戦国大名家でのお仕事

家督を継ぐ

 家督相続に関して、今回は整理していきたいと思います。


戦国期の家督相続の権利は、基本的に正室の産んだ3人の男児に与えられます。

彼らは嫡男と呼ばれ、実際に父の家を継ぐ男児は、家督と別名で呼ばれることもありました。


殆どの場合、家督を継ぐのは、嫡男のうち一番上の男児が多いようです。

嫡男の次男以下は、同盟の為に養子に行くことも有りますが、実家に残り分家して貰うこともあります。家督を取った兄の連枝として、支えることは、他の兄弟と変わりがありません。


正室の四男以下の男児はどうなるのでしょうか。

彼らは、相続権は持ちませんが、側室の腹の男児に比べれば、潜在的な相続権は上になります。

一定の身分の正室が四人以上男児を産み、彼等が成人することは少ないので、はっきりはしませんが、事情がない限り、出家させるのではなく、それぞれ出仕、結婚させて一人前の武将にしていたのかなと思われます。

前田利家が正室腹の5人兄弟、同じく森可成の息子たちも全員正室腹と伝わります。


 側室に出来た男児は、基本的に相続権は持ちません。また母親が野合、つまり側室として迎え入れられなかった場合も、相続権はありません。彼らは嫡男の家臣として家を支えるか、仏門に入ります。


 戦国時代は同盟の為に婚姻関係を結んだものの、敵対することになり、正室を戻すことはよくあります。

そうした場合に、既に息子が産まれていたら、どういった扱いになるでしょうか。

彼は継室に嫡男が出来るまでは、暫定的に相続権を持ちます。そして嫡男が生まれた段階、或いは元服した段階で、相続権が無くなりますが、側室の息子たちよりも相続権は上になります。


実例を見ていきましょう。


 長子の嫡男でそのまま当主になられたのには、武田信玄、織田信長、そして伊達政宗などがおられます。

しかし彼らは、弟に相続権を脅かされたことがあるとされています。

脅かすことが出来たのは、嫡男、つまり同じ正室の腹の弟だったからで、もし信玄にしろ、信長にしろ、政宗にしろ、正室にとって一人っ子なら問題は無かった可能性が高いでしょう。


 西国の雄、毛利元就は正室腹の次男で、毛利家の跡は兄が取り、元就は分家します。

しかし兄は早世し、元就は兄の嫡男の後見になりますが、その嫡男も9歳で亡くなり、元就は家督を相続します。

ところがこの時まだ大名家ではなかった為に、主家の尼子氏が相続に介入し、側室腹の弟をゴリ押しします。

勿論家督は元就が取りますが、それが原因で、毛利家は大内氏に転仕することになります。

どうも元就は幼い頃から、周囲に警戒をされていたようで、家臣に領地を奪われたり、やたら不遇です。

極端ではあるでしょうが、嫡男の次男というものの立場の難しさを感じさせられる人物です。


考えてみれば、信長公の弟信勝は、家臣たちに神輿に担がれた挙句に、最期は母や家臣に裏切られて兄に殺される訳ですから、気の毒といえば気の毒です。

政宗の弟も、養子先と決められていた蘆名家の家督相続争いに翻弄され、何やら気の毒な人生でした。

信玄の実弟の信繁や、織田信秀の実弟信光のように、賢く献身的に、或いは忍耐強く振る舞える才覚や、良い傅役や後見に恵まれること、それから運の大切さが分かります。


織田信光は、兄や父が当主の間は、家中で相争う松平家と、勝幡織田氏側の外交官として、かなり矢面に立ってアレコレ動いています。

兄が亡くなった後は信勝、或いは下尾張守護代との戦いでも、武篇、智略共に実行部隊として献身的に働いています。

次男の嫡男というのは、家の犠牲になりがちな、かなり厳しい立場のようです。


 では次男には、兄に異常がない限り、自分の家の家督相続には出番がないのでしょうか。

信長公の家臣長谷川家の嫡男達には、家督相続の移動がありました。

嫡男のうちの長男は「太平記」などにも記載されている長谷川家の本家の名家石黒家を継ぐことになり、長谷川家の家督は次男が継ぐことになりました。

また初代の犬山織田氏(木之下織田氏)でも同じことがありました。

在京時代には、将軍家から直臣扱いを受けていた名家織田伊勢守家の家督を継ぐために、嫡男兄弟のうち長男が養子に向い、家督は次男が継いでいます。


こうした血流の上位、本家である嫡流の家督を継ぐ場合は、基本的に嫡男のうち上の立場のものが養子になるようです。


 正室の四男以下で、兄たちが亡くなった訳ではないのに、家督を相続した人物は前田利家です。

前田家の家督を相続出来たのは、信長公のゴリ押しもありますが、そもそも前田兄弟が全員正室腹の息子たちだったということが、基本的にあったでしょうね。


 次に元嫡男の様子を見てます。


 尾張守護職斯波氏は鎌倉末期、足利宗家の嫡男として産まれましたが、父親が北条氏の継室を入れた為に、弟に家督を譲りました。しかし父も弟も早くに亡くなり、弟の幼い嫡男の後見を引き受けて、足利宗家を盛り立てた為、尊氏が室町幕府を開いた時、斯波氏は特別な立場を得ることができました。足利氏の傍流、庶流の中で、最後まで足利を名乗ることが許されていたのは、この斯波氏だったと言います。


