戦へ参る② 並んで進むで御座る

 本隊が出発するよりも先に、先発隊が戦さ場、本陣を敷く場所、殿の休憩所、首級改をする場所などを決めて、陣取りをしています。


かの桶狭間合戦においても、今川方の瀬名源五郎氏俊が二百名を率いて、味方の城の最前線基地になる沓掛城をでた後の本陣設営のために先発し、桶狭間のある丘陵地帯の入口付近の神社で戦勝祈願をしています。


さて、本隊は城を出ると、粛々と殿の旗を先頭に、先発隊が陣取りした場所へ向かいます。


 まず先頭を行くのが先導役です。

これに所によって詳しい人が加わります。


例えば、川を渡る場合は、当時は敵軍の来襲を警戒して、橋はかけませんから、浅瀬の場所や流れをよく知った人が先導します。


それから徒歩の旗持ちが旗を推し立てて進みます。旗を持つ人は『旗指はださし』と呼ばれます。


信長公であれば、まず『陣旗』或いは『役旗いくさばた』と呼ばれる本陣に立てておく織田木瓜の家紋旗が進み(初期)、黄絹に永楽銭はね題目の招きなどの信長公の旗印が続きます。


それから金の傘の大馬印(晩年)が行きます。

大馬印が巨大な場合は3人で持ちます。


これらの高さは短いもので2m、長いもので10mほどありました。(詳しくは旗シリーズをお読みください)


これを見れば、織田弾正忠家の軍勢であることが一目で分かります。


一団の旗の後ろを責任者である『旗奉行』が進みます。(他の奉行同様、大将のいる備の列にいるという話もあります)

家によって『旗大将』『のぼり奉行』とも言います。

旗奉行のお仕事は、非戦闘員なのですが、総大将の旗を守るという大変名誉ある仕事です。

風が強い日で大将の旗やら馬印が倒れる!という事態になれば、さあ大変です。

腹を切ってお詫びすることにもなりかねません。

大将の旗を任せられるというのは、大変名誉な事ですが、験担ぎの極まっている戦国期の戦では、色々心労の絶えない、安心できないお仕事です。


この旗奉行は騎馬ですから、この旗奉行の周りには、まず奉行の得物(槍や弓)をもった足軽兵(奉行クラスですと足軽ですが、身分が下になると小者が持ちます)。馬の横には小者の口取り(大将は足軽組頭相当の兵)。

