第66話 密談 〈白い烏と黒カツラに大きなフォーク〉


 

 トクトアは、ナンジャーラ・カンジャーラ舞踊団の座長と繋ぎを取る場所を乾元寺に指定していた。

 この寺を密談の場所に選んだのは、単純に人の目に付く場所の方がかえって怪しまれないという理由からだった。

 座長が寺に到着すると、書院から年の頃三十くらいの美しい色目人の女性が顔を上気させて出て来るのを見た。

 はて?と座長は首を傾げた。

 

(うーん。なんか怪しい雰囲気が漂う感じがするのは……気のせいですか?あれ?若様は?)

 

 座長はそっと部屋の中を覗いた。

薄暗い室内。甘ったるい香の薫りが漂う中、気だるそうに衣服を整えている若様の姿があった。

 座長は、若様の秘密に気付いてしまった気まずさに、いったいどう声を掛けて良いものかしばらくの間思案していた。

 

「……そこにいるのは誰か?座長か?」

 

 しめたとばかりに座長は喜んだ。

 

(良かった。向こうからきっかけをくれた!どうしよかな~って思ってたから)

 

 座長はわざとらしく、たった今到着しましたよ風を装って、室内に入って行った。

 

「ふう~ここまで結構距離ありましたな~。若様、お待たせ致しました!いや~窓をいつも開けておいて正解でした。お手紙を包んだ小石が入って来たので、おお、召集だな!と急ぎ馳せ参じた次第です!」


座長は愛想の良い笑顔を見せ、緑地に白い唐草模様の風呂敷包みを肩から下ろした。


「済まぬな座長。そんなに慌てずともゆっくり来れば良いのに……まあ、あんまり早く来てもらっても困るが……」

 

 座長は心の中で、そうでしょうとも、と言った。

 

「さあ、金子だ。納めてもらえぬか?この身で稼いだものだが…… どうであろう?用意は整いつつあるのか?」


 そのことを聞いた座長は内心酷く驚いた。

 若様のお金の稼ぎ方ってひょっとしてやっぱり、とそればかりが気になって、話の後の問いに答えられなかった。

 

(いやーどうしよう!?もらってもいいのだろうか?そんなお金を!?えーでもお金はお金だしせっかくくれたし。でも重い、重すぎる。罪と罰が怖い……)

 

 座長は掌にお金の入った錦の袋を乗せてじっと固まったままになっていた。

 

「座長…… 大丈夫か? ……どうしたのだ?」

 

「え!?あわわ。……はい!仰せの通りに集めておりますが。実はこれが……ご覧になりますか?」


「……どうしたのだ?その自信がないもの言いが気になるな。開けて見せて貰えるかな?」


「はい!では……」


  持って来たには持って来たが、あまり気が進まないのか、座長は渋々風呂敷包みの中身を開けて見せた。

それを見た途端、今度はトクトアが固まった。

座長は申し訳なさそうな顔をしながら苦笑いしていた。


「……座長……これは?」


「……タカのつもりらしいのですが 、どう見ても、良くてフクロウ!悪くて、カモメ!?あ、家鴨アヒル!?ですかな……」


  青地の布に白い梟?鷗?家鴨?の刺繍がデカデカとあった。

それぞれがどれになるのか判別が難しいところだが、結果は下手ウマという判定になった、じゃ済まされない。

  トクトアの顔は見る見る険しい顔付きに変わっていく。


「座長。私の書いた図案なのに……

いったいどうやったらこんな風になるのだ?」


「……多分、刺繍する人物に問題があったのかと。当舞踊団の、あの褐色の肌のお転婆娘ヌールが、"あたい得意よ。あたいがやる!"ってえらく自信満々だったので、任せたらこうなりました……本当に申し訳ございません!」


  座長はの言ったところだけ、本人の口真似をしていたが、トクトアは笑わず顔は険しいままだ。


「……ヌールが!?ヌールの奴がか。あのイタズラ者めが!これがなくては……」

 

   トクトアはヌールとの出会いを思い出した。

   年の頃は十三、四くらい。髪は黒く褐色の肌をしているが、目がとても美しく、見事なまでの碧緑色。

 性格はさっぱりとしてお転婆。

ひょんなことから、この舞踊団と知り合いになり、一緒に上都までの道程を旅することになった。

 

