戦国大名のプライベートゾーン

 以前、戦国期の城の主郭の建物の話のところで、前の部分がハレ、後ろの部分がケにあたり、その部分が城主のプライベートゾーンであると書きました。


今回はそこのプライベートゾーンについて、すこし書かせて頂きます。

住居スペースだけに、皆さん熱心に改築されており、その城や時代によって、差がありますので、ほんの1例ということでお願いします。



 主殿、会所とうち並んだ主郭の北側に、土塀、後期には板塀が巡らされた「御裏方」と呼ばれる城主のプライベートゾーンがあります。

表からは渡殿(壁と屋根のついた廊下)で、常御殿に入ることができます。


渡殿の先にある常御殿は、会所と同じ書院造であったと言われています。

書院作りの屋敷は、床の間や作り付けの棚や机のある主人の「書斎」を主室にした様式ですが、そこから一段低い広間を作ることで、殿を上座に置いた「御座所」として使用するようになりました。間の襖を開けると、高低差のある広間が連続しています。

最初は大きな1つの部屋でしたが、段々「付け書院」と呼ばれる、部屋の一部のスペースを高くし、その後ろに床の間や棚などを付ける形式になって行きました。

その主人の間である「御座所」は家臣や家族が侍る広間の、東か西の端に有ります。

そして廊下側には広縁があり、その向こう広縁、ぬれ縁の外、方角は南側には庭があります。


「対面所」では、必ず「天子南面」の思想を受けて、北側に殿の座る場所、御座所を作られますが、書院造りの御座所では、東か西を背にして、家臣や訪問者と相対することになります。


書院造りでは、舞良戸・杉戸・襖・明かり障子などの建具によって間仕切りが発達し、また天井も板が張られ、彩色されるようになっています。


繰り返しになりますが、庭に向けてある濡れ縁側の内側には庇のついた広縁があります。

この広縁、縁側の作りは、平安時代からの屋敷の作りを引き継いだ形ですね。

平安時代にはこの広縁が使用人達の局、部屋になっていたそうですが、この頃には住居ではなくなって、やや狭くなっています。

その広縁には、一定の間隔で大きな引き違い戸をつけて、安全性を高めていたようです。

柱も寝殿造の主殿とは違い、面取りをした角柱が使われています。


その引き違い戸は往々にして杉戸で、大大名になればそこにお気に入りの絵師に、壮麗な絵を描かせていたようです。

また、丈夫な跳ね上げる形の蔀戸のような板戸(安土桃山時代からは雨戸)、内側には障子は有りましたが、初期には紙ではなく薄い絹の布が貼られていたと言います。

下半分は板、上半分が絹布の貼られ障子が最初の形態だったようです。

そこから徐々に、薄い紙が貼られるようになり、現在の見慣れた障子になっていきます。

書院にはお洒落な飾り窓もついていますね。

また、伏見桃山時代に作られた屋敷であれば、時として、雨戸が障子の所についている形式で更には、引き戸ではなく、屏風のような蝶番で折り畳め、装飾的な模様で飾られた華やかなものもあります。

実用というよりも、装飾的な感じがします。


さて、渡殿から最初に入ったこの座敷は、床の間のある部屋を中心とした広間であり、華麗な絵の描かれた襖で区切る、広間がいくつか組み合わされている形になっていました。


その広間の東側には、台盤所、或いは御膳所と呼ばれる、外にある台所で作られた料理を暖め直したり、配膳の準備をするための広い部屋がありました。

壁には戸棚があり、食器や折敷が仕舞われていたようです。

板敷きの床の中央には大きな長方形の囲炉裏穴が切られ、二つから四つほど五徳が置いてありました。

囲炉裏の上には換気扇のような役目をした「煙出し」と呼ばれる煙を外に出すための、穴が作られています。

公開された名古屋城の御膳所では天井に長方体のくぼみを作り、その横の面に柵のように穴を開け、雨などが入らないような工夫がされていました。


またそれよりも古い、西国の城の復元図では囲炉裏の方(下方)へ、長方形の大きな木箱のようなものが天井から降りてきており、煙を誘導する工夫がされています。


その台盤所から、一旦屋敷の外に出ると、そちらに奥用の台所があったようです。

これも作りが様々ですが、手前に土間があり、流しや竈が何口も置かれていました。

奥には板間があります。この板間は逆さの凹形になっている絵図もあります。

両サイドの足の部分は長く、そこにまな板を乗せた台が片方二つから四つずつ縦に並べてあり、包丁人と呼ばれる賄い方の武士がたすき掛けをして、野菜や魚を切っています。

その奥の板場の中央には、囲炉裏が切られており、五徳が幾つかあり、その上に鍋のような物が置かれて、包丁を握っている侍たちよりも、少々年配の責任者の侍が味付けをしています。


