝負しよう。しずくちゃんと勝負できそうな妖怪を探そう!」

「え?」

 よくわからないまま、放課後私はちなみちゃんに引きづられていた。

 妖怪と勝負といわれても私は妖怪が見えない、どうすればいいんだろうって感じだ。

 だけど、ちなみちゃんが見えるから、私から見るとちなみちゃんが一人で話しているようだけど、ここに何かいるのかな。

「し、しずくちゃん、じゃんけんーぽい」

 えっ? えっ? いきなりそう言われて私は反射的にチョキを出した。



 そのとたんだ。急に、私の視界に丸くて小さいいきものがパーをして震えているのが見えた。

 その周りには他の妖怪も何匹もいて、私は思わずヒッと悲鳴を上げて後ずさった。


「見える? 見えてる?」

 ちなみちゃんが興奮したように私に聞いてきた。

「見える、見えるよ。どうなってるの?」

「賭けだったの。普通は、妖怪を倒しても、人間じゃ強さみたいなのを取り込めないんだけど。

なまじ強い過ぎる妖怪の術を破ったことで力を得たことがあるしずくちゃんだったら、弱い妖怪を倒しても力の一部を得られるんじゃないかって思ったの。今ならきっとしずくちゃんにも見えるよ。シュカ君に会いに行こう」

「ちなみちゃん!!!」

 私は思わずちなみちゃんに抱きついた。



「ほ、本当に見えるようになるかは、やってみるまでわからなかったの。奪ったのが凄く弱い妖怪の力だとしても、人間はその妖怪より弱くて狙われやすい。

だから、これまでは試せば見えるんじゃないかなって思ってても、しずくちゃんに言えなかった。

でも、シュカ君自分のことを忘れられるってわかっていても、名前を取り返さなかったんでしょ。名前をあげる意味を知らない妖怪なんていないよ」

 ちなみちゃんがそう言うと、周りの妖怪が皆うなづいた。

 ちなみちゃんの言いたいことがいまいちわからない、でも、私がとても大事な物をもらったままになっていることだけはわかった。

「でも、シュカのいる場所なんてわかんないよ。この辺だけでも家は凄く沢山あるし」

「見守り稲荷で縁を結んでもらえばいいんだよ! 名前がこっちにあるんだから、元の持ち主がどこにあるから、神様ならわかると思う。ほら、早く」



 神社につくと、「何事か!」と風月がすぐに出てきた。

 見える……風月も見える……

「ん? お前、まさか僕がまた見えるようになったのか?」

「うん、見える」

 私がそう答えると、風月が私とちなみちゃんを交互にみるとこう言った。

「ろくろっ首、お前一体こ童に何をした?」

「よっ、弱い妖怪と勝負してもらいました。見えるようになるかは賭けだったんですけど。だって、だ、だって。シュカ君名前をしずくちゃんにあげたままなんですよ」




『ふぉっふぉっふぉ。縁を結びに来たんじゃな』

 サンタのような笑い声で、きつねのおじいさんが現れた。

 おじいさんは説明しなくてもお見通しのようで私にそう言った。

「はい、私とシュカの縁を結んで」

『うまくいくかは分からない、ただ、きっかけは作ってやらんとな』

 そう言った後、私がわからない言葉をおじいさんが話すと、赤色の糸のようなものが現れて、それがどこかにずっと続いている。

 私はこの赤色の糸を見たことがある。これはシュカの名だ。


「これ、もしかしてシュカの名前?」

『覚えておったか、そうじゃお主ぬらりひょんの名を持ったままだろう。これは元の名の持ち主のところまで続いておる。ほれ、早く行っておやり。ただし、後でどれほど危ないことをしたのか少しばかり説教をしてやらんといけんから後日油揚げでも持って社にきなさい』




 私は走った。

 赤色の糸をたどる。

 糸は学校の中に続いていた。

 階段を上って、私はその糸を追う。息が上がるけど、それでも走る。だって、この線の先にシュカがいるから。



 ついたところは、学校の屋上だった。

 深呼吸をしてから、私は屋上へとつながる扉を開けた。



 扉の先には、見慣れた後姿があった。ただし、冬だったこともあって、厚手のパーカーを着てたけれど。すぐに分かった。

 見えた……

 彼はここから、一番気にいっている景色を見ていたのだろう。




「シュカ」

「ん~」

 私の呼びかけに、シュカがそう返事をして振り向く。いつも、私が見えないとわかっていてもずっとシュカはそうやって返事をしていてくれたのかもしれない。


 私はシュカに向かって走った。

「え? は? え?」

 私が真っ直ぐ走ってくることで、シュカが状況を理解できない声をあげた。

 それでも走ってくる私に、シュカは受け止めるべく両手を広げた。

 だから、私はその胸に飛び込みシュカの頭にチョップを1発お見舞いしてやった。

「いったぁぁあ。って、なんで? どうして? 俺のこと見えるの?」

「見えるよ。あんな風にいなくなるなんてずるい。私やっぱりシュカが見えないなんて嫌だ。傍にいてよ」

 そういって、私はシュカにぎゅっと抱きついた。

「あーもう、俺がどんな気持ちで名前やったまま消えたと思ってんだよ。全部台無しじゃんか。じゃぁ俺からも一つお願いしていい。俺の名前はあんたにあげる。だから、あんたの名前を俺にちょうだい」

 シュカはそういって笑った。




 その後、私は弱い妖怪とはいえ、妖怪の力を人間が持っていたらなどと説教をシュカから受けるはめとなった。

 危ない目にあわないように、キツネのおじいちゃんからいろいろ教わったり、結構大変な修業をしないといけないらしいけれど。

 大丈夫。

 だって、隣にシュカがいるから。

 もう会えないと思っていたときより全然まし。

 そう思って、私は修業に打ち込むのであったが、これはまた別のお話。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に名前を返すまで 四宮あか @xoxo817

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