67話 文化祭です! 初上映です! 私が監督です!(ドヤ顔)
「お兄ちゃん! まだ寝てるんですか? 今日は私のハレの日ですよ!」
十一月三日、文化の日。今日は私が通っている中学の文化祭です。
そして私、高槻よしの初監督作品『着ぐるみピエロ』の初上映の日でもあります。受験で忙しいのにも関わらず、クラス全員の惜しみない協力もあり、映画は無事に完成しました。
ただ意外だったのは、映画を作ろうとクラス会議で提案したのが塔子だったことです。撮影と編集は自分がやるからとクラスを熱心に説得したのです。演劇部の子達に呼びかけて、キャストを集めてくれたのも塔子でした。
塔子も遂に映画の魅力に取り憑かれたのかと、私も喜びましたが、彼女は裏方に徹するばかりで、監督の座はあっさり私に譲ってしまいました。一応塔子にも撮影監督の肩書きは与えましたが、彼女は作品の内容にも、私の演出方針にも口を出しませんでした。まるで映画そのものには興味がないようで、拍子抜けしてしまいました。
しかし、やる気がないというわけでもなく、私がどんな無茶な指示を出しても、彼女は全力でそれを叶えようと追力してくれました。彼女のその直向きな態度に、ますます私は調子が狂うばかりでした。
「お兄ちゃん、もう勝手に入りますからね」
いくら呼んでもお兄ちゃんが起きてこないので、痺れを切らした私は部屋に踏み込みます。毛布を被ってベッドに丸まる兄の体を揺すりました。
「早く起きてください。一緒に文化祭行くって約束したでしょう。篠原氏も来てくれるんですから、寝坊はダメですよ!」
体を揺らし続けていると、お兄ちゃんがようやく目を覚ましました。
「……よしの、か? すまん、ちょっと体調が悪いみたいで……今起き上がるから」
お兄ちゃんの顔は真っ赤に染まっていて、声の調子もおかしいようでした。兄の額に手を当てると、かなり熱くなっていました。
「今、体温計持って来ますから、横になっててください」
体温計を兄の脇に挟んで体温を測りました。明らかに平熱より高いです。
「……どうやら風邪を引いたみたいだ。頭がぼーっとする」
「おかしいですね……馬鹿は風邪を引かないはずなんですが」
なんて冗談を言っている場合ではありません。母はもう仕事に行ってしまいましたし、私も文化祭をサボるわけにはいきませんでした。上映前の舞台挨拶で監督の私が喋ることになっているのです。それに、塔子との約束もありました。
私は塔子から渡されたフィルムケースを制服のポケットから取り出しました。学校の屋上で、小さな筒状のそれを受け取った時のことを思い出します。
「文化祭で映画の上映が終わったら、話したいことがあるんだ。それまで、それを持っていて欲しいんだよね」
「なんですかこれ? フィルムケース? だいたい話なら今すればいいじゃないですか」
「それは私のお守りみたいなものだよ。言っとくけど、中身は見ちゃダメだからね」
フィルムケースを振っても音はしませんが、重みがあったので、中に何かが詰まっているようです。光に照らしても中身は見えませんでした。どうして自分のお守りを私に渡したのか、理解に苦しみます。
「重要な話だから、全部終わってからにしたいんだ。お願いだよ」
塔子が私に頼み事をするなんて滅多にないことでした。何かよっぽど重要な話なのでしょう。それも私との関係に関わるような。それをすっぽかすのは流石に気が引けます。しかし、兄をこのまま放置するのも心配です。
「そうだ! 篠原氏に連絡してみましょう」
篠原氏に電話するのもすっかり慣れてしまいました。篠原氏には塔子のことでずっと相談に乗ってもらっていたのです。フィルムケースをしまって、私はスマホを耳に当てます。篠原氏はすぐに電話に出て、事情を話すと、すぐこっちまで来てくれると言ってくれました。
「お兄ちゃん、篠原氏が看病に来てくれるそうですよ。よかったですね、彼女と二人っきりになれますよ」
「……そうか、ごめんな。映画見に行くって約束したのに」
「いいですよ、今は休んでてください。後でDVDに焼いてもらいますから」
私は風邪薬と水、それから濡れタオルをお兄ちゃんの枕元に用意して、篠原氏が来るのを待ちました。
30分も経たないうちにインターフォンが鳴ります。玄関のドアを開けると、息を弾ませて篠原氏が立っていました。急いで来たのか、額に汗が流れていました。両手にはスーパーのビニール袋を持っていて、中にはフルーツや食材、看病用品が詰まっています。
「よしのちゃん、彼の容体はどう?」
「篠原氏、お兄ちゃんはただの風邪ですよ、安心してください。それより急に頼んで申し訳ないです」
「いいのよ、よしのちゃんは中学最後の文化祭でしょう。楽しんできてね」
本当にお兄ちゃんは幸せ者ですね。こんなに彼女に愛されているんですから。私は篠原氏を部屋に案内すると、学校に行く支度を始めました。準備を終えて玄関へ向かうと、氷枕を持った篠原氏とすれ違いました。
「行ってらっしゃい。あ、そういえば、例の子とは上手くいっているのかしら?」
「えっと、その件はですね……」
電話では散々相談したのに、いざ目の前で話すとなると少し気恥ずかしいです。それでも経験豊富な篠原氏の意見は是非とも聞いておきたかったので、私は話し始めます。
「やっぱり、私の勘違いだったのかもしれません。あれから向こうも何も言ってきませんからね。けど……」
「けど?」
「文化祭の日に話があるって言われました。なんだか重要な話みたいで」
「あら、そうなの。きっと前回は上手く伝えられなかったから、今回こそはっきり伝えるつもりなのよ」
「何をですか?」
「よしのちゃんが好きだってことよ」
「そんな! ありえませんよ、そんなこと!」
塔子が私を好きだなんて絶対にありえません。この前のあれだって私をからかっているだけで、本気で言っていたわけじゃないはずです。それに、女の子同士なのに、そんなのやっぱり変だと思います。そりゃ塔子は女の子にもモテるみたいですけど。私みたいな地味な女子には関係のない話です。
「まあ、その時になればわかることね。きっと、よしのちゃんの気持ちもその時が来たら自然に定まるんじゃないかしら」
篠原氏は私の頭に手を乗せて、優しく撫でてくれました。氷を触ったからか、その手はひんやり冷たくて、それが妙に心地良かったです。
篠原氏に見送られて、私は中学最後の文化祭へと向かいました。
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