第52話 雪花と紅線
「どうしたんじゃ!?」
「ちー坊、何か感じたのか?」
名匠もバヤンも心配していた。
二人は、槍から嫌な気が漂っているのを感じ取れる程、六感が並の人より優れていた。
「いえ、何も。ただ…… いきなり触るのも。名匠のおじさん、教えて貰えませんか?この槍に、いったいどんな歴史があるんですか?」
「歴史か……じゃあ紅線の生まれた日の話をしてやろう。誰が作ったかは不明。しかし、こんな伝説がある。遥か西の村に、たいそう器量良しな娘がいてな、毎日の様に沢山の若者が求婚してきたんじゃ。しかし、娘は全部断っていた。
娘には他に好きな若者がおってな、刀鍛冶の
家屋は焼き払われ、村人の多くは虐殺された。阿鼻叫喚……それは惨たらしい有り様じゃ。
娘は隠れていたが見つかってしまい、東の国の王に連れ去られた。
若者はどうしていたか?少し前、更に西の村へ仕事で出掛けていて難を逃れていたが、知らせを聞いて慌てて村へ戻った。しかし、愛しい娘の姿は何処にもなかった。若者は娘を取り戻す為東の国に旅立つが、時既に遅し…… 娘は城壁から身を投げて死んでいたんじゃ。全てに絶望した若者はある物を作ることにした。それは、愛する者達を引き裂こうとする者への復讐…… 王が天下一の武器を欲していることを知った若者は、今まで培った技術を使って最高の鋼で槍を作り上げた。
それは " 薄絹が
そうすることで、奴隷の力が鋼に乗り移って強硬となる "
まさに禁断の技!いくら奴隷と言えど、何の罪のない者にそんな酷いことなど出来ん。若者は決心した。なんと、自らの肉体に熱した鋼を刺した!〈焼き入れ〉ということじゃ。若者の
名匠の話を聞いた二人は鼻をすすっていた。
哀しい話は余り好きではなかったが、泣かずにはいられなかった。
「……それで若者はどうなったんですか?あの、やっぱり……」
「……ああ、" 仕上げて王に献上した直後、こと切れた "、とある…… 話はそこで終りだ。残念ながら。さあ、紅線を手に持ってごらん。大丈夫。ワシが一緒に持ってやろう」
名匠はシュエホァに紅線を握らせた。
「……紅線」
物に向かって話し掛けるなんて異様だが、この場合はそうするのが当然の様に思われた。
バヤンも、時々愛刀に向かって話し掛けているのを見かける。
名匠が言う天竺綱とは、ウーツ鋼のことだろうか。
ウーツ綱は失われた技術とされていて、現代では再現が難しいらしい。
そのウーツ綱を、シリアのダマスカスで鍛造するとダマスカスの剣と言われる。 奴隷の肉体に…… 確か『子供辞典シリーズ世界のオーパーツ』という本に載っていたのを読んだことがある。
子供向けに書いてあるので簡単な説明だったが、世界の〈失われた技術〉を持つ超古代文明の紹介があって楽しい。
(……ちょっと怖いかも。でも好奇心が勝ってるから見たいし……)
雪花に応えたのだろうか?紅線の穂先の木目模様は、ゆらゆらと炎の如く揺れて、その中に不思議な光景が映っているのが見えた。
愛し合う男女の想い出……
手を繋いでお花畑を走る二人。
それから場面は川辺に移り「アハハ。それっ!」「やあだ~もう!」と言いながら互いに水しぶきを掛け合う二人。そして月夜の晩、「綺麗な肌だね。鋼の様に美しい……」
「まあ、仕事のことしか頭にないのね。
だが、見る者にとっては身体中がこそばゆさを感じる程に、見るに堪えない情景だった。
「……泣きたくなるわ」
それを聞いたバヤンは訝しげに刃を見つめ、名匠は神妙な顔付きになった。
二人にはシュエホアが紅線と心を通じていると勘違いしている。
「そうか…… 他には!?何を思う?どう感じた?」
どう感じた?と言われても。
「え!?あの……思ったよりも軽くて、持ちやすいです。女性にも優しく使えそうですし、何より、持ち運びも便利で収納も壁に立て掛けるだけで良さそうですね」
シュエホアは、TVショッピングの〈高枝切りバサミ〉の宣伝みたいなことを言ってしまったと後悔した。
悪夢としか言い様のない情景を見た後だ。頭がぼーっとなって咄嗟に口から出た言葉だから仕方がない。
(ちぇっ、私だって負けないんだから!)
