戦国期のおもてなし、振舞

 戦国期の史料を見ていると、頻繁に出てくるワードに「振舞」と言うものがあります。


「振舞」は人を招いて宴を設けるイベント、またそれを行うことを言います。


1、身分が下の者が上の者に対して行う饗応

2、身分が上の者が下の者に対して行う饗応

3、客人を招いて行う饗応

4、同僚、友人同士で行う饗応


大雑把ですが、このように分けてみます。


1のうち、武家に於いて最も格式が高いのは、将軍格の人を招いて、家臣や関係する寺社が宴を張る「御成」と呼ばれるものです。よく時代劇で見る「お、なぁりぃ〜」ですね。

御成には二種あり、正式な訪問である「式正しきしょうの御成」、うちうちで訪問する「常の御成」があり、式正の御成の様子を記録したものが「御成記」と呼ばれ、室町後期、戦国時代の少し前くらいから編まれて、現在に伝わっています。


将軍をお招きしたといっても、将軍が一人で歩いて来るわけではありませんよね。威勢を放つべく、ゾロゾロとお供を引き連れて来られます。そりゃ室町後期となれば、基盤は緩みがちですが、時の権力者の正式な訪問です。

そうなると近習から小者まで、沢山ついて来られます。沢山おられるからと言って、帰ってもらったり、放置しておくわけにもいきません。

そういう人達にも、身分に応じてお膳を出しますから、掛かった費用は現在のお金で一千万ほどと言われています。そのほかに門などを新調したり、食器や着物も新調したでしょうから、実際はもっとかかったのではないかと思います。


御成はまず主殿においての、献杯儀式から始まります。これは主従関係を確かめ合うもので、最も正式なものは「式三献」と呼ばれ、様々な流儀がありました。

それから場を会所に移しての饗宴になります。おおよそ正式だとされている饗宴では、全部で十七献(つまり十七膳)出され、その度に引出物(礼物)を来てくれた将軍にお渡しし、四献目に能を始め、十三献目に「きてくれてありがとう」とお迎えするお屋敷の人が、挨拶をされたようです。

大変そうですね。


残念なことに信長公の「御成記」はありませんが、秀吉のものは残っていますので、戦国期に至って御成自体がなくなったわけではなさそうです。


武家の棟梁は御成ですが、帝は「行幸」して「出御」で、いった先の城は「聚楽第」のように「第」になりますね。格が変わるとかすごいですね。



2と3は、信長公がよくなされていたものです。

やはり主殿で献杯儀式があり、その後会所に移って饗応が繰り広げられます。

かなり儀式ばったものを信長公が簡略化され、その分趣向に凝らしたものになったと、ロドリゲスが書き記しています。

饗応には能や入浴、茶、連歌など様々な催しがあります。


3の客人を招いての饗宴には、大名や有力な武将が、高名な僧侶や公卿や連歌師などを招いて行うものが有名で、これはあちこちの日記や記録に残っていますね。

公卿たちが交流を兼ねて、蹴鞠や和歌を伝授する文化的なものだけではなく、武術に長けた人が、大名に招かれて行われることもありました。

彼らは家臣の城や屋敷をまわって、武将たちや子息に教えることもあり、その折にも振舞を受けました。


それ以外にも、通りかかった旅の人を「何やらよしある方とお見受けする」と呼び止め、大名から庶民まで、自分の城や屋敷や家に呼び込み、あるいは路上で「一盞いっせんの儀を進ぜる」などというシーンが見受けられます。


天沢和尚が武田領の関で関守に呼び止められて、信玄公の前に引き出されたのはこのパターンですね。


『中務大輔家久公御上洛日記』という、島津家の四男坊の家久が、天正三年に上洛し綴った旅日記があります。

家久は30人ばかり*の家臣を引き連れて巡礼姿で旅をしていた時、所々で「順礼じゅんれい いずれも食べよかし」と、一行を見かけた僧侶や武将たちに食べ物やお茶を出され、腰を下ろすと酒を勧められています。

*(私が見た箇所は「卅」でしたので30としましたが、百とされている方もいます)


ある日のこと、接待を受けている時に、つい酒を五杯立て続けに煽ると「なかなかのもの」と気に入られて、その日は宴会が開かれたと、なかなか楽しげな道中が書かれています。


身をやつしてはいますが、島津家の御曹司の家久に、由有り気なオーラがあったのかもしれませんね。


このような酒を振舞う時には、一緒に食べられるものが出されます。

奈良の多聞山城を訪れた折には、主郭の屋敷の部屋から部屋へと見て回った挙句に、「大和の名所が眼下に見える!」とはしゃいで、さらにはどこかの(はっきりとわからない)二階に行くと、当時の城代である「山かた対馬守」(山岡対馬守)が待機しており、酒と共に盆に盛った山桃を自ら持って勧めています。

下戸な私はヤマモモと日本酒かぁという感じがしますが、どうなんでしょうか。


しかし「由ある人」が敵のスパイとか、アサシンとかだったら、どうするつもりなんでしょうか。

多聞山城のくだりでは、そのヤマモモと酒を勧められた家久は「どうせ巡礼姿で誰かはわからないだろうから」と酒を飲まず、ヤマモモをモジモジもてあそんだと書かれています。

これ、すごくありませんか?

