第70話 いたずらっ子
これは、玉璽が政務室からなくなった直ぐあとの話……
名探偵テムル・ブカとワトソン?ことオルク・テムルが、諸侯達の部屋を捜査している時のこと。
さあ玉璽のその後を見ましょう。
「
皇太子はお昼寝の時間中も、賢くて可愛い小猿の
「キキー!ウッキッキ~!!」
「何だ~屋根の上にいたのか。途中からいなくなったから心配したよ。あれ?何を持ってるの?それは……」
「これは!?――玉璽だ!!間違いない!五匹の龍が彫ってあるもの。何で
そこには皇太子手製の野菜のスタンプセットがいっぱい置いていた。
「ウッキッキ~ウッキ~!」
「そうか!これを押して遊びたかったんだな?お前って頭がいいな!!わかったよ、ちょっとだけだぞ!直ぐに返さないと大変だからな!でも何の石で出来てるんだろう?
皇太子は可愛く、うんしょ、と言いながら玉璽を朱に押し付け、そっと紙の上に置いた。
「わ~い綺麗に押せた!大成功だ!えーと、
やれやれ。皇太子も相当ないたずらっ子だ。
「次は何を押して遊ぼうかな。蓮根でしょ。それから人参に…… お芋に、動物を彫ったから動物園の様子を描こう!」
皇太子は紙いっぱいに、犬、猫、猿、虎、象、麒麟、蛇、鷹、馬、豚、羊、兎を彫ったお手製スタンプを夢中で押していた。
「キキ~!キッキッキ~!!」
「わーい、賑やかになった完成!でもそろそろお片付けしなくっちゃ、玉璽を元に戻さないとな。今頃は大騒ぎだ……
皇太子恐るべし。
なんとダウ丞相が内緒で、合鍵まで作っていた。
しかも、型どりから製作まで自分がこなし、その技術はトクトアから習得したというから末恐ろしい。
その手口も実に巧妙というか鮮やかで、ちょっと見せてくれない?とダウ丞相から鍵を受け取り(甘やかされてるな)、こっそり袖口に忍ばせている樹脂の型取りで綺麗に形を取ったらしい……
いったいいつ作ったのか?と突っ込みたくなる。
合い鍵は普段から飼っている亀の昼寝用の石の下に隠しており、わざわざ亀の為に、青龍、朱雀、白虎という方角を司る四神獣を象った玉製の置物を入れている。
因みにその亀の名前は玄武。
ここに隠す理由は、爬虫類嫌いの女官や宦官が気味悪がって手を入れることはないだろうと考えたからだ。でも稀に、平気な者もいるらしく、もしもの時の場合に備え、〈水槽を触る時は、必ず一言声をかけて〉と書いた紙を貼っている。
「殿下!お昼寝の終了時間が参りました。お部屋に入らせて頂いてもよろしゅうございますか?」
身の回りの世話をする宦官の声だ。
「……困ったな。玉璽を元に戻す間がないや……」
とりあえず、寝台の下に隠すことにして返事をした。
「はーい。なあに?」
「殿下、沐浴のお時間でございます。さあ、参りましょう!」
「えーでも今は……」
「殿下!本日は
宮廷の習慣には逆らえなかった。
皆、それぞれ受け持ちの係がいるので、断ったらその者達の仕事を奪ってしまうのだ。
巨大な帝国を維持してきた歴代の皇帝達も、これにはうんざりしたと思う。 しかし威光というか権威というものを継続していくには、どんなにつまらないことでも馬鹿みたいに大真面目にやるしかなかった。
万事こんな調子だから、もし頭が痛いと言ったら益々面倒なことになるし、部屋から出れなくなってしまう。
みんなが憧れる生活は、実は窮屈の連続なのである。
あの
(仕方ないな……時間が出来たら戻しに行こう!)
