武家の嫁入り 出立の風景

 長い間、戦国時代に近い時期の婚礼を記した、詳細な資料はないのかなと思っておりましたら、丁度『嫁入記』というものに出会いました。

これは室町幕府の政所執事を務めていた、伊勢貞陸(1463〜1521)が記したものです。

こちらを参考に、当時の輿入れを見ていきたいと思います。


 花嫁となる姫君が実家の城や屋敷を出るのは、夕刻となっていました。


 慈しんでくれた親兄弟や家臣たちに最後のお別れをする姫君は、小袖に打掛という姿だったそうです。

肌着は白練(白い絹織物の着物)で、小袖も白。肌着と小袖の間に着る着物は何色でも良いようです。そして小袖の上には、幸菱を浮き織りにした白綾の小袖を打ち掛けにした姿のようです。


また夏場には、表裏とも「まるすずし」と呼ばれる、生糸で織った平織の絹の着物になります。

練絹とは違い精錬されていませんので、生地は硬く張りがあり、紗のように薄いので(比較的)涼しいそうです。

これに打掛を腰に巻いて、裏に付いた短い紐で、付け帯の間に挟んで留め「腰巻」にします。

このどちらも色は白色です。

あ、この頃の帯は、ご存知のように江戸期とは違い、まだ紐だったり、すこしだけ幅広な平たくしっかりした布のようです。


これに夫婦愛敬の護符を納めた錦布の守袋を、組み紐で首から掛けて、胸のところへ来るように掛けて出来上がりだったそうです。


 さて挨拶を終えた姫は、白木の輿に乗り込みます。

江戸期になると塗り物の輿が用意されましたが、戦国期では白木の板輿が「白輿」と呼ばれて正式なものでした。


嫁入り道具や見送りお迎えの人数は、彼女の身分や嫁ぎ先の家格にもよります。


基本的に大名家であれば、乳母、乳姉妹、身の回りの世話をする上級女房、男性の近習(馬廻)、小者が付き従います。


ではまず、お道具類について見ていきましょう。


嫁入り道具の基本は

1、御貝桶

日本古来の遊び、貝合わせで使う蛤貝はまぐりが入っています。

当時の一年を表す360個の貝が、美しく松竹鶴亀の絵や金箔で彩色され、左右別々にして2つの亀甲型の箱に入れて収められています。

1つの貝の殻同士が、他のものでは合わないので、夫婦和合のおまじないグッズだったそうです。


2、御厨子黒棚みずしくろたな

御厨子黒棚というのは、厨子棚と黒棚という二つの棚です。

御厨子とは美しく装飾された三段の棚で、中段と下段に両開きの扉がついています。

黒棚は、三段から四段の棚です。

江戸時代になるとこれに書棚が加わり、三棚と呼ばれて、武家の娘の嫁入り道具の調度品になりますが、戦国時代では書棚を除く二棚でした。


以下のものは江戸時代の三棚になりますが、お揃いの美しい棚とわかりやすい説明がお勧めです。

『徳川美術館』「菊折枝蒔絵三棚飾り」

https://www.tokugawa-art-museum.jp/exhibits/planned/2017/0209/post-5/


こちらは朝倉義景が娘松姫の嫁入りに際して、用意した御厨子棚です。

『高岡市雲龍山勝興寺、文化財デジタルアーカイブ』

「木造漆塗金銀蒔絵 」

https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11F0/WJJS07U/1620295100/1620295100200010/mp000400


3、にな唐櫃からひつ

文字通り中国から渡来した、長方形の4〜6本の脚の付いた、箱状の入れ物です。経文などを入れることもあったようです。長方形といっても、大きさは様々で正方形に近いものもありました。