「トクトアにいちゃんはとっても男前だから、将来は、お嫁さん選びに苦労するわ!沢山の候補の中から誰が良いかを決めれないでしょ?その時はあたいを選びなよ!絶対良いお嫁さんになるからさ!」

 

  もう旅の間中ずっと、トクトアに纏わり付いて何これとなく世話を焼いてくれたものだ。

 ヌールがまだ幼い頃、両親が盗賊に殺されたという話を座長から聞かされた時、ヌールが家族というものに強い憧れを持っていることも

知った。

 座長は彼女を引き取って舞踊を教えた。

 そして立派な舞姫として舞台に上がるまでに成長した時を境に、ヌールという名を与えた。

 ヌールとはペルシャ語で〈光〉

 光りとなれ、と。座長の願いが込められた名前だった。

 確かに明るい。

 鬱陶しいくらいうるさい。

 誰もヌールに、こんな不幸なことがあったなんて想像出来ないだろう。

 

「若様、本当に申し訳ございません。身内を庇う訳ではないのですが、ヌールは心底あなた様に傾倒している様です。"あたい!トクトアにいちゃんの為に絶対に力になるんだ!!だってトクトアにいちゃんは将来、とっても偉い人になるんだから!!あたいには分かるんだ!"って、なんだかいじらしくなりまして……他のモノはなんとか揃えましたが、やはり、これだけは腕の良い職人に頼むべきでした……」


   座長は泣きながらも、ヌールの口真似だけはしっかりやっていた。

それがあんまり上手なので、トクトアは思わず吹き出してしまった。


「……もう良い。これは私の非である。そうであろう?私が職人に任せておれば、其の方はかように悩まずに済んだのだ。これはそのまま完成させなさい」


「……ありがとうございます!でも、本当に?この刺繍の鳥で宜しいのですか!?完成させたら少しはマシに見えるかも知れませんけど、よーく見たら……やっぱりマヌケっぽいかな。いえ!そんな、失礼を申し上げました!」


「ハハハ、これで良い!ヌールも喜ぶであろう?ヌールに伝えておくれ。ずっと大事にするから!と。まあ、なんとかなるだろう……」


   トクトアは、不恰好な鷹の刺繍を眺めながら、ヌールが一生懸命願いを込めながら、一針一針布地に刺していく様子を思い描いて微笑んだ。


(ヌールか。幾度も小さな指に針を刺したことがあったろう……これはきっと、私が上都から出る為の〈光〉となる筈だ……しかし)


「座長…… この計画を変更するかも知れない」

 

「ええ!?では別な方法を模索するということですね?」

 

「……まあそうなんだ。いくつか方法を練っておかないとな。まあ、そっちのは仕上げておいてくれよ」

 

「お任せを!私共の悲願、大都宮城公演の達成の為でしたら、そりゃもうよろこんで!男を上げる良い機会、私も全てを賭けますよ!!」


「……何が男を上げるんじゃ!?面白そうじゃのう!ワシも参加させてもらえんか?」


   いつの間にやら 、テムル・ブカがにこにこ笑顔でやって来た。

   トクトアは耳を研ぎ澄まし、周囲に視線を走らせた。

 どうやらテムル・ブカは跡を付けられている心配はなさそうだ。

 

「これはテムル・ブカ様、上都散策をされているのですか?」

 

「ああ、そうじゃよ。おや?その白いカラスは何ぞな!?変わっとるの!何処の店に売られておるのじゃ?」

 

テムル・ブカの目から見ても、それは白い烏に見えたらしい。

 二人は苦笑いした。

 

「で、さっきは男を上げる、とか何とか言っておったが、この白い烏と、何か関係でもあるのか?のう、教えてくれい。誰にも話さんから!のう!」

 

のうのう、としつこく聞かれたら話すよりしょうがなかった。

 もし、ここで断りでもしようものなら、あとで「トクトアがケチじゃによって、ちっとも教えて貰えんかった!」とか何とか言いふらされでもして、計画が丞相に知られでもしたら、それこそ一巻の終わりだろう。

