親愛なる高嶺の花へ

「うわあ、すっごいねこれ。点の集まりなのに、ちゃんとオレだって分かるよ!」


 来場者の男性が、僕のブースで感嘆の声を上げた。


 スマホで撮影した写真をドット絵に変換して、古い携帯ゲーム機の画面に写し出す。今回、この日本電子工作コンテスト・高校生の部に僕が出展した作品だ。


「ありがとうございます。これ、お土産にどうぞ」


 携帯ゲーム機に接続したプリンタから、ドット絵になった男性の写真をプリントして手渡すと、彼はまた一段と喜び、手を振りながら笑顔でブースを後にした。


「先輩、なかなか好評ッスね!」


 手伝いに来てくれている電子工作部の後輩が、隣でガッツポーズをした。


「うん。……あ、そうだ。僕、これから出展者アンケートを書きに事務局まで行かなきゃいけないから、しばらくここを任せてもいいかな?」


「ガッテン承知ッス!」


※ ※ ※


「ええと、この用紙の設問を埋めればいいんだな」


 会場の隅にある事務局に設置された長テーブルの上で鉛筆を走らせる。このイベントを何で知りましたか、出品物の見どころは……。ひとつひとつ順番に書き込んでいき、最後の設問。


"あなたがものづくりをする理由はなんですか?"


「理由、か……」


 思い出す。


 あの夏、僕はまだ小学生だった。


※ ※ ※


「走ったぁ!」


 学校帰りの河川敷。堤防の上に集まった僕たち男子5人組は、お手製の電池式ダンボール戦車が無事に動き出したことに興奮を隠せないでいた。


「うおー! すっげえ!」


 僕たちはみんな、図工の授業で知った「ものづくり」の楽しさに心を奪われた者同士だった。


「思ってたより速いな〜!」 


「うん! でも、ちょっと速すぎるかも……」


 電池のパワーが強すぎたのか、戦車と僕たちの距離がどんどん離れていく。その勢いのまま、戦車は小石にぶつかって進行方向を変えた。


「わっ、落ちるぞ!」


 脇に逸れた戦車は、堤防の下り坂を猛スピードで駆け下りて、ついには地面にぶつかってひっくり返ってしまった。


「あっ……!」


 僕たち男子の視線は釘付けになった。……戦車にではない。


 動けなくなった戦車を、細くて長い指がふわりとすくい上げた。空に浮かぶ雲のような真っ白なワンピースを着た女の子。少しウェーブがかった栗色のショートヘアーが、さわさわと夏風にそよいだ。


 それが、僕たちと彼女との出会いだった。


※ ※ ※


 それから毎日、彼女は河川敷へやってきた。いつも僕たちの作るものに興味津々で、何を見せても期待した以上に驚き、喜んでくれた。そうするうちに、だんだんと色んなものを一緒に作るようになっていった。時に繊細に、時に男子が驚くほど大胆にものづくりをする彼女は素敵だった。


 僕たちの作る戦車やロボットなんていうものは、男子には人気があるが、正直言って女子受けはよくない。


 そんなところに突然、見たこともないような可愛い女の子が現れたものだから、僕たちは内心、いつもドキドキしていた。


 彼女は、河川敷に咲いた高嶺の花だった。そして、どんな場所に咲いても、美しい花は美しいままなのだと知った。


 ミスまきちゃん。


 彼女はそう呼ばれていた。本当の名前かどうかは知らない。けれど、ミス・ユニバースのようなその響きは美しい彼女によく似合っていて、僕も自然にそう呼んでいた。


 はっきり言って、僕たち5人はみんなミスまきちゃんのことが好きだったと思う。でも、誰も告白はしなかった。彼女は、僕たち河川敷男子みんなにとってのアイドルだったからだ。その代わりに、誰もが競い合うように新作を作っては彼女を驚かせた。ミスまきちゃんの喜ぶ顔が、創作の一番の原動力になっていた。


※ ※ ※


 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。


 誰もが一度は思うその願いは、決して叶うことはない。僕たちも中学へ上がるのを期に、それぞれ違う道を歩むことになった。


 卒業式の日、みんなで作った季節外れの打ち上げ花火を上げた。既製品では絶対にできない量の火薬を使ったそれは、空と水面にとても大きく、美しい花を咲かせた。


 みんなで河川敷に集まったのは、それが最後になった。


※ ※ ※


 次に僕がミスまきちゃんを見たのは、それからちょうど一年くらい後だったと思う。工作用のパーツを買った帰りに立ち寄った家電量販店だった。


 たくさん並んだテレビのすべてに、ドレス姿のきらびやかな彼女が映っていた。ミスまきちゃんは、誰もが知る有名なアイドル学校に通っていた。それは、高嶺の花があるべき場所だった。


 僕だけじゃない。通りすがった人達みんなが、つい足を止めてテレビを視線を奪われていく。河川敷のアイドルは、みんなのアイドルになっていた。


※ ※ ※


"笑顔が見たいから"


 そう書き込んだアンケートを事務局に提出してブースに戻ると、なにやら後輩が叫んでいるのが見えた。


「せっ、先輩っ!」


「おいおい、あんまり大きな声を出しちゃダメだよ」


 と諭してもまだ興奮冷めやらぬ様子の後輩は、僕にプリンタで印刷した写真を手渡しながら言った。


「それ! そのドット絵の写真じゃ分からないかもしれないですけど! さっき、すごい人が来たんですよ!」


 僕は、その写真を見てすぐに分かった。


 だって、どんな場所に咲いても、美しい花は美しいままなのだから。


-おしまい-

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kkt novel 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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