第73話 トクトア、自白する!?
二人は、自分はその場にいないにもかかわらず、まるで見て来たかの様に語るトクトアの才に驚きを隠せなかった。
(最初っから、こいつに探させた方が早いのでは?)
これが二人の正直な感想だった。
ところが、〈謎かけ文〉を見たトクトアは首を傾げている。
二人はちょっと自信を取り戻した。
「最初の謎かけで、玉璽は殿下の水槽にあると分かったんじゃ。ところがじゃ、みんなで水槽を覗いたら、また新たな〈謎かけ文〉が見つかっただけでな…… お主!お婆はしょうもないことしいの性悪じゃぞ!!ったく!」
「……そうだったのですね。私の為にここまでご尽力下さったことを、誠にかたじけなく思っております」
トクトアは二人に深々と頭を下げて感謝した。
テムル・ブカとオルク・テムルは今の言葉に励まされたが、同時に、こっちをおちょくっているかのような命婦の悪戯にも腹を立てた。
なんとしても玉璽を見つけてやる、と。
「何を言うのじゃ、当然ではないか!で、脱出計画はどうするのじゃ?少しずつ進めていったらどうじゃ?」
「言ってもらえれば力になろうぞ」
「……では座長に、あの場所の草刈りをお願いする、と一言お伝え願えますか?」
「草刈り?あっ、なるほど下ごしらえか!よーし分かった。残るは城門だけじゃな」
三人は考えたが、結局良い考えが浮かばなかった。
「三人よれば文殊の知恵、というが、こればっかりは無理ですな……」
オルク・テムルは、二人の顔を交互に眺めた。
「しかし用意はしとくべきじゃ。そうじゃ、トクトア!母后様と皇太子と女官長が順番に面会に来る!それから牢内を、もう少し華やかにしてやろう!うん?どうしたんじゃ?」
トクトアは、地下牢の暗闇を眺めながら答えた。
「気になることが……東方三王家筆頭オッチギン家の遼王と諸侯達の動きを見た方が良いかも知れません……」
「……遼王トクトアか。親父のナヤンはカイドゥとも通じ、祖父様相手に反乱を起こして成敗されたが、三王家は大ハーンの温情により取り潰されなかった。三王家は当主の首だけすげ替えられただけで済んだのじゃ。なにせチンギス・ハーンの愛弟達の子孫じゃし、遼王の曾祖父おとぼけタガチャルは親友。〈勝手にやるぞ!
「まさか……玉璽がない騒動を利用し、ダウ丞相を抑えると?この斉王オルク・テムルも、同じくチンギス・ハーンの弟ジョチ・カサルの子孫!もともと三王家は、大ハーンを支える為にあるのです!先の内乱で、我が家も学びました。ですが遼王は、しばしば問題を引き起こしています……五年前、親族を平気で殺しその財産を奪うという事件を起こしましたが、それでもイェスン陛下はお
「確かに……遼王は侮れん。大ハーンに気を遣わせる奴だからな、せいぜいこっちも気をつけるかの。で、トクトアよ、他にも何か欲しい物はないかの?あるだろ?ええ?」
テムル・ブカの顔が近い。
檻に挟まれて抜けなくなりはしないか、とこっちが心配するくらいに。
「……では
「お主に妹なんていたかな?弟のエセンは知っとるが……はて?まあ、妹もおったんかの。よし、部屋から持って来てやろう」
*∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*
テムル・ブカは簪をトクトアに手渡すと、その足で真っすぐ座長のいる宿に向かった。
座長はテムル・ブカの来訪を喜んだ。
「承知致しました!草刈りなら近隣の村に頼みます。若様にいただいた金子もございますから!」
「ホイサッサ村じゃな!ワシもよう行っておった…… 近いうち、必ず訪ねるから、と村長に伝えてくれ。それから家人に手伝わすゆえ、アレも持って行くが良い。村長に預ければ慌てることもないからの。多分、村長は腰を抜かすであろうがな。フフフ、胸が踊るわい!」
*∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*
相棒のオルク・テムルの方は、皇太子と
〈謎かけ文〉にある、蠍と踊る――とは?