誰だか分からない巡礼30人が、天下の信長公の持ち城の主郭に入ってきて、うろうろ見学をしているわけですよ?

あるいは100人ですから、相当問題になる気が……


今私たちが見ている「巡礼装束」というのは、江戸期に確立したもので、安土桃山期の巡礼は一定の様式はありましたが、かなりまちまちで持ち物も様々でした。

例えば巡礼は、笈摺おいずりと呼ばれる袖のない上着を着ますが、まだ色や模様が定まっておらず、背中に巡礼と出身地を書いた白布を縫い付けている程度で、そんなに形式張っていなかったのです。

ですから杖も、大内氏の巡礼の禁制を見ると「長具足、弓、うつほの事」と書かれてあり、「槍、薙刀、長巻、鎖鎌、空穂の事」と、そういう武器を杖代わりにしていたので禁制が出たわけで、そうなると密かに刀とかも持っていそうな気もします。

空穂は腰に巻いて使う、弓矢の収納具で、毛皮を「稲穂」のような形に装飾したもので、稲穂というより巨大な化粧筆みたいに見えます。

そもそもなんでこんなものを携帯してるんだという感じすら受けます。


とりあえず室町から安土期の巡礼の武家の帯刀に関する記述が見当たらなくて……世間にないっていうのではなくて、手元の資料にありませんので、ごめんなさい。

だもんで持ってたかもね?という可能性を残して話は進んでいきます。


それで、ですね。

戦国期の大名の守りに固い城の主郭に、そういう危ない巡礼がワラワラ、ウロウロしているものなのか。ちょっと想像してほしいなぁと思います。


巡礼の皆様は、観光し放題なのか?


もしこの多聞山城が特殊であれば、その旨書いてあると思うんです。

「さすが天下は信長公のものだ。最早ゆるゆるよ」とか。


私は「出入りは厳しく」「ここから先は許可を得たものしか」「この門より内は立ち入り禁止だった」みたいなのしか読んだことなくて、当時のことをリアルタイムで書いてる、家久君の旅日記のここの箇所を読んで、本当に、ほんと〜にびっくりしました。

本能寺の変の時のことを、「信長の油断」「傲慢さ」とか言ってる場合ではないかもしれません。私たちが知らない世界が、まだまだありそうです。


あるいはトイレみたいなもんで、主人がいる時だけ、要注意なんでしょうか?

今後、気をつけて見ていきたいと思います。(とりあえず共有したくって)


しかし……城郭に堀だとか、城郭内の道のクランクとか必死で作るわりには、何処かゆるゆるな気がします。

話が振舞から逸れまくっていますね。いつものことです。



4の気のおけない友人や同僚との交流は、非常に頻繁に行われていました。


徳川家康の家臣である『家忠日記』の松平家忠を見ていますと、一番多い時には週に5日から6日振舞があり、また1日のうちに朝食を呼ばれ、その後別の武将に風呂振舞に招かれて、振舞のハシゴをしている姿も見られます。


近隣の武将たちは、助け合うことが多く、また婚姻関係もあり、交流を目的としたもので、献杯の儀式なんてものはなく、和気藹々としたものだったでしょう。



 振舞の内容というのはその時々で様々ですが、基本的にメインの目的+宴会です。

風呂は「浴+宴会」のことで、それを行うことを「風呂振舞」と言います。

法要も「浴、施浴」+「法事」+「宴会」やら、「浴」+「連歌」+「法事」+「宴会」などから、「法事」+「宴会」に移行し、現在の法会に至っています。


茶は当初「浴」+「茶、闘茶」+宴会でしたが、風呂に入る「浴」がないものも見られるようになり、「茶」+「宴会」=「茶会」になり、現在は初釜などの時に見られると思います。


後、法要、祝言、戦勝祈願、そして戦後の祝い膳などは、「儀式としての振舞」として分けるべきかもしれませんね。


少し中だるみしつつも駆け足になりましたが、ざっくりとこんな感じです。












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