   まあ、大の大人で、人格者で知られるテムル・ブカが、まさかそんなことくらいで臍を曲げたりはしないと思うが、ここはよしてあげた方が、すんなり事が運ぶのは間違いない。

 座長も同じことを考えているらしいのか、うんうんと目が訴えている。

 トクトアは脱出計画について話していることを話した。

 

「あー!お主達。ワシを疑ってただろう!?計画の内容を話してくれんじゃないか!なんじゃ……味方だと思っていたのに……」

 

     悲しげな顔のテムル・ブカの言葉に、二人共何も言い返せなかった。

 

「申し訳ありません…… テムル・ブカ様。こんな世の中ですから。今座長と話していたのですが、方法はいくつか考えておいた方が良いと相談していたのです。ですが、今ご覧になった鳥の計画に、ご興味がおありのご様子。もし、よろしければお聞きいただければと」

 

「おお!是非とも聞きたいのう!

その白いカラスは何に使うんじゃ?この綺麗に切り揃えられた黒カツラとでっかい餐叉さんさみたいなのも使うのか?」

 

 テムル・ブカは、風呂敷包みから黒カツラを取り出して頭に被り、フォークのトップの部分みたいなのを持って踊り始めた。

 それってそんな風に使うのだろうか?

 

 

 トクトアは脱出計画の流れを話した。

 日にち、待ち合わせの場所までの道中の事、武器、合流する時の敵味方を区別する合図など。


「闇に紛れてか…… なるほどな。この計画はなかなか興味深い!だが、実際に実行するとなると話は別だ。いろいろ難点があるし、だいいち不可能。まず城門を開かねば!」

 

「その通りです……  最大の難関が城門です。ですが、どんな計画にも多少の危険は伴うものです。いかがです?面白いと思いませぬか?奇襲にも応用出来ます」

 

「ふふふ……確かに面白い!!るかるか、か。じゃあ、ワシも味方であるという証拠を提示せねばな。よし!では本当に実行するのなら、ワシが鷹を出してやろうではないか!美しく大空を舞うぞ!!大地の神は喜び、天の神はその姿を見れば必ずや、慈愛の涙を流されるであろう!」

 

  ところがせっかくいい気分でテムル・ブカが、感情を込めて言っているところを、まるで水を指す様に座長が口を挟んだ。

 

「あの……テムル・ブカ様。まことに申し上げにくいのですが、そこをあえて申し上げます。生きいる鷹ではないのです。雨が降って貰うのも、ご遠慮いただきたいくらいなのですが……」 

 

「これは笑止。鷹も雨もワシに任せろ。だってワシはチンギス・ハーンの玄孫じゃぞ、何の心配もいらぬ。ワシの、口うるさい執事の爺の膝のがそう申しておってな、これが当たるのじゃ。雨なんか降らん」

 

  鷹と膝の話は別として、チンギス・ハーンの玄孫だからいったい何だと言うのだろう?孫のフビライ・ハーンは苦戦し、歴史的な敗戦をしてしまった事を忘れてはならないと思うが。

 

「……ま、まあそうですよね!おっ、膝がですか?おお!思い出しました!私の幼い頃の話ですが、近所に住む老女が、" 雨雲が近付くと膝に痛みがくる。こりゃ、もうじき雨が降るね "って言ってました。不思議なことに当たるんですよね!」

 

座長は、子供の頃を懐かしむ様に言っていた。


「話を戻します…… テムル・ブカ様、本当にアレを持っておいでなのですか!?」

 

テムル・ブカは笑顔で頷いた。

 

「持っておる!幼き頃に祖父様から賜った。この世で尊き、美しい美しい物じゃから大事にせよ、とな」

 

 それを聞いた座長は大きく目を見開き、口元に手を当てて驚いていた。

 

「……では慈愛の涙とはいったい何でしょうか?」

 

 トクトアは期待を込めた目をして聞いてきたが、テムル・ブカの方は、口髭を指でひねりながら答えた。

 

「それは…… うーん適当じゃな!その場のノリで言っちゃったんじゃ。その方が詩的に聞こえるし!」


  テムル・ブカは、わりと何も考えない軽いところがある様だ。

トクトアは、一番近しい人物である伯顔バヤン雪花シュエホアもそんなところがあったな、と思い出した。

 

  (何となく相通ずるものがありそうだ。多分、仲良しになりそうな気がする……)

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