第35話 愛について珍問答?


「もう……いいですか?疲れましたし……」

 

 本当に、水の入ったバケツを持たされて立っていた。


「もう、しゃあないな!そこら辺にでも転がしとけ」


 そんなことを言われて本当にバケツを転がして辺りに水をぶちまけ、目が覚めたら寝床が濡れていた、なんてことにならないか心配になり、中身をこぼさないよう慎重にバケツを置いた。

 朝っぱらから水難の相は嫌だ。


「それからな、この世界での恋愛はやめとけ、実ったとしても辛いだけや」


「は?なんでそんなの言われなくちゃいけないんですか?ってか安心して下さい。私は自分の本当の年齢を忘れたワケじゃありませんし、誰とも恋愛しませんから!」


 (は?いきなり何を言うんだか……)

 

「ハハハ!でもやっぱり無理やろな。お前、今は洗濯板みたいな胸と、キューピー人形体型やけど、三年も経ってみい!ボン・キュッ・ボンとまではいかんかも知れんが、それに近いくらいにはなってるやろうし」


 洗濯板――バヤンと同じことを言っているが、こちらは正真正銘のエロオヤジだ。

 しかも失礼極まりないことを平気で口にする奴だ。


「それって、アザミもひと盛り、鬼も十八番茶も出花って意味ですか?」


 言ってしまった後、自分でも卑屈なことを言ってしまった気がして後悔した。


「そうやな。トクトアもお前を意識するやろう。そうなったらお前どうする?」


「ど、どうするって…… そうならないと思いますけど」


 本当は飛び上がりたいくらい嬉しい。

 死神陛下の言葉に、一喜一憂する。


「ハハハ!本当に抗えるんか!?

 自信はあるんか?え?無理やな!多分、お前は雰囲気に負けるやろう……」


「そんな……」


 それは言えてる。

 あんな美男が頬を染め、迫ってきたら抵抗出来る自信はない。


(きゃ~どうしよう!そうなったら断る練習しとかなきゃ!!)


 実にアホらしい発想だった。

 しかし次の瞬間、自分の実年齢を考えると次第に冷静になってきた。

 甘い幻想は、一気に何処かへ吹き飛んで行った。


(……でも、今の私は十代の女の子だし)


 そう、命短し恋せよ乙女だ。


「ほれ、この貼れる色付きの紙やるさかい、私は恋愛禁止です!って書いて、いつも持っとくか、目につく所に貼かせえ!これはなかなか効果あるぞ!」


 死神陛下はポストイットを手渡した。


「わ、私はトクトア様のことはなんとも……」


 (なんかひと昔のアイドルか、スポ根アニメの主人公じゃあるまいし。だいいちこんなの貼って、人に見られたら恥ずかしいじゃない!)

 

 確かに。

 

「ええから書いとけって!男女の仲になってしもたら、お前は好きな男を捨てられへんやろう。お前はきっと迷う。そして帰るチャンスを不意にする筈や」


「私達は、そんなふうにはなりませんよ!私は、決して誰も好きになんか…… 愛なんて、愛なんて。鼻クソみたいなもんですわ!」


 ついムキになってしまい、思ってもないことを口走った。


「お、お前、何もそこまで…… なんか寂しい人生やな……」


 死神陛下は、なんとも形容し難い表情をしている。


「まあ、なんぼ愛や何やゆうたかて所詮は、合体がしたいだけやしな……」


「は?セクハラですか!?」


「アホ!ほんまの話やんけ!それは本能や!年頃になると、異性を意識するやろうが。雄猿が尻の赤い雌猿を見てスイッチが入るんと同じや!人間かて〈本能の目〉でな、見てるんやで!なんぼ愛や恋やなんて、芝居や映画で美しゅううたっとるけど、結局、本能に左右されとるんや!」


 びっくり、死神陛下の方がよっぽど夢がない言い方をしている。

 いや、よく考えたら確かに的を得た話かも知れない。

 愛を理性で語り合ってるだけなら、いつまでたっても進展しないだろう。


(そんなドラマばっかりあったらイライラするし不気味かも。出生率も悪くなるし、人類は終わってるわね……)


 だけど至高の愛とか、不滅の愛という設定は、全ての女子の憧れではないだろうか?

