この世界にはもう病気なんて存在しない

ちびまるフォイ

人類最後のバイオテロ

「……なんだろう、この感覚」


「それが恋なんじゃないか」


「ふざけんな。頭が重いんだ。それに体温も高い気がする……」


「ははは。この2200年のご時世に何いってんだ。

 今じゃ世界空調とDNA整形で常に健康でいられるこの世界で

 そんなこと言っても自称霊感あるくらいにか扱われないぜ」


「本当なんだ……うう、なんだこの感覚……もう……ダメだ……」


次に目を覚ましたときには野次馬に囲まれたベッドだった。


「おい! 目を覚ましたぞ!」

「これが100年前にあった病気なんだ!」

「すごいな! 病気ってこうなるのか!」


かつて存在した病院などという施設はない。

すべての人間は徹底管理された中で生活するので必要ないのだ。


しかし……。


「この頭痛……それにめまいもする……これはいったい……」


「いいなぁ! 病気体験したい!」

「なあ、こっちにもうつしてくれよ!」

「私も! 病気になってみたい!」


健康な奴らは俺の病気をまるで奇跡のようにうらやましがる。

こっちは思考もおぼつかないほどに弱っているというのに。


「俺のことは放っておいてくれ!」


大声を出すとその反動で足元がふらついた。


今まで食欲が変動することなんて考えもつかなかった。

なのに今はなにも食べたくない。かみたくない。動きたくない。


「とにかく……この状態がなんなのか……解決しなくては……」


アカシックレコード.webにアクセスして自分の今の状態を詳しく調べる。

けれど、病気なんていう過去の遺物は簡単に見つからない。


ちょっとした調べ物だけでも体がだるくなってしまう。


「ああ……辛い……それになぜだか無性にすりおろしたりんごが食べたい……」


体を奮い立たせながら必死に探すとひとつの可能性が生まれた。


「……なんて読むんだ? ふう、じゃ……?」


【風邪】

始まりも終わりも現代科学でついぞ解明できなかった謎の病。

症状は頭痛、めまい、吐き気、発熱、鼻水、脱毛など。

そのどれもが俺にぴたり当てはまった。


「そうか……俺はふうじゃだったのか……!!」


調べ終わって一安心と思いきや、マスコミが駆けつけてきた。


「おめでとうございます! あなたが100年ぶりの風邪の罹患者なんですね!」

「今の気分は!? 最低ですか!?」

「今の体はどんな感じになるんですか!?」


すでにマスコミはふうじゃ……ではなく、風邪だと調べていたらしい。


「いいから俺を治させてくれ!」


「治す? なんてもったいない! 100年ぶりの病気なんですよ!?」

「ここにいるみなさん全員があなたのようになりたいと憧れています!」


嗅ぎつけた野次馬は手に持った袋で俺の周囲の空気を集めていく。

集めた空気をまるでシンナーでも吸い込むように取り込んでいる。


寝ていた布団は強奪されて病気希望者が自らも寝て感染したがる。


「はぁ……はぁ……早く……健康になりたい……」


「そんな! おい! はやく体を冷やして治癒を遅らせろ!」

「食べものを遠ざけろ! 栄養取らせちゃダメだ!」


俺の風邪により街はお祭り騒ぎ。

わたあめの入った袋のように細菌空気は販売され、

街では風邪を治らせまいと一致団結して悪化キャンペーンが行われている。


最初こそ否定的だった俺だったが……。


「はい、並んでください。並んで~~!」

「ちょっと横入りしないでよ!」

「私が先に風邪をうつしてもらうのよ!」


「大丈夫ですよ、風邪は逃げませんから。ではいきますね。ごっほごほ!」


「「「「 ありがとうございます! 」」」


握手会のような長蛇の列が俺の前に並ぶ。

俺はせきをするだけで入場料を受け取ってウハウハだ。


健康なときは毎日働いていたのに、今じゃせきをするだけで生活できる。


「いやぁ、風邪って最高だな! はっくしょん!」


「ああ、細菌シャワーよ!」


気分はまるでアイドル。街を歩けば誰もがすり寄ってくる。

中には細菌を口移しでとキスを求める半裸のオッサンもいた。


翌日。目がさめた瞬間に体の異変に気がついた。


「か、体が軽い……頭も痛くない……ま、まさか!?」


体温計などというオーパーツは家にないが、明らかに体温が下がっているのがわかった。

あれほど頭にのしかかっていた風邪はものの見事に、なんの脈絡もなく去ってしまった。


「あ、ここにいましたか。それじゃ今日も風邪伝染会、よろしくお願いします」


「え……ええ……」


「……あれ? なんか顔色よくなってません?」


「いいえ!? 今日も最高に最低の気分ですよ!? ごほごほ!」


「そうですか……」


風邪マネージャーにあやうく感づかれるところだった。

水風呂に入って顔色を悪くしてから会場に向かう。


「はい、ごっほごほ!」

「ありがとうございます」


「次の方」


「はっくしょん!」

「やったぁ! 感染しますように!」


「次の方」


風邪伝染会は滞りなく進んでいく。


けして治ったことがばれないように、昨日の自分を思い出して再現する。

ときおり休憩を挟んだり頭痛のふりをしながら続けていく。


こんなに美味しい仕事は他にないのだから。


健康であれば普通な生活を求められる。

病気の自分は誰にももっていないものを持っている。


特別なVIP待遇を手放してたまるものか。


「次の方」


「どうも」


やってきたのは祈祷師のような白い衣装に身を包んだ老人だった。


「それじゃうつしますね、ごっほ……」


「待ちなさい。私はあなたの病気を治しに来たんじゃ」


「え?」


「前にテレビで見ていましたよ。早くこんなの治したいと。

 あれからあなたを必死に探してついに見つけました」


「あなたは……」


「私は人類最後の医者じゃ」


医者を前にしてむしろ体調が悪くなった。


「病気を治して健康に戻りたいんじゃろう?」


「えーっと……その……」

「治療するからそこに横になりなさい」


断れば俺が公共の電波を証拠に嘘つきとなってしまう。


「では治療をはじめるぞ」


「あまり本気じゃなくていいですよ……。

 根治できなくても俺は全然平気なので……」


「んん~~~~……きええええええ!!!!」


老人はお祓い棒を振り回して祈祷する。

これがかつて存在した伝説の職業「医者」なのかと思った。


「……治ったぞ」


「よけっ……ありがとうございます」


余計なことを、と言いかけた自分ののどをぐっと抑えた。


「おかげでだいぶ体が軽くなりました。今はもう頭も痛くありません。

 いやあ、やっぱり健康っていいものですね。今度からは風邪に気をつけます」


「風邪? 何言っとるんじゃお前は」


「え?」




「わしが治したのは、細菌を吸った人を100%死に至らしめるという 

 『ミナゴロシインフルエンザ』じゃよ。自覚症状ができない恐ろしい病気じゃ。

 

 ……ところで、この集まりはいったい何を待っているんじゃ?」

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