悪い人
白川津 中々
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悲しい事があった。よく知る人が酷いことを言われたのだ。
事の如何はどうでもよかったのだけれど、ただ、親しい人の笑顔が桜雨の如く露落ちたのが大変苦しく、心細くなった。
暴言を吐いたのは頭の良い人で(私の友達も実に聡明だけれども)、弁の節々に論があって理があって、納得はできないのだけど、嫌な具合に腑に落ちてしまって、唇を噛んでしまった。
私は友達を庇おうとしたけれども無学で無能なものだから、どうしたって言葉が出るはずもなく、口を開けば返って難儀になってしまいそうで、いえ、その人の歯牙にかかるのが恐ろしくって、遠巻きに悪い人だなと心の中で思うことしかできなかった。
「もうあぁいうのは放っておきましょう」
友達はそう言って素知らぬふりをしていたけれど、やはり目には雫が煌めいていて、不謹慎なのだけれど、美しい人の涙はやはり綺麗だなと思ってしまって、それを言ったら「馬鹿ね」と、軽く肩を抱いてくれたのが嬉しかった。
「辛いのは貴女のはずなのに、私の方が救われてしまったらあべこべだわ」
そう言いたかったのだけど、その頃には私ももう泣きじゃくってしまっていて到底話す事なんかできやしなかった。みんなこの人みたいに優しかったらいいのにと、馬鹿な想像をした。
友達に酷いことを言った悪い人はたまに見かける。見かける度に、酷いことを言っている。
私はそれを目にすると決まって震え、悲しくなる。どうして人をそんな風に侮辱できるのかちっとも考えが及ばず、「あぁ、同じ人間なのに分かり合えないんだな」と、寂しくなるのだ。
私はよほど人を嫌いになる事はないのだけれど、あの人には明確な嫌悪を抱いていた。不幸を呼び込む邪悪だと思っていた。どうして生まれてきてしまったのかと、不憫に思った。いっそ死んでしまった方がみんな幸せになるのにと、つい、悪魔のような思案を巡らせてしまった。自分も悪い人になっているのではないかと、恐ろしくなった。
人には生まれつき善悪貴賎の資質が備わっていると昔父から聞かされた。あの悪い人はきっと、生来の悪賊なのだろうと思った。
自分はそうではないと思っていた。人が人を恨むなんて悲しい。けれど、私は、あの人を憎まずにはいられず、もしかしたら私も生まれついての悪人かもしれないと考えてしまうのだ。
悲しい。辛い。苦しい。けれど……
あの人は今日も酷いことを言っている。
それを見て、私もだんだん悪くなる。
あぁ、恨みが満ちていく……
悪い人 白川津 中々 @taka1212384
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