第34話 時路宮の門

 死神陛下と話せるのは今夜限りだ。


「結局、あの黒い地を這うモノの正体は何ですか?」


 死神陛下はすっくと庭石から立ち上がった。


「あれか?あれこそ、お前をこの世に連れて来た張本人や。いや、あれは使い魔や……お前を崖から引っ張り落とす係で、それを操っとる奴がおるっちゅうことやな。で、そいつが女店主のかたきや。理由はなんでか知らんがお前の魂を欲しいらしい。ここに来た理由もまだわからんしな……ワシが見たワケやなし。おまけに匂いっちゅうか、気配まで消しとる……」


 雪花シュエホアは、自分の身体が少女に戻った理由も知りたかったので聞いてみた。


「それが説明するのが難しいんやが、簡単に言ったら、時路宮ときじくの門の空間の歪みか何かが、お前の身体を通過したんやろう。それでお前はそうなったんや。奴は現代まで行く為に、無理やり門をこじ開けた。それから時を超えてお前を発見、嫌がる魂を入れ物ごと拐って戻って来た。その時に魂は拒否反応を起こして、そこら辺にダメージを与えた筈や。そこへ奴も引っ張るしな。知っとるか?色も電磁波を出しとるねん。赤いパンツを穿いたら温なるんは、赤外線の効果やけど、それも電磁波の一種や。生きとる者からも出とる。魂と奴とお前からも電磁波が出て、もう洗濯機の中におるみたいなもんや。時路宮の門は強力な磁場や電磁波も発生する。そんな場所に水と油。磁石でゆうたら同じ極性同士の斥力みたいな、反発する力が働いてみいな…… わかるやろ?よう赤子にまで戻らんかったこっちゃ」


「凡人の私には到底理解が出来ませんが、門には人が入れないってことですよね……」


 万策尽きたと思った。

 もう、永久に帰れないのだ。


「まあ、その結論はまだ下さん方がええで。お前は、あの空間を確かに通って来たんやからな。門ゆうたかて、お寺の山門とちゃうぞ!その前に、お前に質問があるねん。ここへ来る前に、何か感じひんかったか!?」


(何か感じひんかったか!?って言われても…… 何かあったかな?)


 実は、あの崖で起きたことを思い出すのが嫌だった。

 あの霧と靄の中を下に向かって、何処までも落ちていく時の記憶なんて、消し去りたいくらいだった。

 鮮明に覚えているのは虎とトクトアに出会ったことぐらい。


「思い出すのが嫌かも知れんが、必要なことやぞ!自分の明るい未来の為や!よーく思い出せ!何か前兆みたいなのがあった筈や!自分はあの日に何処におって、何しとった!?」


 手を額に当て、あの日の状況を思い出すよう試みた。

 この ″ 思い出しのスタイル ″ は、人によって色々だと思う。

 推理小説に登場する探偵がそうだ。

頭をガサガサと掻いてみたり、部屋の中をうろうろ歩き回ったりする。


「見晴らしの良い所…… 私、手すりにもたれていました。それから突然、手すりの柱が地面から離れて……」


 そこでストップ、と死神陛下が言った。


「いやその手前や!もう一度、しっかり思い出せ!空気が違ったとか。何か異変があった筈や!」


空気――?

もどかしく思いながらも、更に記憶を辿っていく。


「急に…… 周りが静になって。空気が重く…… 風が、突風が吹いていました」


 他にも何か声のようなものを聞いた気がした。

 それは地の底から響くような声。

 今度は胸に手を当てた。

 すると何故か不思議とあの時、自分に語り掛けてきた何者かの声を思い出すことが出来た。

 シュエホアは死神陛下に向き直った。


「声が、声が聞こえました!聞いたことのない…… 誰かの声が!」


「それ、何て言うてた?」


 死神陛下の、迫力のある怖い顔が近づいてきた。


「やっと 見つけたぞ、我が魂……と」


 怖くなって声が震えた。


「……やっぱり。かなりヤバそうな奴や。早速調べるか……」


 死神陛下は腕組みしながら、何か思案していた。

 シュエホアは死神陛下に帰る方法が他にもあるのか尋ねた。


「帰れる方法か……」


 死神陛下は額に皺を寄せて考えている。


「……ないこともないが……」


 シュエホアは予想外の答えに喜んだ。

 だが、死神陛下は暗い表情をしている。


「……時路宮ときじくもんを通ればな!」


「え!?でも、時路宮の門って…… 危険なのでは?」


「他に方法はない!しかし、時路宮の門は壊れたから開くのは三年後や!修理に時間がかかるからしゃあないがな!でも安心せえ!直ったら大丈夫やからな!」


(結構かかるのね……)


 三年もここに居ないといけないと知って、シュエホアはひっくり返りそうになった。


「本来、時路宮の門はなかなか開かへん扉や。歴史の証人でもある、時路宮姫ときじくひめという女神が番をしとるんやけどな…… 悪霊とかも通られへんねん。無理にこじ開けたとして、通り抜けようとしたら浄化されてしまう。 そして故意に時を超えようとする者は抹殺や。歴史を変えるのはご法度なんや!だから、そいつは邪悪な魔物と一緒や!時路宮の門を二回もくぐり抜けておまけに壊しよった奴や!しかし、これは逆にチャンスや!奴はもう時を超えて逃げられへん筈やからな!」


