第69話 でこぼこコンビ!?二人の迷探偵


  トクトアは、石造りと鉄格子の地下牢に繋がる尋問室に留め置かれた。

 

「私がここにか……良いな。夏は涼しそうだ……」

 

(政務室の窓にあった小さな足跡は、多分あの小猿のものだ……しかし、玉璽が入っていた箱くらいは見せてくれても良いのに。結局、丞相は、私を信用していないのか…… その丞相も、今の上都に必要。あの猪突猛進な所を直せば、この上都の良き盾となるに違いないが)

 

 政務室の壁――この場合に不似合いな仲睦まじい夫婦の絵が気になった。

 ふと、テムル・ブカのお気に入り――露草色の織金、輪の中に狼と牝鹿が向かい合わせの連続模様が刺繍されている豪華な長衣を思い出した。

 

 「上天より定めにて、生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白なましろき牝鹿ありき。太湖を渡りて来ぬ……か。見るものが見れば、本棚の秘密などすぐにわかる……か。テムル・ブカ様ならあるいは……」 

 


 

災難に合う少し前、トクトアは部屋で絵を描いて過ごしていた。

 目指す〈夕陽が見える丘〉周辺の草の発育の様子を描いていた。

 

(……今の時期は、さほど草も繁っておるまいが…… おや?)

 

 廊下からガチャガチャと騒がしい

音が近付いて来たと思ったら、いきなり捕吏達が部屋に押し入って来た。

 

「居たぞ!!捕らえよ!」

 

「……私を捕らえるだと?いったい何の理由で?」

 

 トクトアの射ぬく様な眼差しに、捕吏達はどぎまぎしながら答えた。

 

「……玉璽がなくなったのです。こ、これは丞相のご命令です!」

 

「馬鹿な。私が盗ったとでも申すのか?ならその証拠は?玉璽など、そう簡単に盗めるものではないぞ。だいいち私はずっとここにおったわ」

 

「確かに。あなた様が盗ったという証拠はまだ見つかっておりませんが、あなた様がここに居たということを立証出来る者は他におりますでしょうか?拒否なさっても無駄です!王族の方々にも重要参考人として、来て頂いておりますので!」

 

「ほう。だが其の方らの口振りからして、もう私を犯人と目星を付けておるのだろう?さっき とか とか申しておったではないか。其の方らは馬鹿か?今から荷を調べれば済む話ではないか。初めっからない物はないんだからあるわけないだろう?」

 

 捕吏達は心の中で、人を煙に巻く様なことを言うのはやめて欲しい、と叫んだ。

 

「……おっしゃる通りですが、とにかく、今は我々にご同行下さい!」

 

「ほお、今度は か?それに、何故そんなに急かす必要がある?いったい何を企んでおるのだ!?」

 

「ト、トクトア様、お願いでございます!あなた様を連れて行かないと丞相に……」

 

 捕吏達は心の中で、こんな理屈っぽいややこしい人は嫌いだ、と泣き叫んだ。

 

「ちっ、しょうがねぇな……行ってやるよ。行きゃーいいんだろ?ったくよ!」

 

 久しぶりに品悪のトクトアが現れた。

 ご同行というが実際は犯人扱い。

捕吏に縄を打たれ、丞相が待つ中庭へと引っ立てられて行った。

 

「ふん。上等じゃねぇか」

 


  *∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*

 

 中庭に王族諸侯達が集められていた。

誇りを傷つけられて怒り心頭に発した王族諸侯達。

 

「私は、太祖チンギス・ハーンの弟テムゲ・オッチギンが興した、オッチギン家の当主遼王トクトアなるぞ!なんで恩義のある大ハーンの玉璽を盗まねばならんのだ!」

 

「我らの忠義をお疑いになるとは……なんと情けない!この梁王オンシャン、こんな侮辱には耐えられぬ!皇太子殿下と母后様はどちらにいらっしゃるのか!?」

 

「玉璽を盗んで何の得がある?だいたい自分達の失敗を棚に上げ、客人にその罪を擦り付けるとは言語道断!!丞相!これはあなたの油断が招いた不始末ですぞ!」

 

 流石のダウラト・シャー丞相も、螢王エセン・テムルの言葉がぐさりと胸に突き刺さった。


「……確かにワシのせいです。されど、何もそこまでお怒りにならずとも良いのでは?冷静にお考え下さい。念の為に居室内を調べさせて頂くのと、幾つかの質問にお答え下さるだけで良いのです。これはあくまでも捜査に協力ということです!」


