第65話 謎の隊商再び現わる


 流石はお酒大好きのモンゴル族。

当時の宮殿の部屋の隅には酒甕さけがめが幾つも置かれていたという。

 まさか、いつでも好きに飲み、そのまま宴会の流れになるというのだろうか。

 

「しかしお主もなかなかやるな!あのダウ丞相と互角に闘い、怪我の功名か?女官長に傷の手当てもしてもろうて、ついでに心も射止めた……  女官長はどうじゃ?よう熟れて、流石のお主でももて余しておろう?うん!?」

 

「……テムル・ブカ様には本当に敵いませぬ」

 

 テムル・ブカは大柄な身体を揺すって豪快に笑った。

 

「ところで……お主の剣術。一見我流に思うが、よく見ておったらいろんな技が混じっとる…… いったい誰に習った?」

 

「お恥ずかしい。ご覧になられていたとは……  師は漢人の武官で、名は、ちょう 雨雲ううん。今は退役して故郷の遼陽行省りょうようこうしょうに帰っております。その師が気になることを申しておりました。師は、高麗人の武官に剣術を教わったと。その武官はなんと、倭国対馬わこくつしまから来た者から剣術を教わったとか」


「な、な、なんじゃと!!対馬の島民とな!?では元と倭国が戦をしたおりに連れて来られたというのか!?」

 

テムル・ブカは興奮していた。

 

「はい。とても興味を引かれたので師に詳しい話を聞いたところ、その島民は自分のことをヒノモトのモノノフと申していたと」

 

「……なんかルーシの人の名前に似とるの」

 

 それってって部分だけでしょうが。

 

「漢字では〈日本〉〈武士〉と……」

 

「なるほどな。ワシらから見たら、太陽はその国の方角から昇る!モノノフか……」

 

「はい。武士は高麗に連れて来られ奴婢ぬひとなりましたが、大変礼儀正しく、誇り高く、勇ましい者であったとか。高麗の兵士達の鍛練を見て高笑いしたそうです。" 情けなや。弓を引くことも刀もまともに扱えぬとは。それで、お主達はもののふのつもりか?片腹痛いわ " と」

 

「で、モノノフ君はどうしたんじゃ?杖刑にでもなったのか?いや、決闘だな!?」

 

「はい。愛刀で高麗の剣を見事半分に叩き折ったそうです。 とても勝ち目がないと悟った武官は降参しました。その刀剣は素晴らしい切れ味で、刀身が少し反り返っておりました。多分、我々と同じく馬に乗るからでしょう。細い刀身ですが、非常に美しく強靭だったそうです。武官は、武士を生涯の師と仰ぎ、その優れた武術と武士の精神も学んだそうです」

 

「で、お主の師匠が、"免許皆伝高麗武士"に教わった……  凄い話だな。それからモノノフ君はどうなったんじゃ?」

 

「……高麗の地で没しました。死ぬ間際にこう申していたそうです。" 島の山に隠した妻子に一目会いたかった "と。最期に島がある方向を向いて  " 嗚呼、島影が見えた……" と」

 

「哀しいの……  しかし、祖父様も罪深いことをしたものじゃ。父上から聞いたんじゃが、世祖フビライ・ハーンは、石橋を叩いて渡る性格の筈なのに、と。何で倭国と戦をする必要があったのか?これにはいろんな説があってな…… これは父上の説なんじゃが、祖父様は倭国と親交を結ぼうと思ったらしい……  倭国には、硫黄、金、銀、銅などの資源の他に、大変良質の真珠も採れた。南宋の商人から献上された薄桃色が虹色に輝く真珠を見てな、祖父様の目には倭国がたいそう魅力的な国に映ったのだ。祖父様は、その真珠を后妃・お気に入りの女官への贈り物にしたかったのだろう。だが、国書の意図は過剰に解釈されたのか、使者は殺されて戦となった…… そして海には沢山の血が流された。……実に無益な戦いじゃよ。お主はこれからどうするのじゃ?このまま上都におるのか?違うだろ?」


「……勿論、大都に帰るつもりでおります」

 

「フフフ。それを聞いて安心したわい。ワシもな、大都に行くつもりでおる……他の諸侯達は上都側に付いておるが、勝てるかどうかも分からん側に味方したとて、いったい何になろう?確かに皇太子が正統な君主だ。父帝が亡くなったのを良いことに、勝手に大都を占拠したエル・テムルを、高原の諸侯や東方王家が怒るのは同然のことだ。しかし、エル・テムルを甘く見てはいかん!奸智に長けておるからな。勝てば官軍、負ければ逆賊だ。ワシは、甥と所領を守らねばならん!このワシの選択は間違っておると思うか?」