元嫡男も次男同様、立場の維持には、嫡流への献身を求められますが、家督相続という点ではどうでしょう。


 徳川家康は、父親の広忠が実母の於大の方を離縁して、継室を娶っていますので、もし継室の戸田氏娘に男児が産まれていれば、三河の松平宗家の相続権はありませんでした。

更に広忠が亡くなった当時、側室腹の男児、家康の異母兄弟は岡崎城にいましたが、元嫡男の家康の方が松平宗家の相続権は上になりますので、家康は問題なく家督を相続しています。


 その於大の方は久松家に再嫁していますが、立場は継室でした。

於大の方が生んだ嫡男3人は、家康が今川から独立すると家康の誘いに乗り、久松家を捨てて松平を名乗ります。

久松家の跡を取ったのは、元正室の嫡男久松信俊でした。


 このように相続権を持つのは、嫡男、元嫡男、嫡男でなくとも正室腹の男児になります。

戦国当時は、家臣団の意向が強く働きますので、彼等が納得して従った、という背景があります。


 軍神上杉謙信は、そもそも守護職の息子ではなく、その家臣の守護代の息子の上に、母が側室だった為、有り得ない卑しい出自だと、由緒正しい生まれの武田信玄に罵られ続ける羽目になりました。

当時は敵対する相手の僅かな瑕疵を最大限に罵り上げ、自分の正当性を主張する文化が有りましたので、仕方がありませんが、気持ちは良く無かったでしょうね。


 今川義元は嫡男かそうでは無かったのか、現在も論争が続いています。

しかし、嫡男である兄氏輝と6歳しか歳が離れていないにも関わらず、兄の元服前に僧門に入れられていること、相続を巡って花倉の乱が起きていることを考えると、側室腹であり、父の正室寿桂尼の養子になったと考えた方が無難な気がします。

当時の今川家では、相続権を持つ嫡男がいなくなった為に、側室腹の男児にチャンスが巡ってきたのでしょう。


側室腹の息子が跡を取るのは、相続権がある息子たちが死ぬか、よほど問題がある時で、その時には家臣たちが、それぞれ対立候補を立てて争うことがありますので、大変そうです。

また当主になった後も、敵対勢力に罵られるポイントになるのも、理不尽な感じですね。


 道三の跡を継いだ斎藤義龍は、側室深芳野の子である、そして元主家一色氏の胤であると言われていますが、判然としません。

江戸期に創作された、道三が一代で油売りからのし上がったという話と共に、実父を手にかけたことを嫌って作られた逸話の可能性が指摘されています。

一色氏の息子であるかに関しては、当時、義龍自身が道三が実父であることを認めていること、更に斎藤家の家臣のほとんどが義龍についていることも考えると、普通に彼は道三の嫡男だったのではないかと考えられています。


岩倉織田家と同じく、隠居しても実権を握ろうとする父親と意見が合わず、相続権争いが再発し、斎藤義龍は天道思想もあって、実父を手にかけたことを気にして身を慎んでいた側面が、江戸期の創作へ繋がっていったのかも知れません。

父親と争うことは、浅井長政、武田信玄、織田信賢など多くの事例を見ることができます。

しかし、当時の刑罰と同じく、死穢と怨念を恐れて追放や禁錮することが多く、特に弟を手にかけることはあっても、実父を弑逆する例はあまり見ません。迷信深い当時、相当の葛藤があったでしょうね。


 信長公の祖父信貞が初代になる犬山織田氏に関して、二代目は信秀の弟の信康だったという説がありますが、彼は側室腹の息子であり相続権はありません。

実際のところ信貞の跡をとったのは、信秀の元正室の次男信時だったはずです。

おそらく「信時は信康の養子になった」というのは、信康が信時の後見になったことが間違って伝わったのかと思われます。



 面白いことに、三英傑と言われる信長、秀吉、家康の息子にいわゆる嫡男はいません。


家康には信康がいましたが、浅井長政と同じように、偏諱を返した時点で、今川家に手切れの一礼をいれて、築山殿とは離縁しているはずですから、信康は元嫡男になります。

どちらにせよ、早くに亡くなられていますしね。


 また秀吉は、図らずしもという感じもあるでしょうが、弟の秀長との兼ね合いのところに(「戦国男色考、その時歴史は動いた」参照)、彼の在り方が感じられ、謎になっている部分を考える手助けになります。


この次代の後継者については、3人の人生や考え方が出ている部分で、非常に興味深く、またご紹介出来るとよいなと思っています。


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