ひとりの老女の掌の上で、皆が踊らされていた。
「よ~いしょ!フハハハ、こんなのちょろいわ!」
流石はダウ丞相、重い石もなんのその。
軽々とポイ投げている。
それを見たオルク・テムルは呆れ顔で言った。
「丞相、お婆は年寄りぞ!そんな石を動かすとお思いか?」
「ああ……そうでしたな!いや全く、ハハハ。どうかしておりました!」
「きっと飼ってた蠍を逃がしたのは、お婆だったんだ……せっかく懐いてたのに~」
懐いていた――!?
皇太子が悔しげに呟いているのを聞いた大人達に衝撃が走った。
その美しい容姿に、似つかわしくない醜い生物を飼っていたという事実。
「うん?何ですかなオルク様?」
「……今、何か動いたと思わぬか?」
皇太子の近くの庭石が動く。
シュー……シュー……ガササササササ……
突然、その庭石が、皇太子に向かって突進した。
石などではなかった。
体長が1mくらいの
「ギャァァー!!ででででで殿下ぁ~!!」
「わわわ、鰐だぁぁー!!」
大人達、大パニック。
ところが皇太子は両手を広げて鰐とハグ。
「大丈夫だよ!
皇太子は鰐の口に手を入れたり、背中を撫でたりしていた。
「ぎぇぇぇぇー!いったい、いつの間にこの宮殿に!?」
流石の丞相も腰を抜かしている。
「三年前にね、とかげの赤ちゃんだから、ってお婆に貰ったんだ!」
インドガビアル。
全長が4 ~6mになるという。
口は細長いのが特徴。流れの速い、深く澄んだ川に生息する。
インド、ネパール、ビルマ、タイなどに分布。主食は主に川魚。性格は大人しい?
「お婆ぁぁ――っ!!このぉぉぉ~!!!」
丞相の叫び声は上都中に響いた。
「……あ、
オルク・テムルは紙切れを拾った。
〈伝説の悲しき五つの龍、遊び疲れて巣に戻る〉
「うん?何か……聞こえたような?」
トクトアは女官長スレンと檻越しに話した。
「きっと気のせいですわ。トクトア様……」
女官長の手が伸ばされ、トクトアの頬を撫でた。
「女官長、お願いがございます。私の背格好に似せた人形をこしらえて頂きたいのです」
「ええ、承知しました。でもいったい何に利用されるのですか?」
トクトアは愛しそうにスレンの手を取り口づけした。
「……フフフ、私の身代わりだと思っていただけると嬉しいですね。私がいなくなれば……寂しいと思って下さいますか?」
「まあ、そのようなご冗談を。そんな……まさか……」
この時、女官長の胸に何か言い知れぬ不安と恐れが押し寄せた。
嫌な予感は的中した。
玉璽が見つからない。
業を煮やした諸侯たちは怒って、丞相に責任を取るように迫った。
彼らは丞相にトクトア処刑するように命じた。トクトアが盗んだという証拠はないが、そんなことはどうでも良かった。
この上都に、大都派のバヤンの甥であるトクトアがいる。それで充分だ。
さらに悪いことが重なる。
漢人の女を囲っている諸侯がおり、その女がうっかり寝言でトクトアの名前を言ったことから大騒ぎになった。
無論、諸侯の愛人になんて手を出していない。しかし、それがますます彼を悪い立場に追いやった。
「丞相!!逆賊には速やかなる死を!!同族でありながら、逆賊に成り下がったトクトアを、我らが許すとでもお思いか?しかも宮殿内で淫蕩三昧。それでも飽き足らず、今度は街でも放埒の限りを尽くしているとか!そのような破廉恥極まる変態色魔には重い罪を!って、なんでアイツばっかりいい思いをしてるのだ?不公平だぞ!!我々の誇りをズッタズタにした憎っくき元凶は、草原の掟に従い、何度処刑しても飽き足らぬわ!」
そして怒りの矛先は罪のない者にも及んだ。
諸侯達の中には女官達を怪しむ者もおり、女官長が槍玉にあげられた。
捕吏達に縄を打たれ女官長は、諸侯達の前に突き出された。