その武士の後ろには食器棚のような棚があり、鍋や釜などが置いてあるようです。


野菜などの食料は、ここではなく、常御殿の方に貯蔵庫がありました。

下男や下女たちが洗った野菜を笊に入れて運んでいます。

並びの主郭の一番の北側には、味噌蔵、塩蔵、薪炭蔵などの蔵が建っているようです。


さて、その常御殿の台盤所に戻ります。

台盤所からもう一度、常御殿の庭を見ながら、西側の渡殿へ戻り、常御殿を奥(北)に進みますと、渡殿、或いは透き殿(回廊のようなきちんとした壁のない渡り廊下)があります。

そこを渡りますと対屋たいのやと呼ばれる別軒がいくつか建っていて、こちらに大名の妻子が住んでいたとされています。

当然、美しい庭が設えてあります。


スペース的には台所と同じ常御殿の裏手の北側で、台所と反対の北西になります。


江戸時代とは違い、正室は当然、その殿の本城に居ますから、場合によっては、側室は二ノ丸、あるいは西の廓などに屋敷を建てて、そちらに居たかもしれませんね。


対屋にはそれぞれ、座敷と御次の間、三ノ間、それから三方を囲まれた御寝室があり、物置や厠も付いています。

時代が下ると湯殿もあったようです。


その対屋の東側、常御殿の建物の一番北側には片透き渡殿というのでしょうか、庭に向けて広縁があり、その反対側に部屋が並んでいる、高級侍女の御局があります。これが並列で2棟並んでいます。

城によっては、庭ではなく、お互い向かい合わせになった長局が二階建てになっていた場合もあります。

さて、庭を見ながらその縁側の廊下を、更に城の東(台所方面)に向かって進みますと、御半下と呼ばれる下級侍女の共同部屋や、御末とか下女のいる雑魚寝部屋があり、そこは小さな私用の台所につながっています。

火を落として、戸締りをした後、何かお方様やお子様方の御用で飲み物などをお出ししたのでしょうか?

それとも彼ら用のご飯をここでつくったのでしょうか。


そのあたりには倉庫のような部屋も多いようです。

灯台に継ぎ足す油を置いている部屋や、野菜などの食糧の置かれた部屋があります。


江戸時代に入ると奥と表がはっきり分かれていくのでしょうが、この頃はそこまではっきりと分かれていなかったのか、「御小姓部屋」というまだ屋敷を与えられていない、小姓たちの部屋もこの辺りに置かれているようです。

小姓衆の部屋のあるあたりまでいくと、近くには一周した形で台盤所があります。



さて、では、大名自身はどちらでお寛ぎになられていたのでしょうか。


主殿から常御殿に渡る手前に遠侍と呼ばれる、侍の詰所があり、廊下を隔てて、「御寝所」が置かれていました。

入口の遠侍では、夜であっても馬廻が不寝番として詰めています。


御寝所にはやはり、座敷とお次の間などがあり、座敷の前には庭があります。

庭は所謂池があったりする作りですが、当主の好みによって、枯山水だったりしたようです。

専用の厠があるのもここで、近くには湯殿がある場合もあります。



寝所は、塗籠や納戸と表記されている3方を壁に囲まれている専用の部屋です。

書院造りの大きな館城では、東を背とした御在所と、西を背にした御在所の連続する広間と広間の間に「納戸」と書かれた場所があります。

そこが高貴な皆さんの寝所の作りでした。


当主の寝室は戦国当時ですから、三方が壁とか言ってもいざという時の脱出経路はあったのではないかと思われます。

大名でも、まだ四角い敷布団も掛け布団もありません。その代わりに一、二枚畳をならべたり、重ねたりという時代を経て、経済的に豊かな大名たちは、寝室自体に畳を敷きつめた現代の和室になってきています。

言ってみれば、もう敷布団を部屋中に敷き詰めた感覚で、寝放題って感じだったのかもしれませんね。


冬場には、その上に上筵うわむしろと呼ばれる薄い綿を詰めた敷布を敷き、その上に絹のしとねを敷いたという話もあります。


夏場はい草の褥を敷いたかもしれませんね。


畳の作りは、藁とこを使用した現在の畳に近いものであったようです。


また、それ以外の部屋でも、畳は普及しつつあり、経済力がある大名の私室などでは、中央だけ空けて、四方に畳を置いた敷き方をしてみたりしています。

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