「じゃあ何故、死神陛下や私は大丈夫なんですか?」


「それは時路宮姫ときじくひめの判断やな!ワシは上級死神やから、許可証なしで顔パスや!勿論、仕事で出張や。可哀想に、ヴラド三世はんは足留めやで。お前の場合は不可抗力で来たのを知っとるからな。お前がキラキラ輝くように見えたそうや。魂が助けを求めてたそうやで」


「私には実感ありませんけど……」


「ってお前、ここに来る前、気を失っとったやんか…… でな、黒いのんは、見える奴らからしたら見えるねん。占い師らから見たお前は、さぞかし異様に見えたやろう。キラキラ光っとるねんけど、足元見たら黒いモンがウジャウジャ、気持ち悪い~!てなもんや。U○Jのハロウィンやったら誰も気付かんかもな」


 自分はそんなに異様な姿で、大都の通りを堂々と歩いてたのかと思うとゾッとした。


「おかしな話、お前はあの屋敷に居る時と、バヤンやトクトアが側に居る時は、なんでかしらんけど、あいつら離れて行くねん!屋敷には強力な守護者か何かおるんやと思う。あいつらに関しては天然の結界やな!バヤンはなかなかしぶとい奴や。悪運が強い男やぞ!」


 バヤンとトクトア恐るべし。

 あの二人なら、下手な護符なんかより強力そうだ。

 では屋敷の守護者とは?

 書斎の壁に飾られているお面がそうかも知れない。

 市場の射的でもらった景品、不気味な青い目が全体にデコレーションされている。


(ナザール・ボンジュウ!やっぱり小さい箱にしてて良かった!)


「ところで、私はその間どうしたらいいんですか?命の危険はないですよね?」


 死神陛下は、今度は眉を寄せて考えていた。


「今のところはな。奴にしてみたら、死んでもたら困る筈や。しかし油断は禁物や!奴は魂は触られへんから、何かを考えるかも知れん。何せ、わざわざ女店主の亡骸を、あんな往来に晒すようにしたからな。かなり頭のいかれた奴や!ワシら死神に挑戦状を送っとるようなもんやぞ!」


「じゃあ、門が直るまで、屋敷にいるか、ず~と伯父様達にへばり付かなきゃいけないんですか?」


「そうやな!あっ!お前さえ我慢して人身御供になったら済む話やないか!」


「まあ!なんでそんな酷いことが言えるんですか!?」


 シュエホアは死神陛下を睨み付け、女店主が草葉の陰で泣いているかも知れない、と言った。

 これが効いたらしい。

 一言、済まん、と死神陛下は言った。


「……とにかく、時路宮の門が直らん限り無理や!三年後、油菜花ヨウツァイホア(菜の花)が咲く頃、お前はやって来た場所へ行くんや!ええか、忘れるなよ!これを逃したら、もう帰られへんぞ!」



 三年後、油菜花が咲く頃って。

 えらく大雑把ではないか。

 それでも、文句を言われるのを覚悟で聞いてみる。


「その、油菜花が咲く頃っていうのはわかったんですげど、具体的にいつなんですか?」


「何月の何日何曜日ちゅう事か?」


 うんうんと顔を上下に振って返答を待つ。

 死人陛下は宙を眺めながら言った。


「クイズや!自分で考え!」


 シュエホアはずっこけそうになった


「ええ!?そんな……」


「何ゆうてるねん!三年後やぞ!時間はいっぱいあるんやから考えんかい!」


 確かにそうだが。


「じゃあヒント下さい!クイズ番組でも、ヒント出ますよ!」


「クイズ番組ちゃうからいらん!

 お前の努力と知恵で考えるんや!」


 そんな無茶な。では春になったら毎日あの場所へ通って、いつ開くかも分からない門の出現を待てと?

 しかも虎が出没するかも知れないのに――?

 シュエホアが拗ねた様な顔をしているのを見て、死神陛下は仕方なくヒントを出した。

 それはまるで、歌うかのような良い声で。


「全く。しゃあないな…… ティエンカンフゥイユゥドンチュイーリーダオリーユゥ西シーアー。 これの意味が分かれば行けるやろ?」


 多分、漢詩の一節かも知れない。


「この意味を解けばいいんですね!」


「そうや!わかったか?」


 シュエホアは自信を持って答えた。


「はい!!天は輝きを東曲にげ、日は麗を西阿にさかしまにす。です!! 」


 おお、と死神陛下は感心する。


「流石や!!で!?」


「それが……」


 シュエホアは小さい声で、わかりません、と答えた。

死神陛下はため息を付くと、もはや救いようがないといった顔をした。


「お前、アホやな…… そこで水の入ったバケツ持って立っとけ!」

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