69話 眠り姫にキスを

「あの、私からも塔子に話したいことがあるんですけど」


 文化祭の喧騒の中、私は並んで歩く塔子に言いました。


「え、よしのが? なに? 言ってみてよ」


「こ、ここではダメです。人が多すぎますから」


「そう、別に誰も聞いちゃいないと思うけど。じゃあ、場所変える?」


「そうですね。どこにいきましょうか」


 文化祭のせいで校内はどこも人がいます。二人きりになれる場所は存外に少なそうです。


「あ、校舎裏なんてどうかな?」


「嫌ですよ、そんなあからさま場所」


「そう、困ったね」


 二人で思案していると、向こうから幾人かがドタバタと走る足音が聞こえました。足音はどんどん近づいてきて、見つけた!という女子の声で、一斉にこちらに向かってきました。三人の女子が私と塔子を取り囲みました。確か同じ学年の演劇部に所属している人たちです。映画の撮影に協力してくれたので、すっかり顔馴染みです。


「やっと見つけたわ。探していたのよ、塔子ちゃん」


「なんだい、血相を変えて」


「役者の一人がケガしちゃったの。塔子ちゃん、代打お願い!」


「いや、そんな急に言われても無理だよ」


「映画の時手伝ってあげたでしょう。それにもう時間ないの! 衣装に着替えながら行くわよ。セリフはカンペ出すから。あ、よしのちゃん、悪いけど王子様連れてくね。場所は体育館だから、よかったら見にきて。ていうか、今から始まるの!」


 口を挟む余裕もなく、塔子は三人に強引に連れられて行ってしまいました。しばらく呆気にとられましたが、面白そうなので、私もそそくさと体育館に向かいます。




 パンフレットを渡されて、私は薄暗い体育館に入りました。前の方の席は埋まっていたので、空いていた後ろの方に座ります。劇はもう始まっているようです。どうやら眠り姫の童話を面白おかしくアレンジしたコメディみたいでした。役者の見せるコミカルな演技に会場は笑いに包まれます。


「演劇部もやりますね。まあ、私の映画には敵いませんが」


 塔子の出番は終盤のようです。もしかしなくとも王子様役なのでしょう。永遠の眠りに落ちたお姫様をクライマックスで助けるのが塔子が演じる王子様の役目です。


「ああ、私の愛する姫よ! 未来の妃はどこにいるのだろう!」


 壇上に上がった塔子は急遽呼ばれたわりには実に堂々としていました。あの塔子ですから、男装も様になっています。演劇部の子が真っ先に塔子を探したのも頷けます。ただ塔子の視線の動きを眺めていると、たびたびカンペを見ているのがバレバレでした。まあ、塔子が代打だと知らない観客には分からないでしょうけど。


 塔子が洋剣を振るって、悪役を薙ぎ倒すたびに黄色い歓声が上がりました。塔子は後輩たちからも絶大な人気があるようでした。まあ、人の見てくれにしか興味がない連中には、塔子は魅力的に映るのでしょう。こんなことなら、映画に塔子も出せば良かったです。


「姫! どうか目を覚まして! その美しい声でまた私を呼んでください。その美しい瞳でまた私を見つめてください。その美しい唇で私の愛を受け取ってください。あなたがいなければ、私は死んだも同じ!」


 幾多の障碍を退けて、遂にベッドで眠る姫の元に辿り着いた王子は、彼女の手を取って、かしずきました。情熱的なセリフが放たれて、女子の歓声がさらに高まっていきます。私は前に塔子が視聴覚室でふざけて、私にも同じようなことをしたのを覚えていたので、なんとも思いませんでした。塔子は平気でああいう気障な真似ができる面の皮の厚い女なのです。


「最後にキスをさせておくれ。願わくば、私の真実の愛があなたの眠りを覚ましてくれますように」


 これでキスをしておしまいですか。演劇部の子は頑張っていましたが、塔子の演技は三文芝居もいいところです。まったく少しは感情のこもったセリフを言えないんですかね。


 塔子はお姫様にゆっくりと、顔を近づけていきます。


 あれ、もしかして本当にキスをするつもりでしょうか? 真似っこじゃなくて? いくら女の子同士でも、それはまずくないですか? あれ、塔子? そろそろ止めないと、本当にしてしまいますよ。


 私は途中で見ていられなくなり、体育館を飛び出してしまいました。


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