蓋もついており、施錠できるので、貴重品を入れたと言われています。

紐がついており、そこに棒を通して運べるようになったものを「担い唐櫃」と呼びます。

嫁入り道具の唐櫃は、殊の外美しく装飾されています。


担い唐櫃、こちらは祇園祭で巡行されたものですが、割とわかりやすいかなと思いました。

『NPO法人 京都観光文化を考える会・都草』「平成24年7月17日 祇園祭山鉾巡行」

http://www.miyakogusa.com/?news=nbs-7


この他、現在では神事、仏事で使われることがあります。


こちらは鎌倉時代に造られた唐櫃です。唐櫃自体の画像は多いので、簡単に探せると思います。

『倉敷市HP』「唐櫃」

https://www.city.kurashiki.okayama.jp/5459.htm


4、長櫃

元は長唐櫃と言いましたが、室町時代には脚が無くなり、和風の長櫃になりました。蓋はついており、棒を棒を通して運べるようになっています。

中には衣類や化粧道具、硯などの文房具などの手回品などを入れたそうです。


これは平安期の長櫃で、まだ脚がついています。

『コトバンク』「長櫃」

https://kotobank.jp/word/長櫃-588065


5、長持

印籠蓋のついた長方形の箱です。平均しておおよそ150センチ以上の長さがあり、幅や高さは60センチほどあったと言います。

「担い金具」が付き、そこに棒を通して二人以上の人足が運びました。

四隅には金具がついており、金属製の錠前などもついています。

衣類の他、夜具や調度を入れました。江戸期のものは車がついているものが多く見られます。


こちらは昭和のものですが、担い金具のところが分かりやすいかと選んでみました。長持は画像も多いので、もしよろしければ検索して見てください。

『 府中家具工業協同組合HP』「長持」


https://fuchukagu.org/news/column/%E7%AE%AA%E7%AC%A5%E3%83%9E%E3%83%A1%E7%9F%A5%E8%AD%98/


この 「府中家具工業協同組合HP」の方では、様々な和家具を掲載されておられ、大変参考になるかと思います。


6、御屏風筥ごびょうぶはこ

当時は屏風は間仕切の実用的な家具であり、輿入れに持っていく資産価値の高い美術品でもありました。

屏風は専用の桐の箱に入れられます。

蓋のついた箱もありますし、大きなものは観音開きの収納箱もあったと言います。


ネット上の御屏風筥を見つけることが出来ませんでした。


7、行器ほかい、外居

元は巫女や神人が村々を周り、通過儀式を行うために持ち歩いた箱でした。

室町、戦国期には政敵の首を入れる首桶、お菓子や食べ物を運ぶ美しい器、それから婚礼の時には相手への進物を入れる器になりました。

ちなみに江戸期になると、首を取ることが減ったせいか、首桶は全て漆塗りの行器になりました。

また道中の弁当を入れた説もありますが、そりゃお弁当はお持ちになられていたかもですが、「花嫁お道具」に道中の弁当を含むのはどうでしょうか。



 さて、これらの荷を運ぶ人足や、姫の乗られた輿を担ぐ「輿舁こしかき」は、十徳じっとくと呼ばれる羽織に似た袖付けの下に襞のある上衣を着て、四幅袴に白い帯を締めます。

『コトバンク』「十徳」

https://kotobank.jp/word/十徳-74182


また「家忠日記」や「甲陽軍鑑」によりますと、彼女に付き従う武家は、刀の鞘に熨斗と呼ばれる金箔を貼って慶事を表しています。


袴は「返し股立」を取っては、いけないそうです。

股立ももたちとは、走行の邪魔になる袴の前裾を上げることで、平安末期に直垂などの袴の膝上辺りに付いている菊綴辺りを摘んで歩いたり、それを帯に挟んだことに端を発しているようです。また馬に乗る時も、袴のそばを取り前腰に挟んだと書いてあります。


この「そばをとる」の表現のため、学者さんの解釈によっては横腰とされていますが、当時の文献では前腰に挟むと書いてありますし、おそらく袴の側(横)を取って前に挟んで、前裾をあげた姿ではないかと思われます。


股立の中で「返し股立」と呼ばれるのは、大きく袴裾を持ち上げ折り返して、膝を見せるものです。

これが輿入れの道中で禁忌なのは、「返す」という言葉によると考えられます。

ですから婚礼では、小股立と呼ばれる取り方をしたようです。

小股立は、袴の横を浅く取り、帯に挟んだ形です。

返し股立は膝を見せる長さ、小股立は膝を見せない長さになります。

この辺りから、正式な時には膝を見せないという感じが出てきたという説もあります。


現代では鹿島神伝直心影流(山田次郎吉著)による、小股立の取り方が広く流布されていますが、山田氏は昭和初期の方で、江戸期を経ていますので、室町末期とはまた違っている可能性が高いので、ご注意いただければと思います。



姫を送り出す実家では、篝火が門前に焚かれ、姫の門出を祝しています。

この篝火には、松を使用したという説もあれば、「待つ」という語感から花婿の家側の話であるという解釈もあります。家によって違うのかもしれません。


城持ちの武将の姫であれば、主郭の門に篝火が焚かれて、道々には家臣たちが並んで姫を見送ったでしょう。


粛々と威勢を張って家の為に輿入れする姫の婚礼の行列は、家臣団や城郭内に住む人々の思いを乗せて、うす闇の中へ消えていきます。


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