奉行の馬の傍には奉行の小姓や馬廻の従者。

後ろには荷物持ちの小者が二人以上(一人は鎧を入れる箱、鎧櫃)ほどが粛々と進みます。

従者の数は家格によって増えます。

更に、奉行クラスの人は大身なので、自分の馬印と旗印を持った小者達が馬の前を歩いています。


その後ろに替え馬が一疋いちひき以上、その口取りが進みます。

戦国期の馬の数え方は一頭いっとうではなくて、一疋、二疋です。

ちょっと気取って、ここではそう呼びたいと思います。


奉行の背中には本人の背指物、「自身指物」がついています。

背指物の種類は色々です。

旗奉行の従者たちは、旗奉行の旗印を背負っています。

鎧の背中には、受ける筒と留め具が付いていてそこに指します。

これを見て、「あ〜あの旗はなんとかだな。となると旗奉行はだれそれだなぁ」と分かります。


奉行たちの後を、旗隊の荷物を運ぶ『旗荷駄隊(衆)』が荷物を背負って歩いています。


隊の後に(衆)を付けてますが、元々は隊ではなくて、衆を使っていました。

小説を書かれる時に、弓衆、足軽鉄砲衆と記すと本格的に見えます。

隊と書いてある読み物が増えているので、ちょっと合わせてみました。

どっちでもいいですね。

それから、役職を現代で小説などで呼ばれる名称を前に、後ろの()に当時の呼び方を書きます。

読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いいたします。



ここからは、江戸時代の大名行列とは違い、実戦部隊の移動ですので、戦場で取る陣形によって順番が違いました。

また、数百人と何万人という規模では構成も変わってきます。


また大名家の規模が大きくなり、各武将が力を持って、尾張衆とか近江衆など土地の隊を率いるようになると、各武将が独自の編成で行軍することも有ります。



戦闘時に於ける役職は

大将から命を受けて軍を動かす『軍奉行いくさぶぎょう』の下に、それぞれの備を動かすリーダーの『侍大将(旗頭はだかしら)』がいます。これは命令系統の組織です。


これらは宿老クラスの重臣がなります。


彼らは大身ですから、背中には自身指物を背負い、小馬印を馬の横に置き、自らのいる備には殿の幟旗と共に、自身の幟旗を立てることが許されています。


彼らは、決められた鉦や太鼓で前進後退、或いは使番が走りこんだりして、陣が動きます。


これを見守っているのが

軍監いくさめつけ』です。

賞罰を決定する役目です。

大将の信用のある気の利いた、老臣の宿老や小姓、上級の馬廻が選ばれます。


それから各部門の奉行がいます。


戦場では『備』で行動しますから、各備に各部門の『大将(組頭くみかしら)』がいます。呼び方や編成は家や時と場合によるので、おおよそで。


『大将(組頭)』の下には『小頭こかしら』がいます。

規模によって、小頭や組頭の人数は変わります。

小頭の下にはヒラの兵士がいます。


足軽もいます。

足軽の一番上は『足軽大将(足軽大頭あしがるおおかしら)』です。

足軽の命令系統は『戦奉行』→各備の『侍大将(旗頭)』→その下の『足軽大将(大頭)』→『足軽小頭』になります。


足軽大将は、士分で身分的に中級武士です。

役職では馬廻で、馬廻の中では小身の者がなりました。

足軽大将は、小身なので自身の馬印などは立てることは許されていません。


私たちが「足軽」と聞けば、士分ではない兵だと思います。

しかし、士分の歩兵も「あし軽」という言い方をしている場合もあり、また彼らを率いている場合、騎兵までそう括られて書かれている例があり、読んでいる方はは突然の降格に驚きます……

当時の軍記を読む時には、注意したいですね。



さて、1度確認をします。


各備えに『侍大将(旗頭)』[騎馬]がリーダーとしています。


侍大将(旗頭)の下には士分の

『弓大将(弓組頭)』『鉄砲大将(鉄放組頭)』『長柄大将(長柄組頭)』『持槍大将(持槍組頭)』[大将は騎馬](鉄砲以外は歩兵と騎馬兵がいる)

足軽大将(足軽大頭)[騎馬]

『足軽弓組頭』『足軽鉄砲組頭』『足軽長柄組頭』[歩兵]


それぞれの組の中に班長のような『小頭』が居て、平均して30人くらいの兵を束ねていたと言われていますが、これも大名の動員数によるので、一概には言えません。


これらが陣形の備の形で行軍します。



ここで、ある備の鉄砲隊(衆)を見てみます。


彼らはその家の当主の直臣だけではなく、各武将たちから軍役で駆り出された歩兵も含まれます。

彼らが持っている武器も軍役の一部です。

ですから、大名の家臣の歩兵は一挺につき三百回撃てる弾薬などを用意して持ってきています【甲陽軍監】

彼らはその備の鉄砲大将(鉄砲大頭)に率いられています。備の先頭には旗頭の旗と主君の旗が行きます。そして、鉄砲隊(衆)の列の先頭には、その備の鉄砲大将(鉄砲大頭)の旗が、立てられています。

大将は先頭を進んでいることもありますが、列の最後を行くこともあります。

彼の周りには、彼の旗や小馬印を持った彼の小者や小姓、馬廻などの家臣が守っています。彼の替え馬も連れて行っています。

鉄砲隊(衆)の後ろには、鉄砲荷駄隊(衆)が付いています。荷駄の周りには、警戒している鉄砲大将の馬廻が付いています。


こうして各部隊が一団となり、旗頭の名前で括られて、移動していきます。


こうした隊列の中ほどに、大将のいる本陣の備が行きます。

まず大将の本陣の備の先を行くのが、大将の旗を押し立てた旗差です。

信長公ならば、黄絹の大きな幟旗、金の傘の大馬印が行きます。

それとは別に大将のそばには馬印と旗が立っています。

これで、ここの備が本陣であり、大将がいることが分かります。


本陣を護る足軽や歩兵、槍や鉄砲隊が行きます。

軍監や戦奉行を始め、各種部門の奉行たちはここにいるようです。彼らは大身なので周りを彼らのお供をしている小姓や馬廻の一部、彼ら自身の旗指物や馬印、また鎧櫃や得物を持った小者、替え馬などを連れています。


また軍奉行の近くには、鳴り物と呼ばれる、法螺貝、鉦、太鼓を持った小者たちも行きます。

僧侶や医師、祐筆などの御伽衆がいるのもここです。


さて、隊列の中央の本陣の、更に中央の大将を護って行くのが使番、あるいは母衣衆たちです。

役旗を立てて、一層勇ましい様子です。

彼らは大将の親衛隊で、身分は小姓衆と上級の馬廻です。彼らも家臣や小者を連れています。彼らは、彼らの殿である小姓や馬廻の自身旗を背負っています。

中程に馬印と旗が立ち、一際美々しいいでたちの大将が行きます。

大将の手足である小者や足軽組頭相当の従者が侍っています。


そういえば、この騎馬の皆様は、道中は兜を被られていません。

昔は鎧も脱がれていて、戦さ場が近くなると、ヨイショと着られたらしいです。

この鎧を預かるのが、非常な名誉職だったと言います。


戦国期はどうだったのでしょうか。


さてその兜は土岐家斎藤利綱の『家中竹馬記』(群書類従48)によると、左手を鉢の中に入れ、真向を上に向けて持つそうです。


この本陣の一団は、大将の替え馬が何疋もひかれ、大将の衣装や嗜好品、また、本陣を張るための用品の荷駄が付いています。この本陣の部隊の背後が後詰の備です。


後詰の後が騎馬兵に護られた荷駄隊(衆)になります。

彼らは、食糧や草鞋などを運んでいます。荷駄は足が遅い上に狙われやすいので、荷駄奉行は心が休まらない思いでしょうね。



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