22話 シネマの時間
「よしの、映画でも観にいくか」
父は仕事の〆切が近づくと、よく私を誘って映画館に連れていってくれました。劇場では携帯の電源を切らないといけないので、編集者の催促から逃れる口実だったのでしょう。
幼い私が父と最初に映画館に行ったとき、ちょうどスターウォーズの新作がやっていました。私はその現実離れしたCG満載の映像に目を奪われました。父はこんなのスターウォーズじゃないと文句を垂れていましたが、私は大迫力の映画に夢中になりました。私が映画好きになったのはそれからでした。
「お父さん、今日も映画館行きましょう」
父の病気が発覚してから、私は学校にも行かずに毎日のように父と連れ立って映画館に通っていました。父が入院する日はもう決まっていました。入院すれば父が映画館に行けなくなるからと、私は劇場に毎日入り浸っていたのです。
「そうだな、ちょうど観たい新作があったんだ」
「あれ? 今日公開の映画ありましたっけ」
「いや、俺が観たいやつ、まだ公開してないんだよ」
「じゃあ、観れないじゃないですか」
「そうだな。でも、予告編くらいはやってるかもしれないだろう」
「そうですか……」
そのときの私はずっと考えていました。父が入院してからも、新しい映画は続々と公開される。名作のリメイクや、新たな傑作映画、そしてスターウォーズの新作もいずれ封を切るはずです。だけど、もしかしたら、父はそんな映画を観れずに終わってしまうのではないか。それが恐ろしくて仕方ないから、私はなんども父を映画に誘ったのでした。
「どうしたよしの、そんな恐い顔して」
「いえ、早く行きましょう」
その日は私は父の手をずっと離さず握りしめたまま歩きました。中学生にもなってと父は私をからかいましたが、それでも私は手を離しませんでした。
「お父さん……映画館は反対方向ですよ」
「いいんだよ、こっちで」
「よくないですよ」
「こっちに新しい映画館できたんだよ」
「嘘です。そんな話信じません」
「ばれたか」
「私、学校になんか行きませんからね」
強情な私を父は笑いながら見下ろしました。
「別に行きたくないなら、行かなくたっていいよ」
「はい、もちろん行きません」
「でも、別に学校が嫌いになったわけじゃないんだろ」
「それは……そうですけど」
「映画も学校の友達と一緒に行けばいい」
「嫌です。クラスの連中は映画のことなんてまるでわかっていません。それに私はお父さんと観るのが好きなんです」
「嬉しいこと言ってくれるな」
父は機嫌をよくしたのか鼻歌を歌いはじめました。でも、変わらずに学校の方に向かって歩いて行きます。仕方なく私も一緒に向かいました。
「『ゴッドファーザー』ですね」
「正解。じゃあ、これは?」
父はまた鼻歌で別の曲を歌いはじめました。映画のテーマ曲からタイトルを当てるという二人でよくやるお遊びでした。
「ふん、簡単すぎますよ。『禁じられた遊び』」
「流石だな。次はどうだ」
「えっと『死刑台のメロディ』です」
「すごいな。じゃあ、これなら」
「……えっと、これは、『仄暗い水の底から』の『覚醒』です!」
「……曲名まで当ててきたか。じゃあ、次で最後な」
「あ、……黒澤監督の『生きる』です」
「正解。もう俺より映画詳しいんじゃないか」
「まだまだお父さんには敵いませんよ」
「学校に着いちゃったな」
「あ」
気づけばもう校門の前に立っていました。もう授業が始めっているのか、あたりは人気がなく静かでした。
「こんなことしても、学校には行きませんよ私は」
「だから行かなくてもいいよ、別に」
父は校門に寄りかかって誰もいない校庭を眺めはじめました。本当は学校に行かせたくてしょうが無いと背中に書いてあります。
「早く映画観に行きましょうよ。観たい映画あるんですよね」
「俺が観たいやつはまだ公開されてないんだ」
「タイトル教えてください。私が配給会社に先に観せてもらえないか交渉してきますよ」
私は『ファンボーイズ』という映画を思い出しました。余命わずかな友人のためにスターウォーズの新作のフィルムを盗みに行く話です。なんなら私だってそのくらいのことはやってもいいと思っていました。
「そうだな……タイトルは『未来』だ」
「『未来』? 監督は誰ですか」
「監督なんていないよ」
「は? そんな映画あるわけないでしょう」
「主演女優なら決まっているんだけどな」
そう言って父は私の頭を撫でました。父が観たかったのは映画なんかではなかったみたいです。私は涙を抑えることができませんでした。
「……私、ちゃんと学校に行きますから、お父さんが退院したらまた映画館に行きましょう」
「そうだな、頑張らないとな」
結局、父はその約束を守ってくれませんでした。
「よしの、起きてるか?」
お兄ちゃんが部屋をノックして言いました。私はベッドに寝転んだまま、天井を見つめていました。
「学校ならいきませんよ」
「わかってるよ。今日は一緒にサボらないか?」
「え?」
「篠原がお前に会いたいんだってよ」
「篠原氏が?」
私はベッドから起き上がりました。すると、外からヴァイオリンの音色が聞こえてきたのです。
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