第34話 時路宮の門
死神陛下と話せるのは今夜限りだ。
「結局、あの黒い地を這うモノの正体は何ですか?」
死神陛下はすっくと庭石から立ち上がった。
「あれか?あれこそ、お前をこの世に連れて来た張本人や。いや、あれは使い魔や……お前を崖から引っ張り落とす係で、それを操っとる奴がおるっちゅうことやな。で、そいつが女店主の
「それが説明するのが難しいんやが、簡単に言ったら、
「凡人の私には到底理解が出来ませんが、門には人が入れないってことですよね……」
万策尽きたと思った。
もう、永久に帰れないのだ。
「まあ、その結論はまだ下さん方がええで。お前は、あの空間を確かに通って来たんやからな。門ゆうたかて、お寺の山門とちゃうぞ!その前に、お前に質問があるねん。ここへ来る前に、何か感じひんかったか!?」
(何か感じひんかったか!?って言われても…… 何かあったかな?)
実は、あの崖で起きたことを思い出すのが嫌だった。
あの霧と靄の中を下に向かって、何処までも落ちていく時の記憶なんて、消し去りたいくらいだった。
鮮明に覚えているのは虎とトクトアに出会ったことぐらい。
「思い出すのが嫌かも知れんが、必要なことやぞ!自分の明るい未来の為や!よーく思い出せ!何か前兆みたいなのがあった筈や!自分はあの日に何処におって、何しとった!?」
手を額に当て、あの日の状況を思い出すよう試みた。
この ″ 思い出しのスタイル ″ は、人によって色々だと思う。
推理小説に登場する探偵がそうだ。
頭をガサガサと掻いてみたり、部屋の中をうろうろ歩き回ったりする。
「見晴らしの良い所…… 私、手すりにもたれていました。それから突然、手すりの柱が地面から離れて……」
そこでストップ、と死神陛下が言った。
「いやその手前や!もう一度、しっかり思い出せ!空気が違ったとか。何か異変があった筈や!」
空気――?
もどかしく思いながらも、更に記憶を辿っていく。
「急に…… 周りが静になって。空気が重く…… 風が、突風が吹いていました」
他にも何か声のようなものを聞いた気がした。
それは地の底から響くような声。
今度は胸に手を当てた。
すると何故か不思議とあの時、自分に語り掛けてきた何者かの声を思い出すことが出来た。
シュエホアは死神陛下に向き直った。
「声が、声が聞こえました!聞いたことのない…… 誰かの声が!」
「それ、何て言うてた?」
死神陛下の、迫力のある怖い顔が近づいてきた。
「やっと 見つけたぞ、我が魂……と」
怖くなって声が震えた。
「……やっぱり。かなりヤバそうな奴や。早速調べるか……」
死神陛下は腕組みしながら、何か思案していた。
シュエホアは死神陛下に帰る方法が他にもあるのか尋ねた。
「帰れる方法か……」
死神陛下は額に皺を寄せて考えている。
「……ないこともないが……」
シュエホアは予想外の答えに喜んだ。
だが、死神陛下は暗い表情をしている。
「……
「え!?でも、時路宮の門って…… 危険なのでは?」
「他に方法はない!しかし、時路宮の門は壊れたから開くのは三年後や!修理に時間がかかるからしゃあないがな!でも安心せえ!直ったら大丈夫やからな!」
(結構かかるのね……)
三年もここに居ないといけないと知って、シュエホアはひっくり返りそうになった。
「本来、時路宮の門はなかなか開かへん扉や。歴史の証人でもある、
「じゃあ何故、死神陛下や私は大丈夫なんですか?」
「それは
「私には実感ありませんけど……」
「ってお前、ここに来る前、気を失っとったやんか…… でな、黒いのんは、見える奴らからしたら見えるねん。占い師らから見たお前は、さぞかし異様に見えたやろう。キラキラ光っとるねんけど、足元見たら黒いモンがウジャウジャ、気持ち悪い~!てなもんや。U○Jのハロウィンやったら誰も気付かんかもな」
自分はそんなに異様な姿で、大都の通りを堂々と歩いてたのかと思うとゾッとした。
「おかしな話、お前はあの屋敷に居る時と、バヤンやトクトアが側に居る時は、なんでかしらんけど、あいつら離れて行くねん!屋敷には強力な守護者か何かおるんやと思う。あいつらに関しては天然の結界やな!バヤンはなかなかしぶとい奴や。悪運が強い男やぞ!」
バヤンとトクトア恐るべし。
あの二人なら、下手な護符なんかより強力そうだ。
では屋敷の守護者とは?
書斎の壁に飾られているお面がそうかも知れない。
市場の射的でもらった景品、不気味な青い目が全体にデコレーションされている。
(ナザール・ボンジュウ!やっぱり小さい箱にしてて良かった!)
「ところで、私はその間どうしたらいいんですか?命の危険はないですよね?」
死神陛下は、今度は眉を寄せて考えていた。
「今のところはな。奴にしてみたら、死んでもたら困る筈や。しかし油断は禁物や!奴は魂は触られへんから、何か別の手を考えるかも知れん。何せ、わざわざ女店主の亡骸を、あんな往来に晒すようにしたからな。かなり頭のいかれた奴や!ワシら死神に挑戦状を送っとるようなもんやぞ!」
「じゃあ、門が直るまで、屋敷にいるか、ず~と伯父様達にへばり付かなきゃいけないんですか?」
「そうやな!あっ!お前さえ我慢して人身御供になったら済む話やないか!」
「まあ!なんでそんな酷いことが言えるんですか!?」
シュエホアは死神陛下を睨み付け、女店主が草葉の陰で泣いているかも知れない、と言った。
これが効いたらしい。
一言、済まん、と死神陛下は言った。
「……とにかく、時路宮の門が直らん限り無理や!三年後、
三年後、油菜花が咲く頃って。
えらく大雑把ではないか。
それでも、文句を言われるのを覚悟で聞いてみる。
「その、油菜花が咲く頃っていうのはわかったんですげど、具体的にいつなんですか?」
「何月の何日何曜日ちゅう事か?」
うんうんと顔を上下に振って返答を待つ。
死人陛下は宙を眺めながら言った。
「クイズや!自分で考え!」
シュエホアはずっこけそうになった
「ええ!?そんな……」
「何ゆうてるねん!三年後やぞ!時間はいっぱいあるんやから考えんかい!」
確かにそうだが。
「じゃあヒント下さい!クイズ番組でも、ヒント出ますよ!」
「クイズ番組ちゃうからいらん!
お前の努力と知恵で考えるんや!」
そんな無茶な。では春になったら毎日あの場所へ通って、いつ開くかも分からない門の出現を待てと?
しかも虎が出没するかも知れないのに――?
シュエホアが拗ねた様な顔をしているのを見て、死神陛下は仕方なくヒントを出した。
それはまるで、歌うかのような良い声で。
「全く。しゃあないな……
多分、漢詩の一節かも知れない。
「この意味を解けばいいんですね!」
「そうや!わかったか?」
シュエホアは自信を持って答えた。
「はい!!天は輝きを東曲に
おお、と死神陛下は感心する。
「流石や!!で!?」
「それが……」
シュエホアは小さい声で、わかりません、と答えた。
死神陛下はため息を付くと、もはや救いようがないといった顔をした。
「お前、アホやな…… そこで水の入ったバケツ持って立っとけ!」
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