エピローグ 大岩の家へ
「お父さん! 見えた!! ほら、大岩!! ぼく、先に行くね!!」
ハルが我慢出来ずに、ポンチョを脱ぎ捨て走り出す。崖から飛んで近道するつもりらしい。
ずいぶんと獣化が早くなったな! でも、脚にパンツが引っかかってるぞ?
「ハルちゃ! ハナちゃんも、いっしょにいくよ!」
ハナが、あっという間にユキヒョウ姿になって、鳥姿のハルの背中にしがみつく。
「ハル、気をつけてね? ハナは暴れちゃダメだよ!」
ナナミが手早くハナ専用の抱っこ紐を、ハルに装着する。翼の動きを阻害しないように作られた、腹側に小さな籠が付いた紐だ。
二ヶ月に及ぶ旅の間に、ハルの翼は強く、大きくなった。最初の頃はハナがしがみつくと、ヨロヨロと高度が下がって、ベシャリと落ちてしまっていた。
ちなみに俺が獣化した場合は、籠に入れたハナくらいなら、人型のままでも持って飛べる。ハルはちょっとキツイ。ナナミは獣化すれば、短時間ならイケル。
クルミの乗っている馬車から、ヒュールーが飛び立つ。こちらの背中にはクロマルとシラタマがしがみついている。二匹の毛玉ウサギは、すっかり空の旅が気に入ったみたいだ。
俺が馬車の幌の上で、二羽の空を舞う姿を眺めていたら、ナナミが隣にポスンと腰を下ろした。
「なんかうちの家族……たった二年足らずで、ずいぶんと変わったもんだね」
息子は空飛んでるし、娘はもふもふだもんな。
「人生何があるかわからないねぇ」
いや、こんな事は普通はないだろう!
ナナミが嬉しそうに目を細める。子供たちを二人で並んで眺めると、なぜかとても穏やかな気持ちになる。これは日本にいた頃から変わらないな。
「中身は変わってないから、いーんじゃねぇの?」
「ふふふ。ハルもハナも楽しそう」
ナナミが眩しそうに空を見上げると、瞳の中の虹彩がキューッと細くなり、途端に顔の猫率が高くなる。
この顔も、見慣れて見れば、愛嬌がマシマシだ。
クロルは一足先に、英雄の神殿から、茜岩谷の『忌み地』へと拠点を移している。以前俺たちがどうしても開ける事の出来なかった扉……。あの扉の向こう側は耳なしの施設らしい。
クロルは地球人が今、どうしているか調べる事からはじめた。地球人は他の惑星で暮らしているのか、地球は再生しているのか、それとも……滅びてしまったのか。
英雄の神殿で、地球のシステムに接触する時、クロルは俺たち家族全員の同席を望んだ。顔色を真っ白にして、ブルブルと震えるクロルの手を全員で握った。
……結果はシロだった。地球人は滅びていない。月や火星や人工惑星で、しぶとく逞しく暮らしている。地球の再生にも力を注いでいて、緑は蘇りつつあるらしい。
それは、クロルの救いとなったのだろう。へなへなと座り込み、そのまま膝を抱えて、泣きながら笑っていた。
地球人がパスティア・ラカーナに接触して来ない理由はわかっていない。今の地球の技術ならば、クロルの防御シールド程度が、突破出来ないはずはない。
忘れてしまったのか、興味がないのか、恐れているのか、自戒しているのか……。
いずれにしても、こちらから交流を持つ予定は、今のところはない。俺たちが用があるのは、あくまで遥か過去の地球だなのだ。
クロルはこれからも、地球人の監視を続けるつもりらしい。そのうち大岩の家にも遊びに来るだろう。肩の力の抜けたクロルは、もうとても『黒猫の英雄』には見えなくなった。
それでいい。少しずつでも、自分を許す方法を見つけて欲しい。
クルミは結局、クロルに『一時的に有効なワクチン』を打ってもらった。少なくとも、今季の獣化ウィルスには感染しなくなる。
不器用なクルミには、ゆっくり考える時間があった方が良いかも知れない。
ハルが大岩の上を大きく旋回してから、徐々に高度を下げてゆく。さゆりさんは、気がついてくれるだろうか。リュートやラーナは、どんな顔で出迎えているのだろう。耳なしだという赤ん坊に会うのも楽しみだ。
さあ、俺たちも行こう。
俺たちの旅は、ここからはじまり、ここに帰って来る。
半年前、この崖の上でキャラバンの連中が見送ってくれたっけ。あの時は『今度こそ、ナナミを連れて戻って来る!』なんて、悲壮な覚悟を持って街道を東に向かった。
まだ、あれからたった半年なのか。
俺はこれからも、きっと旅に出るだろう。
クルミやさゆりさんのように、スマホを持たずに飛ばされて来た地球人がいるかも知れない。そういう人はクロルのセンサーには引っかからないので、地道に探してみようと思っている。
耳なしが増えて固まって暮らす事は、決して良い事ばかりではないかも知れないけどな。
アトラ治療師と半獣たちの手助けもしたい、ひまわり娘のチャーリアの元も尋ねたいし、クルミと大道芸をしながら、小さな村を回るのも楽しそうだな!
ハルと二人きりで、何処までも飛んで行くような旅もしてみたい。
だが今は、早く大岩の家に帰りたい。
子供の頃、オズの魔法使いの本を読んだ時、最後のドロシーの言葉が、どうにも納得がいかなかった。
『やっぱりおうちが一番!』
楽しい冒険をして、愉快な仲間と出会って……そんな旅なら、終わらない方が良い。おうちが一番なんて、そんな事あるはずがない。
そう思って、本を閉じた覚えがある。
だが今ならわかるな! 『ただいま』が言える場所は、得難いものだ。いつかクロルが大岩の家を訪ねたら、俺が『おかえり』と言ってやろう。
そう……旅の終わりはいつも、この言葉が教えてくれる。
『ただいま!』
–完–
▽あとがき▽
長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。本編と併せて、これにて完結でございます。途中、ずいぶんと長くエタってしまい申し訳ありませんでした。続きを書く事が出来たのは、読んで下さる方が1人でもいてくれたおかげです。
ヒロトとハルの旅を、二ノ宮家とパスティア・ラカーナの物語を、最後まで見守って下さり、ありがとうございます。
また、違う物語を紡いでゆきます。ご縁がありましたら、お逢い致しましょう。
お父さんがゆく異世界旅物語〜探求編〜 はなまる @hanamarumaruko
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