70話 校舎裏の告白

「あ、いたいた。探したんだよ、どこ行ってたの?」


 王子様の格好のまま塔子が戻ってきました。私は視聴覚室前の廊下に座り込んで、飾り付けの風船を潰しては戻してを繰り返して、心の平静を保っていました。


「私の演技どうだった? なかなか堂に入っていたと思うんだけど」


「知りません」


「ん? 見てくれたんじゃないの?」


「見てませんから! あんなの、その……破廉恥です!」


「破廉恥って……ただのお芝居だよ」


 塔子は私の隣に片膝を曲げて座ります。やっぱりジャンパースカートの制服より、そっちの服の方が彼女に似合っていました。憎たらしいほどに整った横顔を恨めしい気持ちで覗くと、ちょうど塔子もこちらを向きました。嫌味たらしく、さわやかに笑っています。


「もしかして、妬いてるの? やっぱりお姫様は自分がよかった?」


「何を馬鹿なことを。だいたいそんな柄じゃないですから」


「だろうね。私も王子様なんて御免被るよ」


 塔子は頭に載っていた王冠を外します。


 私は悟られぬようにポケットに手を入れて、フィルムケースを握り締めました。もし、これに手紙か何か入っているのなら、いったいどんな言葉が書いてあるのでしょう。早く確かめたかったですけど、開けてはいけないと釘を刺されたのです。


「あのね、よしの。私ね……」


 塔子は言いかけて、口を閉じました。私たちを見下ろすように一人の男子が立っていたからです。


「瀬川さん。今、大丈夫かな?」


 声をかけてきたのは、学校一のイケメンで名が通っている男子でした。確か名前は、北村修一。バスケ部のキャプテンで、女子から絶大な人気がある子です。クラスも違うし、私たちとはなんの接点もないはずですが、どうやら塔子に用があるみたいでした。


「見てわからないかな。今、よしのとグダグダしながら喋ってたんだけど。まあ、要するに暇だよ。なんか用かい?」


 塔子は立ち上がって、お尻についた埃を払いました。背の高い北村くんと並んでも、塔子は小さく見えません。


「……実は瀬川さんに話があってさ。ちょっとだけ時間もらえるかな?」


「それって重要な話? じゃあ、場所を変えようか。よしの、ここで待っててね。ちょっと北村くんと話してくるから」


 塔子こんなことなんでもないといった様子で、北村くんに付いて行きました。文化祭という特別な日に、北村くんのような男子に声を掛けられたら、普通舞い上がってしまうものですが、塔子はどこ吹く風です。


 別に興味があるわけじゃないです。二人が廊下の角を曲がるの確かめると、私は立ち上がって、こっそり二人の後を追いました。二人は人目を避けるように、校舎裏に入って行きました。角の壁際にぴったり張り付いて、私は二人の会話に耳を澄ませました。


「それで、話ってなに?」


 塔子ってば、素っ気ない聞き方では北村くんも言い出しづらいでしょうに。しかし、北村くんは怯むことなく話し始めます。


「実は俺、瀬川さんのこと好きなんだ。入学した頃から気になっていたんだけど、なかなか言い出せなくてさ。できれば、俺と付き合ってくれないかな?」


 なんてストレートな告白なんでしょうか。北村くんの実直さが伝わってくる言葉でした。塔子はいったいどんな返事をするのか、さすがに気になります。


「ごめん。それは無理だ。別に北村くんがどうこうってわけじゃないよ。私の中で決まっていることなんだよ」


 塔子も塔子でなんてストレートな断り方をしましたね。塔子には彼氏がいないはずですから、試しに付き合ってあげても良かったでしょうに。まあ、塔子が決めることですから、私は口を出しませんけど。


「もしかして、他に好きな人がいる?」


 北村くんもそこはやっぱり知りたいようでした。知ったからといって何がどうなるわけではありません。しかし、それでも知らなくては納得がつかないのでしょう。


「いないよ、好きな人なんて。これも私が悪いんだ。好きとか、愛してるとか、そういうのがまだわからないんだよ。だからね、これから先もきみを好きになることはないと思う……ごめんね」


「……そうか。俺の方こそ急に告白なんてして悪かったね」


「いいんだ。慣れてるから……」


 二人が戻ってきたわけでもないのに私は駆出していました。塔子は私が好きなのかも知れない、そんなことを少しでも考えた自分が恥ずかしくなって、その場から逃げ出したのです。

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