第67話 可愛い小猿


「うーん。なんかなぁ、いまいち我らはパッとせんな。皇太子殿下は、トクトアをお気に入りのご様子だから、こちらが入り込む余地がない……」

 

世祖フビライ・ハーン玄孫やしゃご梁王王禅りょうおうオンシャン螢王也先帖木児けいおうエセン・テムルは、共に皇太子の従兄に当たる人物であった。

 

「お二人共、何やら浮かない顔をされて。いったいどうされましたか?」

 

 チンギス・ハーンの弟、ジョチ・カサルの子孫、斉王月魯帖木児せいおうオルク・テムルが現れた。

 

「おお、これは斉王!聞いてたもれ。実は……」

 

  二人は、この内乱で手柄をあげたいと考えていた。その為にはもっと箔が付く役柄が欲しいので、なんとか皇太子の関心が得たいと考えていることをオルク・テムルに話した。

 

「なるほど…… 良い考えがあります!ちょうど私が持って参った貢ぎ物の中から、お好きなモノを一つ持って行かれるがよろしいかと。さあ、これをご覧あれ!」

 

  オルク・テムルが手を叩くと、召し使い達が現れ、目を皿のようにして驚く二人の目前に、次々と貢ぎ物を並べた始めた。

 真っ青な玻璃ガラスの花瓶、絹の絨毯じゅうたん、陶磁器類、卵程の大きさの孔雀石くじゃくいしの首飾り、ピカピカの銀細工の食器類、衿に沢山の真珠を縫い付けた絹の上着、良質な綿布、黒貂くろてん川獺カワウソの毛皮類、金細工の馬具、そして元気な小猿。

 

   二人は、この豪華な貢ぎ物に目を輝かせて見入っていた。


「さあ、この中から一つ選ぶだけで良いのです。よーくお考えになれば、皇太子殿下が、今一番何をお望みなのか?答えが自ずとおわかりになる筈……」

 

  二人は互いに顔を見合せた。

 

「……せ~の!これでお願いします!!」

 

 二人の出した答えに、オルク・テムルは満足そうな笑みを浮かべた。

 

「……では、どうぞお持ち下され」

 


 二人はさっそくオルク・テムルからもらい受けた小猿を皇太子の元に持って行った。

ゴマ擦り作戦開始だ。

 

「皇太子殿下!我らは天竺てんじくから珍しい猿を手に入れました。きっと殿下のお気に召すと存じます!ささ、どうかご覧下さりませ!」

 

 二人の従兄は召し使いに命じ、優美な曲線を描いた鳥籠を開けさせた。

 鳥籠から、白い小猿が元気に飛び出し、皇太子の目前で愉快に踊り出した。


「うわ~可愛い!!欲しいなあ!」

 

 皇太子は小猿に向かって手を伸ばすと、小猿は腕を伝ってちょこんと肩に乗った。

   皇太子はすっかり小猿が気に入ってしまった様子。しめしめと二人はほくそ笑んだ。

予想は大的中。

 

「勿~論、献上致します!我らは皇太子殿下に喜んでいただこう!その一心で密林を探し歩き、人食い土人や虎に豹と戦い勝利を収め、遂に!この幻の白い猿を見付けたのでございます!」と、身ぶり手振りで猛獣との激しい格闘の様子を伝えるオンシャン。

 人からもらった物なのに。よくそんな作り話を思いつくなと思う。

 

「……辛い旅路でした。しかし皇太子殿下の笑顔が見れるのなら、これしきの苦労などいとわぬ!と、頑張りました。足に食らいついたヒルを取っては投げ、また取っては投げと。常人には計り知れぬ苦労の連続でございました……」と、嘘泣きのエセン・テムル。

 天竺ってそんな場所だったっけ。

  そして二人で声を揃えて言った。


「我らの皇太子殿下への変わらぬ忠誠心をどうか!いつまでもお心の隅にお置き下さりませ!」


「うん!いろいろ大変だったんだね!ありがとう!よきにはからうね~」

 

