遅れてきた伝言

「ライブ、久しぶりやから楽しみやね~!」


 東京へ向かう新幹線。サヤは窓側の席に座る友人・アキに話しかけた。女子ふたり、初めての遠征だ。


「うん」


「すっごい、大きい会場なんやって!」


「うん」


「Bright、四国から飛び出して一気にメジャーになって、ほんま嬉しいなぁ」


「うん」


「……どしたん? もしかして、もう緊張してる?」


 いつにも増して物静かなアキが心配になる。確かに、彼女は少し緊張していた。デビュー当初からずっと応援してきたのだから、思い入れは人一倍ある。けれど、彼女の思いはそれだけではなかったのだ。


※ ※ ※


「うわぁ~! ホンマにでっかい会場!」


 海に面したそのライブハウスは、スタンディングであれば数千人は軽く収容できる大きさだった。向かいにある公園は、既に開場を待つ人達で溢れていた。


「人もいっぱいだね」


 二人もベンチに腰掛けて待つことにした。周囲のファンたちの楽しそうな会話がたくさん聞こえてくる。


「今日、3人の『永遠の灯』聴けるかなぁ!」


「私は『フレンドパスワード』聴きたい~!」


 耳に届く声に、サヤはうんうんと頷いた。


「今日は『あっち』のお客さんもたくさん来てるみたいやね」


 ねおん・あかり・ひなたの3人ユニットであるBrightは、2つの異なるステージを股にかけて活躍してきた。それゆえにファンも倍速で増えていき、今日のブレイクに繋がったのだ。


「うん……」


※ ※ ※


「うわ~! 『絆~シンクロハーモニー~』や~!」


「うん!」


「このツインテールの曲、めっちゃええね~!」


「うん!」


 騒ぐサヤと地蔵のアキ、二人の楽しみ方は正反対だったが、それぞれに大満足の2時間を過ごした。そして終演後。


「物販、並ぼ!」


「うん」


 何度も折り返す行列の先に、Brightの三人がグッズを手渡ししている姿が見えた。


「……はぁ~。こうやって直接お話できるのも、そろそろ最後やんねえ。メジャーになるのは嬉しいけど、やっぱり寂しいなぁ~」


「……うん」


 気持ちを伝えられる最後のチャンスかもしれない。そう思うと、アキはまた緊張で体がこわばった。


「次の方、どうぞ~!」


 呼ばれたサヤは、両手を振りながら推しのねおんに元気に話しかけた。


「ねおちゃ~! うん、今日は遠征やでー! ほんっま、ライブ最高やったよ~!」


 次は、私だ。


 アキは緊張に押しつぶされそうになりながら、でも、絶対に伝えるんだと強く拳を握った。


「次の方、どうぞ~!」


「……はいっ」


 前に出た。……のは、いいものの、思うように口が動かない。どうしたのかな、と心配そうに見つめるねおんに、アキはなんとか震える唇を開いた。


「あの……私、ずっと……デビューの時から応援してて……。その、どうしても、伝えたいことがあって」


 ゆっくりと、確実に、言葉を紡いでいく。持ち時間があっという間に過ぎていく。剥がしに動いたスタッフを、あかりとひなたが無言で制止した。


「あの……私、一度だけ病気で参加できなかったライブがあって。それが……"前の"ねおんさんの最後のライブで……。本当は、こんなことお願いしちゃダメだって、分かってるんですけど……でも、これだけは言いたくって……」


 今は引退して、裏方に回っている先代の彼女へ、伝えられなかった言葉を。推せる時に推しきれなかった彼女へ……深呼吸をして……精一杯の言葉を。


「今まで、私にたくさん勇気をくれて……ありがとうございましたっ!」


 にっこりと頷いてくれたねおんに、アキはこれからも彼女たちを応援していこうと思った。


-おしまい-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る