琵琶湖を巡る城のあたりの四方山話(安土城)
安土城は、ご存知のように織田信長公最期の居城です。
石山本願寺の跡地に、次なる居城を築城する予定だったとも言われています。
大坂の城の件はさておき。
琵琶湖の湖畔に城を築城するにあたり、信長公の城の位置を安土のあたりを選んだというのは、勿論軍事や交通など色々事情もあったのでしょうが、近畿圏にお住まいの方には、安土ねー、わかる〜、わかる〜ではないでしょうか。
明智光秀の坂本城は、琵琶湖の西南。比叡山の玄関口になる所であり、尚且つ水運の要所堅田の関と、東海道と東山道が通る逢坂の関との丁度中間地点にあります。
実弟信勝の遺児、信澄が入った近江大溝城は、江戸期以降「近江西路」と呼ばれる越前敦賀湊から京へと繋がる一番の要所です。
寵臣丹羽長秀の佐和山城は、秀吉の長浜城と安土の中間地点。まさに安土城の支城の立ち位置で、小姓時代から主君を支えてきた五郎左衛門長秀が、今や天下人である信長公の護りを固めています。
羽柴秀吉の長浜は、塩津を擁し、北陸からの最短の街道である深坂道の終着点にあり、東国から大軍を率いて入る関ヶ原の出口を押さえています。
その関ヶ原。
あの岐阜と滋賀の境目は、天候がおかしな魔境です。
あそこら辺り一帯が晴れてても、関ヶ原近辺は曇ったり、雨や雪が降ったりしています。
更に関ヶ原の上には、伊吹山という非常に風光明媚な名山があるのですが、積雪量観測史上世界一の記録を持つという恐ろしい側面をお持ちです。
日本一ではないですよ?世界一です。
驚きです。
あんなとこでようも戦をしよう思うたな、と言うのが、あそこらへんを知る人の正直な感想ではないでしょうか。
そのあたりから琵琶湖の上の部分というのは、大変雪が深いとこで、近畿地方に属する滋賀ですが、天気予報とか見てても、どちらかといえば北陸よりの気候ではないかと思われます。
ところが安土城の位置、近江八幡というのは、丁度雪が途切れるところにあたります。
ですから、関ヶ原のほうじゃなく、信長公が最初の上洛で使用した、八風越え、あるいは元亀元年の千種越えが、元々正規のルートになっていたというのは、京都からの利便性というのもありますが、気候的にもさもありなんというところです。
たしか岐阜時代、将軍義昭のhelpで急ぎ雪の中上洛しようとして、足軽が凍死したのは、あの関ヶ原辺りではなかったでしょうか?
琵琶湖の西岸でいえば堅田の辺りが端境になるのではと思います。
ある大雪の年に、大津方面から和邇方面へと車で移動したことがあるのですが、堅田を過ぎ、小野駅を過ぎたあたりでしょうか、信号機の北側だけ、支柱にそって高く積雪しているのを見て、大変驚きました。
現在に比べ、遮るものがない当時、人々の住む家に、雪を孕んだ風はどんなに強くふきつけたでしょうか。
ま、今もわりに高い建物のうて、田園風景が広がってますけども。
つまり大溝城、長浜城や佐和山城あたりは曇ってて雪が積もってても、安土城あたりは快晴で雪がないというのはアルアルです。
しかし琵琶湖は冬場でも凍りませんから、雪深くなり交通が困難になっても、琵琶湖を押さえることは商業面でも、軍事面でも大層有利になりますね。
そういえば琵琶湖は凍らないのですが、寒波が降りてきて、風が強くなり、波が高くなると、水しぶきで湖岸には、「しぶき氷」が 出来ます。
湖岸や湖の中に生えた木や枝、あるいは草、また石などに出来る氷のつららは、とても神秘的で美しい極寒の日の風景です。これらは琵琶湖の東側に見られますので、秀吉、丹羽長秀、信長公たちの家臣たちやご家族の皆様は、大層喜ばれたかもしれませんね。
また今現在、守山市近江妙蓮公園に、近江妙蓮資料館という施設が建っています。慈覚大師が中国から持ち帰ったと伝えられる、オシベもメシベもない「近江妙連」は、まるで牡丹のように大変華やかな蓮で、守山市の市の花に制定されています。
『琵琶湖のハスと近江妙蓮』によりますと、室町時代には草津の志那浜の蓮が、景勝地として有名であったそうです。
またその蓮根を六角氏に献上された記録があるそうなので、織田家の人々も見に行ったかもしれませんし、食べたかもしれません。
さて先程見ましたように、琵琶湖周辺というのは、当時の主要幹線街道が数多く通っていましたので、室町時代にはそれに沿って定期市(市庭)が開かれ、それを開く為の座(職能集団)が発達し、戦国時代に入ると六角氏などが楽市楽座として座を開放し、商業都市として発達させました。
そしてまた近江の国内だけではなく、近江に本拠地を置き他国稼ぎをする「近江商人」として江戸時代に有名になる行商人たちが、室町時代には既に各街道の通商権を持って活動をしていました。
その各街道を、湖上を含めて、織田軍団が押さえたわけです。
商業と軍事、この密接な関係は戦国時代ならではですね。
では彼らは、何を商っていたのでしょうか。
