メモ6◆相応しいバイト代の使い方について

 その後、オムライスや追加で注文した飲み物、デザートを食べ切るまでの約三時間ほど、俺と香澄は様々な話をした。

 俺からは、他愛もない日常の話を覚えている範囲で。

 香澄からは、今後のことを聞くことができた。

 どうやら香澄は、この街を出て行こうかと考えているらしい。『恋人の不倫』というショッキングな出来事を経験したのだ。この街には、いたくないだろう。

 別の、どこか知らない土地で、やりなおしたい。

 香澄はそう言っていた。今は再就職先を探しているのだという。しかし、かなり難航しているらしく、次の仕事が見つかるまではとりあえずこの街に留まるようだ。

「再就職先、早く見つかるといいですね」

「うん。でも……君と離れちゃうのは、ちょっと、寂しいかな」

 そう言う香澄の表情も、やはり、寂しげだった。


 洋食店を出たあとは(財布を出そうとする香澄を引き止め、きちんと俺が支払いをした)、近くの大通りにて、香澄とウィンドーショッピングを楽しんだ。香澄はよく店の前で立ち止まり、ガラスの向こうの商品を興味深そうに眺めていた。店内に入るかと聞くと、ときには断り、ときには了承した。眺める店は、雑貨店、文房具店、書店、時計店と様々で、俺には足を止める法則がいまいちわからなかった。


 一軒の雑貨店の前で香澄が足を止めるので、例に漏れず入るかと聞いた。

 香澄はしばらく黙りこくったあと、「入る」と宣言した。

 店内に入ると、棚の上に商品が煌びやかに展示されていた。香澄はそれらをきょろきょろと見回しながら、一つの棚の前で足を止めた。


 そこは、女性用の細かなアクセサリー類が陳列された、レジに近い棚だった。香澄が商品の一つを手に取る。

 イヤリングだ。三角形の金属の枠に、透き通るほど薄い青い素材が嵌め込まれており、そのパーツとイヤリング部分をチェーンが繋いでいる。金属部分はすべて金色だ。香澄の細い指の先で、魚の鱗のようなそれは光を反射しながら揺れた。

「これ、かわいいね」

 香澄がじっとイヤリングを見つめる。俺もイヤリングを見つめた。


 透き通った青色は微かに向こう側を映している。とても薄いパーツだ。触れれば、壊れてしまいそうなほどに。

 香澄がイヤリングを見つめたまま、特に喋らず、特に動こうともしないので、俺は「貸して」と香澄からイヤリングを取り上げた。


 そしてそのままレジへ向かい、支払いをした。

 店員がラッピングするかどうか尋ねたので、今この場で使用したいことを伝える。

 香澄が慌てて俺の元へ駆け寄ってくる。


「そんな、悪いよ! たしかにちょっとかわいいなって思ったけど、君に買わせるつもりじゃなくて……」

「いいんです。俺がプレゼントしたいので。それに」

 触れれば壊れてしまいそうな、儚さを孕んだ、イヤリング。

「とても、似合うと思ったので」

「………………」

「つけてみてください」

 香澄はためらいがちにイヤリングを受け取ると、それを両耳につけて、俺に見せた。

「……どう?」

 香澄が、黒い髪を耳にかける。

 イヤリングが揺れ、光を反射する。儚げなそれは、まさに、香澄のためにあるかのように思えた。

 この儚く壊れそうな美しさにこそ、バイトで稼いだ金を使う価値がある。

 そう思ったから、購入した。

 そして、それが間違っていなかったことを、改めて確認した。

「似合っています。とても」

 香澄は、嬉しそうに笑った。

「ありがとう」


 そのあと、喫茶店で休憩し、しばらくお喋りをして、その日は解散となった。

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