 いくら剛毅な丞相と言えども、王族を蔑ろにしては、せっかく得た強力な上都支持勢力を失い兼ねない。流石に高圧的な態度は出来なかった。

 そこへテムル・ブカとオルク・テムルが揃って現れた。

 

「……まあまあ方々、確かに玉璽の側を離れたのはまずかった。されど、今更丞相を責めたとていったい何の解決になるとおっしゃるか?今は、仲間割れをしておる場合ではありませんぞ」

 

「やや、これはテムル・ブカ様!斉王も!?」

 

「いや~遅うなってしもうて。捕吏からの知らせを聞いてな、自分から参上しました。方々も大変じゃったな……」

 

「おお!分かって下さるか!?」

 

「はい。されど丞相とて万能ではござらん。今日まで、幼い皇太子殿下と母后様をお守りして参った苦労は並大抵のことではありますまい。国を背負う者の重圧感は方々も経験され、時には辛い思いもされた筈。ここは皆で力を合わせ、丞相に協力するのが、我ら王族諸侯の務めではないのかな?」

 

 テムル・ブカのやんわりとした説得は、王族達の高ぶった気持ちをどうにか鎮められたようだ。

 

「……してどの様に?」

 

「なあに簡単なことじゃ。とりあえず容疑を晴らしてもらう様協力すれば良いだけです。盗った盗ってない、の押し問答ばかりでは、いつまでも経っても埒が明きませんからな。ではワシら二人の荷からあらためられよ。丞相、頼みましたぞ」

 

「テムル・ブカ様、かたじけのう存じます」

 

実のところ丞相は、あとから現れたこの二人を一番疑っていた。しかし今はこうして自分の窮地を救ってくれたことを感謝していた。

 

 さて、捕吏と重要参考人が到着するのと同時、今度は入れ替わるようにして梁王オンシャン、螢王エセン・テムル、遼王トクトアらがあれこれ文句を言いつつ帰る所だったが、自分達の目の前を横切る縄打たれた人物を見た瞬間、にわかに騒ぎたてた。

 

「なんと!トクトアが犯人だったのか!?」

 

「はあ?トクトアいったいどうした!?お主、縛られておるが。そんな趣味があったのか?」

 

「其の方が縄を打たれるなどと。女官長に?」

 

 テムル・ブカならいざ知らず、オルク・テムルまで冗談を言っていた。

 

「……それならまだいいですよ。見ての通り、私が犯人と断定されたようです。ですが私は部屋から出ておりませんでしたが、それを立証する者がいないとのことで、この有り様です。これからはかわやに行く時も、誰ぞ連れて行かねばならぬということでしょうね」


トクトアは捕吏達を睨み付けた。

 

「何を呑気なことを言っとる。 尻まで拭いてもらおうってか。丞相、トクトアの荷をちゃんと検めたのですか!?よし!ワシらも手伝うゆえ何人か寄越してもらいますぞ!宜しいですかな!?」

 

「テムル・ブカ様御自らが?ご、ご随意に……」

 

 大柄な丞相がちょっと萎んで見えた。

 

「よし!ボンクラ捕吏達よ!ワシに付いてこい!」

 

テムル・ブカは、オルク・テムルや捕吏達を引き連れて去って行った。

残っているのは自分と丞相の二人だけ。

 

「正直な気持ち。トクトア、ワシはお前を疑いたくはない。お前は、この上都になくてはならぬ者だからな」

 

「ほう。……でも王族達の口を黙らせる為に、私を犯人に仕立て上げたのでしょう?ところで、ちゃんとお調べになったんですか?室内にはどうやって出入りしたか?とか、入った犯人の足跡、荒らされた形跡や手掛かりになる様なモノなどはなかったのですか?」

 

丞相はまた小さくなった。


「お前を犯人になどそれは誤解だ。 手掛かりは探しておるが……蓮根が置いてあるくらいでな、あとは…その……見つからなかった。まるで玉璽がひとりでに消えてしまったかのようにな……」

 

 丞相は、その時の状況を話して聞かせた。

 

「蓮根ですと? ……とにかく一度、政務室内を見せて下さい。何か手掛かりがある筈です」

 

 トクトアは、自分で自分の容疑を晴らさねばならなくなった。

 

(……面倒臭いなぁ。何でこんな目に合わなきゃならないんだ?)