「……いえ。テムル・ブカ様は良い選択をなされました。私も同じ意見にございます」

 

 テムル・ブカは悲しそうな笑みを浮かべていた。彼は皇太子が傷付くかと思うとやるせない気持ちになっていた。

 他の諸侯達から、裏切り者よ、と罵られるよりも、そちらの方が気がかりになっていた。

 しかし、それはトクトアとて同じで、彼は皇太子を裏切っただけではなく、その皇太子に弓を引く逆賊になってしまうからだ。

 

「お互い辛いの。トクトア……」


「はい…… 口では 忠臣である、と言っておきながら。結局、自分の利になることしか考えていませんでした。しかし、戦を避ける道も考えていきたいと思っております」


「フッ、青いのう。青過ぎる!青臭いぞ!!」

 

「テムル・ブカ様!それは……自分でもそう思っておりますが……」

 

 バリバリ……

 ボリボリ……

 

 突然、何の音かと思ったらテムル・ブカが胡瓜を食べていた。

 

「この胡瓜!うん!!美味ひいな~まことに旨い!みずみずしい!お主もカジカジせんか?」

 

 テムル・ブカは、胡瓜をカジカジバリボリとかみ砕きながら、袋からもう一本胡瓜を取り出しトクトアに手渡した。

 

「……ありがとうございます。頂戴致します」


   トクトアは胡瓜をかじった。

 ポリポリと良い音がして、みずみずしい汁気が口に広がった。

  

「で、なんはゃったはな!?」

 「なんじゃったかな!?」らしい。

 

  テムル・ブカの頬っぺは、栗鼠りすの頬袋みたいに膨らんでいた。

 

「いえ。あの、テムル・ブカ様……お口に詰め過ぎです……」

 

「ほうかの?」

 

  テムル・ブカは咀嚼してごくんと飲み込んだ。

 

「お主のいう通りじゃ。人とは、己の利を求める者よ。悲しいが戦乱の世はそうじゃ。昨日まで仲の良い友が明日には敵に変わるし、その逆もある。敵が生涯の友となることだってあるからな。皆、必死じゃ。お主は、エル・テムルの悪賢さとバヤンの勇猛さと直感を見習わんといかん。悪い知らせだ…… ダウ丞相はお主をここから出すつもりはないらしい……」

 

「そうですか……」

 

 テムル・ブカの言葉に、トクトアは内心驚いたが顔には出さなかった。


「さあ、阿剌吉アルキ酒じゃ!飲みながら考えい!」


   トクトアは貰った酒をぐいっと喉に流し込んだ。

 

「……旨い。やはりこれが一番ですね」

 

 二人は昼間だろうが少しも気にすることなくガブガブと酒を飲んだ。


 カランコロン……

 カランコロン……

 

 またあの鈴の音と歌が聴こえてきた。

 

♪幾つもの山~と丘越えて~  幾つものジャムチ~を通るのさ~さりとて今は出~れぬ身の上、籠の鳥。押しても動かぬ剛~の門は、尊き父母の恵みで開く~♪

 

 突然、あの駱駝の隊商が現れたので、テムル・ブカはぎょっとしていた。

 

「な、なんじゃ!?この隊商はどっから涌いて出て来たんじゃ?はて?ワシはもう酔っておるのかの?」

 

「……神出鬼没でして。こっちが忘れかけた頃になるとふっと現れるんです。いつも学生達の試験の邪魔するんですから……」

 

「……まさかあやかしの類いではなかろうな?」

 

「……そうですね。不気味だと言う者もいますが」

 

 二人は長~い長~い駱駝の行列を眺めながら思った。やっぱり酔ってるのかな?と。

 

 この神出鬼没の謎の隊商の歌……

 押しても動かぬ剛の門とは?いったい何を意味するのであろうか?そして、尊き父母の恵みで開くとは?

 

 「ひぃっく。♪押しても駄目な~ら引いてみな~っと♪ってか。ガチャンせんかいガチャンと!ぶっ壊せ~!酒の恵みで開けろ~みんな酔わせてから開けろ~い」

 

 テムル・ブカの言っていることは不正解です。

 

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