第30話 最後の勝負

「ほら、しずく起きる起きる。ミチの朝ごはん食べる時間なくなるよ」

 そういって、身支度を済ませたシュカが私を起こした。

 朝ごはんを食べて、二人で学校にいって、授業をうけて、友達と過ごして、掃除をして、これまで通りの一日。


「ねぇ、しずく。今日の放課後は、妖怪探しもうしなくてよくなったから。思いっきり遊ばない?」

 シュカがそう切り出してきたのだ。

「いいよ。思いっきり遊ぼう、私アイス食べ損ねてるからね」


 放課後学校が終わってから、二人で町を歩く。アイスを食べたり。うろうろしたり、本当にくだらない話をして。

 夕暮れ時が迫る時間に、最後についたところは学校だった。

「こっち」

 シュカはそういって私の手を引く。

 


 どこに連れて行かれるのかと思えば、そこは屋上だった。

 ここにくるのは、ろくろっ首のちなみちゃんの時以来だ。

「しずくこっち」

 シュカに手を引かれて連れてこられた先で見たのは、赤い夕焼けに染まる街並みだった。

「きれい」

「ねー、きれいでしょ。一回くらい俺のお気に入りの景色みせてやろうって思ってさ」

 さっーっと風が吹いて、シュカの髪がなびいた。

 一回だけって言わないでよ。何回も一緒に見にこようよ。そう思うけれど、シュカの気持ちも考えると私はそれを口にできなかった。

 会えなくなって寂しい思いをするのは私だけじゃない。



「太陽が完全に沈むと、今度は街に灯りが一斉に灯りだすんだ。灯りがともったすべての家に俺は入れんだよ。すごいでしょ。でも、すべての家に入って、その時だけは家族の仲間入りをしても、俺ってこういう妖怪だから皆、俺と遊んでいたことも話したことも、その場限りで忘れちゃう。だからさ、俺を認識できる人間がいること、新鮮だった」

 やめてよ、そんな風に話しだすってことはもうお別れみたいじゃない。

「妖怪ってさ、基本一人でいるんだよね。でも俺って、こういう妖怪じゃん。だから、ほんと、明日何するって未来の話ができるの楽しかったんだ。ありがとね。ほら、もうなんで泣くの? ブスになるよ」

 そういって、いつの間にか泣いていた私の涙をシュカは手で乱暴にごしごしとふき取ると、再び私に背を向けて景色を見始める。



 どれくらい時間がたったのだろう、夕日がだんだんと沈んでいって、空に夜が交じってきたときだった。

「ねぇ、しずく。俺ともう一度勝負してよ」

 くるっとこちらをむいてシュカはそう言った。

 だけど私はそれにうなずくことができなかった。

 だって、もし、私が勝負に負けたらもうシュカが見えなくなってしまう。

 勝負しなきゃいけない。そうわかっていても、うなづけなくて、私は首を横に振った。



 すると、シュカが困った顔になる。

 三つ編みを指でいじりながら、シュカは私になんて言おうか考えているようだった。

「しずく、一生のお願い、俺と勝負して」

 そして、両手を合わせてお願いのポーズで私に軽い口調でそういったのだ。

「嫌」

「なんで~、しずくに術が効くようになったか確かめたいんだよ俺。それとも俺に負けるのムカツク……とか?」

 ぷーっと頬を膨らませてシュカは不機嫌そうな顔になる。

 本当にいつものように軽い口調でシュカは私に話しかける。



 でも、私は知っているのだ。

 シュカが私に勝てば、シュカに勝ったことによって得た力は無くなり私は元の妖怪なんかと関わりのない安全な生活に戻れる。

 ただし、私はそこにシュカがいても、他の人たちのようにシュカを認識できなくなってしまう。

 私がシュカの術を破れたのは本当にたまたまだと思う。

 だからこそ、もう二度とシュカに会えなくなるのが嫌だった。




 共に過ごした時間の思い出も、時間と共に消えていってしまう。

 そんなのやっぱり嫌だった。

「今は俺のほうがしずくより強い。だけど、かつての俺より強い力をもって弱いままだと、危ないのは俺じゃなくてしずくだよ。危ない目にあったじゃん……勝負してよ。お願い……」

 そういって、シュカはまっすぐと私を見つめた。

 それでも、私はシュカとの再戦にうなづけなかった。




「シュカは寂しくないの?」

 思わずそう聞いてしまった。

「あー、夢の中でも聞いたと思うけれど、妖怪の俺が見えるままじゃ、しずくはこの前見たいに妖怪に狙われる。そんな目に合わせるくらいなら、俺はしずくに認識されなくなっても、忘れられてもいいんだよ」



 涙は止まらなくてどんどんあふれ出てくる。

 それをシュカは乱暴に手でごしごしとぬぐいながら言葉を続けた。

「実はさ、しずくに負けるの俺2回目なんだよね。俺はぬらりひょんだから、俺がしずくに勝った段階でその時の思い出をしずくは忘れちゃったんだけどね」

「嘘、いつ!?」

 そんな記憶ちっとも残ってない。

「内緒。しずくがどれだけつらくても、後はきれいさっぱり忘れちゃうから大丈夫。だから、俺ともう一度勝負してよ」


 シュカに指摘されて、思い返してみるけど、ちっともシュカとの1回目の思い出は出てこない。

 こんな風にきれいさっぱり忘れちゃうの?


 チラッとシュカはもう終わりに近い夕焼けを見た後。小さなため息をついた。

「本当は、納得してもらって勝負したかったな。でも、しずくが納得しなかったことも全部忘れるからいっか。さよならしずく」

 シュカはそういって、私を引きよせキスをした。


 シュカの顔が本当にすぐそこにあって、ふわっとシュカの香りがした。



 パチンッ



 シュカが指をはじいた音がした。

 シュカの目がゆっくりと開いて、唇がその時間を惜しむかのようにゆっくりと離れた。

「なんでキスしたの?」

「ごめん。しずくはどうせ俺のこと忘れちゃうから思い出一つくらいもらっとこうと思ってさ。しずくと毎日明日の話をするのが本当に楽しかった。ねぇ、しずく……」

 シュカは潤んだ瞳でそういってたあと、いつもとはちがって、蚊の鳴くような小さい声で私にこう言った。


「好きだよ」と。



「ウソでしょ、なんでこのタイミングでそう言うこと言うのよ」

 私がそういうとシュカは潤んだ瞳のまま、いつものようにヘラッと笑った。

 その顔はガラスを落としたかのようにひびが入る。

 よく似合っていたチャイナ服も、私と何度も繋いだ手もシュカのすべてにひびが入る。



「駄目、ヤダ、消えないで、私も好きなの」

 私がそういうと、シュカは困ったように頭をぽりぽりとかいた。

 シュカに入った亀裂がパラパラと崩れ始めて景色に溶け込んでいく。



 手を伸ばす。でもそこにいるはずなのに掴んだ感触はない。

「しずくが俺を忘れても、俺はしずくを忘れない。じゃーね。また明日」



 その言葉を最後にシュカは夕焼けのオレンジに溶け込んで、私の目にはシュカはもう映らなくなった。

 私はシュカに負けたのだ。

「シュカ……」

 名前を呼んであたりを見渡すけど、私じゃシュカを見つけられなかった。



 私は泣いた。たくさん泣いた。そうすれば、シュカが私の涙をぬぐってくれると思ったから。

 でも、シュカに会うことはかなわなかった。





 シュカは私の前から消えた。

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