「か、完璧じゃ!素晴らしい!!まさにその通りじゃよ!もう少し付け加えると、部屋で物干し竿にも使える。装飾も良いし、部屋に飾ると格調高さが増すのも魅力なんじゃよ!」
名匠は、ワナワナと身体を震わせながら叫んでいた。
コメントに感動しているらしい。
「ほう、物干し竿ね……」
バヤンは自分も同じことを言ったら、さだめし、怒やしつけられるだろうと思った。
「それだけではないぞ!なんと、柄の石突の部分が抜けるんだ!中はな……」
名匠は柄の端にある、銀色の飾り部分を、クルクルとネジの様に回し始めた。
「分かった!!オヤジ、そこから仕込み刀が飛び出すんだろ!?」
「えー!凄い!そんな仕掛けがあるんですか!」
二人は期待に目を輝かせた。
「いや、これ箸入れになってるんだな!」
途端に二人はガクッとなった。
名匠は得意気に言っているが、あの中から出てくる箸は、誰も使う気はしないだろう。
いったいどんな発想で作ったのか?と思う。
「で、オヤジ。話はそれだけで終わりか?」
「ちゃ!黙っとれ!今から話すわい!!」
男性が話し掛けるといつもこんな調子だ。
「お嬢ちゃんが言った様に、紅線は女が扱えるくらい軽い。これは女の為に作ったのではないか?とも言われておる。乱世は、女には生き辛いからな…… 勿論、男も扱えるが、それは〈持ち主である女を守る時〉と伝えられとる。どんな状況かは知らんが……」
「あくまで女性が主体なんですね。あっ!守護する男性って特別な人を意味するんですか!?」
シュエホアの無邪気な笑顔に名匠は微笑みながら答える。
「そうだな。だから紅線という名前が付いたんだろう…… 」
突然、バヤンが自分も話に参加したくて手を上げた。
「はい!質問!!」
「何じゃい!?」
「主である女は嫁ってことでいいよな?じゃあ、先に嫁が死んだらどうなるんだ!?」
「あ、本当ですね。伯父様、いい質問をしてくれました!」
「そこまでは知らん…… 持ち主は数えて十一、二人はいたが、誰々まともに使ってたかどうかも不明じゃからな。でも旦那はいわばオマケじゃ。市場で買った蜜柑に、もう一個蜜柑を付けてくれた、みたいなもんよ!」
「オマケ!?オマケなんですか……」
(キャラメルのオマケみたいなもんなんだ。でもオマケ好きだったな……)
「マジか!?悲しいな……」
(……じゃあ、嫁から借りて使うって感じか!?やだな…… 貸し賃ちょーだい!とか言われたりってあるかもな。私は剣派だから関係ないけどよ)
(
二人は揃ってため息ををついていた。
「でも、私は主という器じゃないと思います……」
「いや、ちー坊!お前が触ってから紅線から発する嫌な気が消えてるぞ!」
「ああ!ワシも一緒に触ったからな…… お嬢ちゃんよ、紅線はあんたに興味を示したよ!まだ、主の候補かも知れんがな…… ワシは刀剣が専門なんだが、長年いろんな武器を見たから分かるんじゃ!ただし!紅線を扱うにはかなりの鍛練が必要じゃ。 まあ、これでやっと紅線は安住の地にたどり着いた。死んだ爺さんも草葉の陰で喜んどるよ!」
「じゃあオヤジ!ちー坊に教えてやってくれよな!」
「おいおい、簡単に言うなよ…… 習うより教える方が難しいんだぞ!ただ
「おじさんは槍の名人なんですか!?」
「……まあな。祖父さんが槍の達人だったから無理やり習わされた。秋なんとかって…… 偉い将軍の子孫だから技を絶やす訳にゃいかんとかなんとかって。地獄じゃったな…… 親父は才がなかったからワシが見込まれたのさ。親父も刀鍛冶だが、剣の腕は良かった!誰に習ったかは知らんが…… ワシは相手に接近するのが嫌だから剣は不向きだ!昔、身体から、すんごく激臭がする奴と剣で戦ったんじゃが、接近する度に本当に死ぬかと思った!!それ以来、剣では戦わん……」