 よく漫画などで、主人公に思いを寄せている男性は、ピンチになると身体を張って主人公を助けてくれるではないか。


(そんなロマンスってそうそうある筈ないか。その前に、私が恋愛論について語る資格もない。経験値が少ないし……でも)

 

「でも逆に、本能をうまく利用出来ればモテるかもですね」


 今、簡単に口に出してしまったが、いざそれを実践するとなると、自分には到底無理だろうと考えた。

 聞くのとやるのとでは話しは別だった。


(私って何も考えずに言っちゃってる……)


 死神陛下は驚いた。


「お前、聡いやっちゃな。でも無理は禁物やで。だって考えてもみいな、あんな見目麗しい男と一つ屋根の下におったら、お前、心が揺らぐやろう?誰かてそうやで!ワシかてそんなん絶対無理やがな!あ~あ、時時宮の門が壊れたせいで、ワシ、彼女に会いに行かれへんやんか!」


 最後の方の言葉に驚いた。

 自分で上級死神とのたまっておきながら、そんな不純な理由の為に時を超えるとは。

 なのに、こっちはボロかすに言われ、そのあげく洗濯板・キューピー人形と笑われている。

  もう怒りを通り越して呆れた。

 死神陛下はクソ~と怒って地面に落ちている小石を蹴っ飛ばした。


(何がクソ~よ!!こっちが言いたいわ!)


「さっき、絶対に開かない門だって聞いてましたけど……」


「おいおい。扉は開ける為にあるんやぞ!」


「はあ!?今の言葉は驚愕ものですよ!」


 ルールは破る為にある――それと同じ理屈を言っているように聞こえた。

 頭の中に職権乱用という文字が浮かんだ。


「ワシと時路宮姫、気が合うねん!」


「……はあ、そうなんですか」


(ったく、腹立つ!)


 その彼女とは誰なのかとても気になった。


「で、その彼女ってどなたなんです!?」


(生きてる人かしら?それとも霊体かしら?そもそも触れることなんて出来るの!?)


「ああ小野小町はんや!でも小野小町はんなぁ、着物脱がす時、一枚一枚脱がすんが大変やねん!でもこれからのことを考えたら……なあ!俄然やる気が出るんや!ほんでお楽しみが終わった後はちゃんと!元通りに着せたるねん!どうや?ワシはデキタ男やろ!偉い?」


 そんな詳しいことまでは聞いていないのに。こっちはどう答えたら良いか分からなかったが、死神陛下がしきりに誉めてくれオーラを出しているので仕方なしに褒め称えた後、こうコメントした。


「十二単は重ねたまま脱がせばいいんじゃないですか?多分ですけど」


「え!?ほんまか?ええこと聞いたわ」


 死神陛下は喜んだ。

 そしてこっちが頼んでもいないのに、小野小町のモノ真似を披露する。


「だって小町はんが、 ″ うちは、一枚一枚脱がせてくれはらんと、やる気が出やしまへんのや ″ って……」


 似てるかどうか判断つけ難いモノ真似は終了した。

 しかも声まで変えて、完全に本人になりきっている?所が凄いと思う。

 これがあの本人曰く、泣く子も黙る中華を統一した始皇帝なのか!?と、目も耳も疑ってしまう様な光景だった。


「そうや!ところで話が変わるが、あの黒い奴らは何で都に入れたか気にならんか?」


「え?どういうことなんですか?」


「大都の街は、ある神の姿を模して設計されてるねん。なのに、なんであいつらは入って来れたかや?結界やぞ」


 そんな話は初耳学認定モノだ。


「なんやお前、大都の街のことを、なんも知らんかったんか?よし、宿題や。この謎も一緒に解いとけ!」


「えー!!」


「あほ!どうせ暇やねんから考えとけ!とにかく、三年後や!頑張って生きろよ。トクトアに、今日は寒くないか?一緒に寝よか!とか言われても絶対にあかんぞ!あいつやったらさりげなく、そう言いそうや!それとな、時路宮姫ときじくひめが心配しとったぞ!」

 

「え?時路宮姫が?」


「お前、出会っとるで。あ!姫は黄色と金色が好きやねん。服装は黄色にするか、小物類を黄色か金色にしたらええぞ!礼儀や!」


 金運が良くなりそうだ。

 

「だから菜の花の時期なんですか……

 わかりました、その日は、ラッキーカラーの黄色ということで!」

 

「そうやぞ!姫の温情に感謝するのを忘れんように!」


 ではさらば、と死神陛下は手を振ると、辺りは靄に包まれ何も見えなくなり――そして朝を迎えた。


「寝てたのに疲れた…… あれ!?これは?」


 枕元には、死神陛下から半ば強引に押し付けられたポストイットが。


「夢だけど、夢じゃなかったんだ!あれ?夢なのに?まっ、いいか……」


 ポストイットには、こんなメッセージが書かれていた。


 雪花シュエホア

 花の命は短い、それは乙女とて同じである。もう恋をするなとは言わぬ。さあ青春を取り戻すがよい。

 ただし、傷付くのは自分独りと、いつも胆に命じておかねばならぬ。

 其の方は分別があると信じておる。

 来るモテ期到来に向けて爪を研いどけよ。

 では幸運フォルトゥーナを祈っている!

 秦の始皇帝


 読んだ後、少しほろっとした。


 

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