そこで、
「
「キキッ!!」
「ありがとう!」
廊下を出ると、古くから宮廷にいる、〈名物老女官〉に出会った。
「殿下、お利口様でいらっしゃいますこと。この婆は嬉しゅうございます」
「お風呂行って来るね」
「……はい?」
この老いた女官は耳が遠いらしい。
皇太子は老女官の側に近付いた。
「お風呂に!行って!来るね~!!」
老女官は笑顔で頷いた。
「はい、聞こえましたよ。殿下、お気を付け下さりませ。なんと、お庭に蠍が出たそうにございます!お歩きになる時は、足下をよくお確かめになるようお願い申し上げます!」
「うん…… わ、分かった!」
(あれって私が内緒で飼ってた蠍なんだけど。もう!また逃げ出したな~)
「あら!?あのお猿さんは?お連れしないのですか?」
「うん!見張…いや、親衛隊だから部屋にいるんだ!とっても頼りになるんだよ!」
「おほほ。頼もしいですこと!」
入浴の間も、寝台の下に置いたままになっている玉璽のことが気になって仕方なかった。
せっかくの良い香りの湯、木彫り製の家鴨や亀の玩具に囲まれても、心そこにあらずだった。
「ところで、丞相はどうしておるか?」
「はっ、何やらとても重大な事件が起きたとか。それで、ただいま調査中とのことです。……殿下、あの……」
途中から、宦官の声に調子がなくなっていく。
「申してみよ」
「玉璽がなくなったとかで……トクトア様が、トクトア様が逮捕されました……」
「な、なんだって!?」
(大変なことになった…… 早くどうにかしないと!)
呑気に風呂になんか入ってる場合じゃない。
慌てて部屋に戻って寝台の下を覗いた。
皇太子の方は、焦りもあってか気にも留めていない。
「……ない!玉璽がなくなってる!!」
「ウキッキッキ!」
皇太子は寝台の下に潜って探した。
「……嘘だ!そ、そんな……確かにここに置いた筈なんだ!何で!?」
「キーキキー!ウッウッウッキキー!キッキッキ~!ウケケッキキ~!!」
「……
何者かが部屋に侵入し、玉璽を見付けて持ち去った、と言いたいのだろう。
皇太子の質問に、
今にも泣きそうになるのを懸命に堪え、皇太子は部屋から飛び出した。
「……いったい誰が部屋に!?とにかくトクトアが!待っててトクトア!」
*∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*
「あちゃー!!」
テムル・ブカは手を頭にやった。
「しまったわい……トクトアが何か言いたげな顔をしておったんじゃが、あん時は腹を立てておって。あとで聞きに行かねばのう」
そこへ皇太子が泣きそうな表情をして回廊を駆けて行くのが見えた。
あの方向は政務室だが。
「……皇太子殿下。なんであんな悲しげな顔をして走っとるんじゃ?あのお猿は……」
「はい。 梁王と螢王の二人が、従兄である殿下の関心を得たいと悩んでおったので、まあ同じ王族のよしみで、持参した貢ぎ物の中から一つを選ばせたのですが……」
オルク・テムルが口をつぐんだのが気になる。
「……何か思い当たることでもあるのか?」
「
この時テムル・ブカは、トクトアの視線の意味を悟った。
――案外政務室が一番怪しいかもな!なんぞ見落としとるに違いない!
(あの時、トクトアはこちらを見ていた……何かに気付いたというのか?じゃ、なんで言わない?トクトアのこと。きっと他にも何かが?)
「 ……よーし。疑わしいものは片っ端じゃ。もう一度、政務室も確認せねばの。行くぞ!
テムル・ブカは皇太子を追いかけた。
「ええ!?ま、待って下さい!テムル・ブカ様!
二人のおじさんがドタドタ回廊を走る途中、テムル・ブカだけが何かを踏んづけてツルっと足を滑らせ、ドーンと派手にもんどり打った。
「だ、大丈夫ですか!?テムル・ブカ様!これは……」
オルク・テムルが見たモノはバナナの皮だった。
「うぅぉぉ~痛い~!誰なんじゃ!?
尻に手を当て悶絶するテムル・ブカ。
ゴミはちゃんと屑籠に入れましょう。とくにバナナの皮は……
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