64話 土産話
仙台から家まで帰ると、妹がカンカンに怒って出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、私のタブレット勝手に持ち出しましたね。お風呂で映画が見れなくて困ったんですからね」
「風呂で映画見るのやめろって言ってるだろう。お前のぼせるんだから。タブレットの件は悪かったよ。脚本書くのに必要だったんだ」
「脚本?」
よしのはキョトンとした顔で俺を見つめる。
「ああ、頼まれた脚本、大変だったけどなんとか完成したから」
俺はフラッシュメモリを妹に渡した。環さんが書いてくれたものだから、俺が書いた脚本よりかはだいぶ面白いはずだ。
「……まさか本当に書いてくれたんですか? 冗談のつもりだったんですけど」
「は?」
「だってお兄ちゃんがラブストーリーなんて書けるわけないって思ってましたから。脚本はもう得意な友達に書いてもらいましたし」
「なんだよ、それ」
まったくこの妹は兄をなんだと思っているんだ。そうだと分かっていれば、あんな苦労しなかったのに。いい加減に灸を据えるべきかもしれないな。
「まあ、いいや。これお土産な」
俺は紙袋に入ったお菓子を渡した。
「おお、気が利きますね。……仙台銘菓、萩の月? お兄ちゃんどこまで行ってたんですか?」
「頼むから、聞かないでくれ。今日はもう疲れたんだ」
俺は食卓の椅子に座り込んだ。
「まあ、いいですけど。折角だから脚本読ませてもらいますね」
妹は俺から取り返したタブレットにフラッシュメモリを差し込んで、環さんの書いた脚本を読み始めた。最初は真剣に読んでいたのに、しばらくすると腹を抱えて笑い始めた。
「クク、ふふ、ブハハハハ! お兄ちゃんなんですか、この脚本?」
「何かおかしかったのか?」
「いや、別におかしくはないですけど、これまんまお兄ちゃんと篠原氏のお話ですよね。これ映画化しちゃってもいいんですか?」
「なんだって?」
俺は妹からタブレットを奪って脚本を読み始める。確かに多少アレンジは加えられているが、俺と篠原との出会いからなにまでそのまま克明に書かれている。
「環さんめ、やってくれたな」
どおりであんな短時間で脚本を完成させたわけだ。参考にするとは言っていたけれど、まさかそのまま脚本に落とし込んでくるとは思わなかった。
「お兄ちゃん、どんだけ篠原氏のこと好きなんですか。脚本にまで書くなんて、ちょっときもいですよ」
「うるさい、黙ってろ」
俺は買ってきた笹かまぼこを妹の口に突っ込んで塞いだ。
週明け、教室に入ると、俺の席を挟むように篠原とエマが座っている。エマは俺と篠原の間に座りたがったが、篠原が猛反対したので、こういう配置となった。
「あ、ユータ、おはよーございます」
「おはよう、高槻くん。私に何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「おはよう。よく分かったな。はい、これお土産だ」
俺は篠原にはお菓子の萩の月を、エマにはこけし人形を渡した。
「……あなた、隠す気もないわけ?」
「ん? なんのことだ?」
「しらばっくれたって無駄よ。あなたが女の人と家に入るのを確かに見たのよ」
「女の人って環さんのことか? どうして篠原が知ってるんだ?」
「そ、それは……」
「あ、ユータもずんだ餅食べますか? 美味しいですよ」
エマが緑色の餡のかかった餅を差し出してくる。よく見れば、エマの机には土産物が積み上がっていた。クラスメイトに配るのだろう。どれも仙台のお菓子や民芸品ばかりだ。俺は篠原の顔をジロリと見る。篠原は顔逸らして、窓の方を向いた。口笛なんか吹いて誤魔化そうとしている。
「どうやら、互いに土産話があるようだな」
「……そうね。落ち着いて話し合いましょうか。お互い寛容にね」
やっぱり俺には篠原以外の彼女なんて考えられそうにもない。だってそうだろう。こいつといるとまるで退屈知らずなんだから。
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