「はっ!ありがとう存じます!是非お遊びのお相手に!」

 

「うん!ところでこのお猿はなんて名前?」

 

「……えーと、雨出乎アメデオと申します!」

 

*∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*

 

「夜も昼も警備が厳重か……」

 

トクトアは部屋に戻って、ひとり脱出計画を練っていた。

 卓子には、紙、絵筆、絵の具が置かれていた。

   門衛の役目は非情そのもの。

トクトアも、宿直とのいで門衛の厳しさを知っている。たとえば、飢えた狼の群れに追われた者が泣いて開門を訴えても、朝まで門は絶対に開けてはならぬ、と厳命されていた。夜間に許可なく門を開けた者は死罪に処されるので、門衛の誰も開けることはなかった。

 その門衛が検分をしている。いくら旅芸人と言えど調べも厳しい筈だ。一座の長持ちにでも隠れて通り抜けようとしても、荷を検められ見つかれば、座長は厳罰に処されるだろう。 人数さえも確認と記録がなされているので、一人が増えてもまた欠けても厳しく咎められてしまう。

 トクトアはひとりで上都に入ったのも、座長にこういった面倒事をかける訳にはいかぬと思ったからだ。

 しかも検分を行う城門は一ヶ所に限られ、あのドジョウ髭の門番がいる。向こうは自分の顔と身分を知っており、既に、何かしら通達を受けていると考えた方が良いかも知れない。

 トクトアは、隊商の歌を思い出した。


〈押しても動かぬ剛の門は、尊き父母の恵みで開く〉

 

  「剛の門とは、門衛が守る城門。尊き父母とは、国の父母である皇帝と皇后。恵みとは、国の父母が出した許可証か円符のことを示すのだろう。確かにそれがあれば門など簡単に通り抜けられる。だが、問題はどうやってそれを手に入れられるか?だな。あとは……」

 

 トクトアは絵筆を取り、紙に絵を描いていた。

それは小高く盛り上がった、だった。

 

「……ここまでの距離はざっと四十里(約20㎞)。馬が全速力で走れる距離なんてたかが知れてる。せいぜい三里くらいが限度…… この丘からさらに南の九十四里(約47㎞)先、大都の兵が駐屯している閃電河せんでんがまでの体力は充分あるが…… まずは追手をこの丘の手前で止めなければならない。最終まで付いて来てもらっては、こっちまで攻撃されるからな。やっぱりヌールの鷹の出番か……」

 

  トクトアはあの不恰好な鷹を思い出して笑った。

 そこへ誰かが部屋の扉を叩いた。

 

「私だよトクトア、入っても良いか?」

 

「皇太子殿下」

 

  こっちが返事もしない内から、もう皇太子は室内に入って来ている。

 

「……殿下」

 

「ごめんよ。……でもいい友達が出来たんだ!見て見て、とっても可愛いでしょ!?雨出乎アメデオって名前なんだ!ほら、トクトアにご挨拶して!」

 

   小猿は皇太子の肩から降り、トクトアの前に来てぺこりと頭を下げて挨拶をした。

 

「……これはこれは。なんとも賢いお猿ですね。皇太子殿下の親衛隊になれそうです」

 

 皇太子は雨出乎アメデオを紹介し、とても嬉しそうだった。

 


 

 眠眠の豆知識(=^ェ^=)

こんにちはニャン。時路宮姫ときじくひめの使い、昼寝好きの猫の眠眠ミンミンだニャン。

 灤河らんがについて。

 華北地区の河北省北東部の川の名前。上流は閃電河と呼ばれる。華北では黄河と海河に次ぐ大きさの水系で、河北省と内モンゴルのドロン(多倫)県流域にまたがり、そして渤海へ流入する。閃電河周辺は湿地帯が広がり、美しい高山植物が咲き乱れ、緩やかに蛇行する浅い川、湖、なだらかな丘には羊達がいっぱいの魅力的な場所。

 暑がりの皇帝達は、ここでもレジャーを楽しんでたんじゃないかニャ。全くうらやましい~

 

 

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