琵琶湖で獲れるビワマス、ニゴロブナ、ホンモロコ、イサザ、ゴリ、コアユ、スジエビ、ハスなどの淡水魚は、湖魚と呼ばれ、加工し、保存食とする文化が古くからありました。
また赤こんにゃくは、知る人ぞ知る近江八幡の名産品です。
信長公にちなんで赤く染めた、というキャッチフレーズで売っている商品もあり、近江商人が他の商品との差別化で染めたという話もあります。
赤の色は、三二酸化鉄で染めてあるそうです。
近江商人の前駆と呼ばれる保内商人の活動拠点である、延暦寺荘園「
その延暦寺を開山した伝教大師最澄が持ち帰ったお茶の木は、まず坂本に植えられ、他の地域へと広がりました。
滋賀県の奥永源寺地域の政所、九居瀬、黄和田、箕川、蛭谷、君が畑の六ヶ村は政所六ヶ畑と総称され、政所茶の産地として栄え、「宇治は茶所、茶は政所、娘やるのは縁所」という茶摘み歌が残っています。
石田三成が秀吉に出した「三献茶」は、この政所茶であるそうです。
またこの辺りは、トチ、ブナ、ケヤキなど広葉樹の木から、
その近くの日野では漆椀が、戦国時代には大量に生産されるようになったといいます。
漆椀は、儀式に欠かせない貴重なものでしたが、この日野の漆椀のおかげで、庶民たちも使うことができるようになったそうです。
その日野で取れる日野菜は、550年余り前から栽培が確認される在来種の野菜です。
『篠軒小録』(飛鳥井雅親卿日記)によると、智閑(蒲生貞秀)が領地の観音堂に参詣した折見つけた、根っこが紅と白の蕪の一種、「日野菜」を漬物にさせた処、まるで桜の花のような色合いになり、また味が大変美味なことに驚き、それを栽培させて、歌を付けて飛鳥井卿と後柏原天皇に献上したそうです。
帝は大層喜ばれ、「桜漬」と題して雅親卿に歌を所望され
「近江なる
と歌われたそうです。
これを飛鳥井家より智閑へ伝えられ、日野菜の漬物は「桜漬け」と呼ばれ、蒲生家が上洛する折には献上する習わしになったそうです。
蒲生といえば、「茜さす 紫野行き 標野行き」で有名な、安土の近くの蒲生野も忘れてはいけません。
これは薬狩りの時の歌であるとされており、琵琶湖の周辺は古来より、薬の産地であったと言います。
湖畔に今も見られる
また穂綿は硝石をまぜ、「ほくち」として用いる為、火縄銃には欠かせないアイテムです。
関ヶ原の上にある伊吹山もまた、昔より薬草の宝庫として有名な山であり、その名を冠した固有種が30を超えるそうです。
そして、ここには信長公が、宣教師たちに薬草園を作ることを許可し、ヨーロッパから移されたさまざまな薬草が育てられていたそうです。
その他、甲賀の『万川集海』には、甲賀に住む人々が、茶や薬草を育て、さまざまな生薬を、独自に創り出していたさまが見られます。
忍者、山伏や修験者たちは、そうした薬を持ち、村々を巡りながら、情報を入手していた様子が偲ばれます。
こうした薬、蚊帳、畳表などを行商する人々が、帰り道には各地の名産を仕入れて、戻ってきましたから、近江は大変な商業都市として賑わっていました。
さて坂本城と安土城とは、同じ天候グループで、比較的温暖な気候の土地になります。
坂本から大津は、琵琶湖沿いに進み、円城寺を通りすぎて山側へ折れると、気がついたら山科に入ってた……みたいな感じで、現在では滋賀と京都が入り組んでいる地域になります。
大きく空が開けた琵琶湖を背に、緩やかな坂が続く道は山深く、霧雨の日など非常に情緒深いものがあります。
春は山桜や
また反対に京から山間の隘路を越えて、大津へ降りてくると、坂道の途中から琵琶湖に向けて、大きく視界が開けます。
その大きく開けた空間に見える「その壮美なるには眼を驚かす」と絶賛された名城坂本城は、一際、威風を払って見え、織田軍団の力を感じさせたことでしょう。
また近江の海の向こうに建つ、天下の安土城の全容は、ここでは見えなかったでしょうが、島の関ではなく、堅田から琵琶湖を渡る人々は、歩むにつれ、次第に太陽の光を受けて光る、安土城の瓦や飾りの輝きを、驚きを持って目にしたでしょう。
さて坂本城は、大津に都があるよりも前から、渡来人の石工職人の穴太衆が住んだ「
この辺りは古来より、自然の石をほぼ加工せず積んでいく、「
小野、唐臼山には、小野妹子の墓があり、現在、その巨大な石を組んだ石室の一部が露出しています。高い技術を必要とした石室を組んだのは、この穴太衆ではないかと考えています。
坂本の石垣の続く街並は、城であっても土塀や板塀を見慣れた人々にとり、威厳のある風景であったと思われます。
また琵琶湖を渡ると、安土城近辺の支城は安土城を意識し、石垣を巻き、道は石畳であったと言います。
この安土城をトップに置いたトータルコーディネートは、少なくとも瀬田大橋の華麗な装飾から始まり、関ヶ原あたりまで及んでいたそうで、当時の日本には珍しい石文化は、天下は織田家に移ったことを強く意識させたでしょう。
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