インターバル
65話 お姉ちゃんって、呼んでもいいですか?
仙台駅から帰りの新幹線に乗ってすぐ、疲れていたのだろう、エマは眠ってしまった。金髪の頭がカクカク揺れたかと思うと、それは私の肩に落ち着いた。彼女からはお日様みたいないい匂いがした。
「もう、しょうがないわね」
ただでさえ慣れない土地で、こんなに遠出をしたのだ。疲れて当たり前だ。連れ回した私にも責任がある。私の肩が枕にちょうどいいのなら、好きなだけ使うといい。ただし、彼の肩だけは絶対に貸してあげないから。
「むにゃむにゃ……だめですよ、ミズキ……火刑は可哀想です……ここは人道的にギロチンにしましょう」
エマは寝言で何か物騒なことを呟いている。いったいどんな夢を見ているのやら。隙だらけな寝顔は子供っぽく思えて可愛らしかった。
「むにゃ……ユータ、この前作ってくれたカリーのレシピ教えてください……え? パッケージの裏に書いてある? その通りに作っただけ? そんなぁ……」
エマが日本にきて、余計なライバルが増えただけだと思っていたけれど、案外悪くはない。彼女の前では余計な虚勢を見せなくていいから、他のクラスメイトと過ごすよりずっと楽だった。
それに彼女も何かと私に頼ることが多かった。勉強や学校生活でわからないことがあると、彼じゃなく私に聞きにくるのだ。まだ日本に来たばかりで気兼ねなく話せる同性が私だけだからだろうけど、私の後を彼女がひょこひょこ付いてくるのは正直気分が良かった。まるで、歳の近い妹ができたみたいで……嬉しかった。
「……ねぇ、ミズキ……」
「なあに、エマ」
寝言の彼女に私は答える。眠っている人と話をするのはよくないらしいけど、彼女が話しかけてくるのだから仕方ない。
「……お姉ちゃんって……呼んでもいいですか?」
「馬鹿ね、好きに呼べばいいのよ。そんなことであなたを嫌いになったりしないわ」
私はエマの頭を撫でてあげる。本当は起きているんじゃないかって確かめようかと思ったけど、やめておいた。私も歩き疲れていた。このまま少し眠ろう。エマの体にそのまま寄りかかって、目を閉じる。互いに寄り添って眠る私たちは、側からみれば仲の良い姉妹にも見えるかもしれなかった。
オマケ 委員長とエマ
「ちょっと、フロベールさん。そのお菓子はなに?」
「あ、ナオミ。ちょうど良かったです。お土産のお菓子、一緒に食べましょう」
「ああ、ありがとう……じゃなくて! 学校にお菓子を持ち込んだらだめなの。先生に怒られて、没収されるよ」
「そうだったですか。……困りましたネ、まだたくさん残ってるんです。そうだ! ホームルームが始める前に全部食べてしまいましょう。ナオミも手伝ってください」
「ちょっと! そんなに食べれないってば。それに私まで怒られるじゃない。私は学級員長として、あなたを注意しにきたの。わかる?」
「じゃあ、わたしもナオミに注意あります」
「え?」
「フロベールだめです。エマと呼んでください」
「な、なんでよ。まだ下の名前で呼び合うほど私たち親しくないよね」
「それでは、これから親しくなりましょう! ね、ナオミ」
「……分かったわよ、その、……エマ、さん。あくまで学級委員長としてだからね」
「はい! あ、先生! ちょうどいいところに来ましたね。これ仙台のお土産です。どうぞ、没収して食べてくださいね!」
「ちょっと、エマさん。私の話聞いてたの?」
「ナオミもお土産みんなに配るの手伝ってくださいネ。これからみんなと親しくなって、いっぱいお世話させますから、たくさんお土産渡さないとです」
「エマさん、そう言うときは、お世話になります、でしょう」
「お世話になります? エマがお世話に成る、ですか?」
「そうじゃなくてね、日本語ではそう言うの。ちょっと、篠原さんと高槻くんも黙って見てないで、彼女に説明してってば……って、なんで二人とも目を逸らすの!」
委員長の苦難は続く、かも。
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