 

  *∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*



 テムル・ブカは、捕吏達を幾つかの班に分け、それぞれを諸侯王族らの部屋に当たらせた。

 

 遼王トクトアは、誰にも見られたくなかった春本いやらしい絵を見つけられてしまい、自分の高潔なる英雄的イメージが崩されたと思って激しく憤っていた。

 

 梁王オンシャンは、派手な仮面とキワどい踊り子?衣装、鞭、蝋燭のセットを寝台の下から引っ張り出され、いったい何に使うのですか?と捕吏達から詰問されて顔を真っ赤にしていた。

 

 螢王エセン・テムルは、戯れで作った女官達のスリーサイズランキング表を箪笥の引き出しに隠していたのを見事に探し当てられ、このことを女官長スレンに知られやしないかと怯えていた。

 

「方々!ご協力下さり、かたじけない。全員、白ですじゃ!まあ、当然ですな。えっへん!オッホォン!……まあ人にはいろんな…その、性癖が……ございますからな。も、勿論、捜査にご協力下されたのですから、当然、知り得た情報は秘密と致します!」

 

 テムル・ブカの言葉に、諸侯王族達もホッとしていたが安心している場合ではなかった。

 大ハーンの権力の象徴である玉璽を盗まれたのだ。

 これは国の一大事。しかも自分達は真っ先に疑われ、犯人扱いされたのだ。

 いや、誇りを失うことの方が、死よりも耐え難い……

自分達の秘密と悪事?が白日の下に晒されたのだ。傷付けられた自尊心はズッタズタ。

 パオ~ン!ブーブーブ!ブヒ ブヒーブ~、とお怒りの王族諸侯達は口を揃えてこう言った。

 

「一番怪しいのはトクトアだろう!わざわざ大都から来たのが怪しいではないか!?こやつは利口者だから、きっと何処かに玉璽を隠したに相違ない!拷問で口を割らせろ!」と。

 

 またまた丞相は小さくなった。

すっかり調子付いた上都支持派の王族達は、丞相に責任を取る様に迫ったので、焦った丞相は冷静な判断力までも失ってしまった。


「トクトアを尋問する。連行せよ」

 

そうはさせてなるものか、とテムル・ブカとオルク・テムルが丞相の前に立ちはだかった。

 

「丞相待たれよ!玉璽がないからと言って、トクトアが犯人と決まった訳ではなかろうに。この事件にはまだ不審な点がある!必ず、この城の何処かに玉璽がある筈じゃ。捜査の全権をワシに委ねてもらいたい」


「不審な点とはどんなところでしょうか?」

 

 全員一斉にテムル・ブカの方を見た。

 

「…………知らん!それを今から調べるんじゃからな!!」

 

  その場の勢いで言っちまったという……

 王族諸侯らはため息。

 これに何故か、勝ち誇ったかのように笑うダウ丞相。


「テムル・ブカ様、これはあくまでも尋問です。それと、忘れてもらっては困りますなぁ。あなた様への容疑はまだ完全に晴れた訳ではありませんぞ。近頃、宮廷内でも間者の存在が囁かれておりますからなぁ」

 

 流石のテムル・ブカも、これにはムカッときたが、内心ではダウ丞相はそれほど馬鹿者でもないのだと舌を巻いた。

とにかく今は、疑われる訳にはいかない。

芋づる式に、こっちまで囚われるのは御免だった。

 豪胆なテムル・ブカは、ダウ丞相の胸に人差し指を突き立て、こう宣言する。

 

「……ふん、勝手にせい!だがワシは好きに動かせてもらう!逃げも隠れもせぬ!必ずや玉璽を探し出し、お主の真ん前に!置いてやろうぞ!!案外政務室が一番怪しいかもな!なんぞ見落としとるに違いない!我が祖父、世祖フビライ・ハーンの名にかけて、この事件!解決してくれるわ!」

 

 この時テムル・ブカは、こちらを見つめるトクトアの意味深な視線サインに気付いたが、今は怒りの方が勝っていたので、特に注意を向けることはなかった。

 

「……さっき、政務室にトクトアを連れて行って調べましたが、何もありませなんだ!」

 

 こっちも負けてなるものか、とダウ丞相もテムル・ブカに顔を近付けるが、途端にハァ~と酒臭い息に返り討ちにされてしまった。

 

「テムル・ブカ様…… では、この斉王オルク・テムルも手伝いましょう!」

 

 オルク・テムルは、去り際にわざわざダウ丞相に近づくと、自分も酒臭い息をハア~と吹きかけ、憤然と去って行くテムル・ブカの後ろを追いかけた。

 

 まもなくトクトアは、地下牢にある尋問室に連行された。

  秘密を抱えたままで。

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