「そんなに臭う奴がいたのか……確かに槍なら相手に接近しなくても済むな。オヤジの所は武術一家なんだな。でもやっぱり、得て不得手はあるもんだ」
「そりゃーあるわい!人間同士もそうである様にな。馬が合わん奴同士がそれさね。一緒になって何かをやらせようったって、無理なもんはどだい無理さ!それでお嬢ちゃん、槍を習うかね?槍は武器の王!紅線は女王だな。 ワシが思うに、扱える様になれば、これ程素晴らしい槍は他にない!我が槍術の極意を体得出来れば、" 深山の滝の流水横一文字に
当たり前だのクラッカーだ。
そんな無双的な戦い方が出来れば、しばしば超人扱いされている古代の英雄達は、誰も死んでいないことになる。
「……あ、いえ、そんな本格的なのは困ります!き、基本でお願い致します……」
(……怪我するのやだな。演舞しか知らないし……)
シュエホァは槍術演舞を習っていた。
突然、祖父の声が心に甦る。
ーー 大きく
(お祖父ちゃん……元気にしてるかな?)
蘇州の祖父は、若い頃からカンフー映画が好きで、中国武術をもとにした武術太極拳をやっていた。
世界武術選手権大会にも出場経験がある。老若男女いろんな国の人達が集い、日頃鍛えた技、演舞を披露する。
祖父は武術も好きで、
「よし!ホー!アチョオォォォー!ハイィィー!!
と、いう感じでやっていた。
祖父は槍を自在に操る。
傍目から見ると簡単に見えるが、揺らした時に柄がしなりを生むの
でかなりの重さになる。
まるで竹棒の先に重りをぶら下げている様な感覚だ。
これを腕力に頼らず、全身の筋肉を連動させて使わないといけないので、かなり高度な技術が要求された。しかも柄が3m以上と長いから震わせると強烈だ。
でも祖父は上手く負荷を調整、分散させるから凄い。
最近の祖父は太極拳のほうが好きなので、演舞の場合はぐっと短い槍を使用し、持ったまま鮮やかな側宙を披露する。
ごく稀に、祖母が大切にしている鉢植えに穂先が当って割ってしまい「アチョオォー……ヤバイィィ…… 必殺奥義 " アイヤ~鉢なんか初めっからなかったアル "よ ……」と言いながらこっそり秘密裏に片付けようとして結局見つかってしまい、祖母にこっぴどく叱られているのを見たことがあった。
その時はシュエホァも、「奥義!見なかったフリ~」って手を顔に当てる。
「雪花!お主は素晴らしい素質があるぞ!槍なさい!」
ダジャレか?と思う様なことを言われたがそんな祖父が大好きだ。
因みに、占い好きの祖母は、太極扇の愛好家。祖父と並んで華麗に舞う。
(……お祖父ちゃん。お祖母ちゃん。私は出来ると思う?また会いたいよ……)
ーー 今の言葉を、※声に出して言いリラックスしなさい。大丈夫だから。今にきっと、舞う喜びも知ることだろう。実は舞踊も武術も互いに切っても切れぬ仲だ。古典舞踊を見たことあるだろう?身体を使う多くの表現芸術は、武術の動作と技と宙返りから影響を受けているんだよ。
敵の剣を避ける技が、武術と舞踊の本来の姿なんだ。誰も傷付けたくなければまずは学びなさい!矛盾しておるかも知れんが意味を考えなさい!その内、闘うという本当の意味を悟れるかも知れん ーー
(そう、思い出した……)
「教えて下さい!私は、途中で投げ出したりはしません!!」
名匠に頭を下げて頼んだ。
名匠はシュエホアの澄んだ眼差しを見てうん、と大きく頷く。
「……よし。お嬢ちゃんは、今よりワシの弟子となった!ではワシの名前じゃが、
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