「あたくしが玉璽を?馬鹿馬鹿しい!罪なき者を陥れるなど、それでもあなた方は誇り高き蒼き狼の末裔ですか?いいでしょう!それほどまでに生け贄が欲しいというのなら、あたくしの命を差し上げますわ!」
女官長はトクトアの為に死ぬ覚悟を決めた。
この馬鹿な王族諸侯らは、ただ血が見たいだけなのだ。それなら出来るだけ苦痛に満ちた声を張り上げながら死んでやる、と。
女官長スレンが捕縛されたことを守衛達から聞かされたトクトアは、これは自白を促すための罠だと考えたが、もう黙っていられなかった。
「…………私が、盗みました……」
言いたくなかった言葉が口から漏れた。
トクトアは悔しさを滲ませた表情でもう一度、のどから絞り出すかのように答えた。
「……玉璽を盗ったのは……この私です!」
トクトアは自白してしまったことで、上都宮城は騒然となった。
当然、さまざまな憶測が飛び交い、彼を非難する者も出始めた。
彼は捕吏から拷問を受けることが決まる。
屈辱だが、板に縛り付けられた状態で笞で打たれるとか。
これを聞いたテムル・ブカとオルク・テムルらは、直ぐ様拷問の中止を訴えたが、これを不満に思っていた遼王に、お二人も逆賊ではないのか?、謗りを受けたオルク・テムルが遂にブチギレた。
グーパンチで遼王に殴りかかろうとするところを、テムル・ブカに羽交い締めにされ、その場を離れたから事なきを得た。
「おのれ許さんっ!テムル・ブカ様、離して下され~!」
「殿中でござる~!あっ違った。
テムル・ブカは、ゴニョゴニョとオルク・テムルに耳打ちした。
「え?金を渡して手加減させてると!?」
思いのほか大きな声だった。
慌てたテムル・ブカは、オルク・テムルの口を手でふさぎもって、キョロキョロ周辺を見渡した。
「こら、静かにせんかい。当然じゃぞお主、今時真面目にぶたれる奴がいると思うか?地獄の沙汰も金次第ってのを、ちゃんと覚えといた方がいいぞ。えらい音がするわりに、ちっとも痛くないんじゃから安心しろ。いいか?とにかく、今の内に早く玉璽を探すんじゃ!」
眠眠の歴史のおさらい(=^ェ^=)
こんにちはニャン。
カイドゥの乱とナヤン、カダアンの乱について。
〈カイドゥの乱〉
モンゴル帝国二代目皇帝オゴデイ・ハーンの孫のカイドゥがフビライに反発して挙兵。幻の?カイドゥ・ウルスを建国。1269年~1305年。まだ大元になる前から始まって、フビライが1294年に逝去後も続く。
反乱の理由は、「ヘン、草原の掟は守らねぇと駄目なんだぜ。勝手に総選挙!?俺は認めねぇ!みんなで決めた奴が王になるもんだ!フビライ、俺は絶対あんたを倒す!!漢文化だと?笑わせるな!俺達は誇り高き蒼き狼の子孫だ!!」と、いうことらしい。多分。
〈ナヤン、カダアンの乱〉
フビライの晩年に起こった大事件であり、嫡子たちに先立たれたフビライ自らが老齢を押して戦象に乗って出陣し反乱を鎮めた。
1286年~1292年にかけて大元に対して東方三王家(オッチギン家、カサル家、カチウン家)が引き起こした反乱である。反乱の首謀者ナヤン・オッチギンが挙兵するが直ぐに捕まり、その後は処刑。そしてカダアンはその後高麗方面に逃れ、大暴れしまくって作物をめちゃくちゃにするくらい大迷惑をかけるが、最後には討伐された。
反乱の理由が、「フビライさんよ、あんたは変わっちまった……あの頃、じっちゃんが自慢してたあんたはもうどこにもいない」と、いうことらしい。多分。
因みに、フビライはもぐら叩きをするかの様にそれらと戦いながら大元ウルスを作り、大都の街作りをしながら金集めに勤しみ、戦をしながらまた金集めをしながら、南宋攻撃や日本遠征と南方遠征を同時に行っていたんだニャ。き、器用で凄いニャ……
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