第33話 清らかな魂


「その話をする前に、ちょっと煙草を吸わせて貰えるか?」


 雪花シュエホアは煙草嫌いだが、話を聞く為と自分に言い聞かせた。

 てっきり煙管からしいと思いきや、ポケットから取り出したのはなんとびっくり。

 シガレットタイプの煙草で、おまけにジッポーライターを使って火を付けていた。


「え!?それは現代のじゃないですか!嘘!?」


 死神陛下は口をすぼめ、煙で輪を器用に作ってポッポッポと吐き出した。



「だってワシは、時路宮ときじくもんちゅうのをくぐって、過去と未来を自由に往き来出来るんや」


 この話にシュエホアは驚いた。

それで少し期待を込めて聞いてみた。


「ほ、本当なんですか!?でもひょっとして普通は通れないとか?」


「ああ、そうやな……」


 がっかりした。


(せっかく帰れると思っていたのに……)


 死神陛下は煙草の吸い殻をその辺にポイ捨てした。


「あ~!確かに見ましたよ!修行中なのでは?」


 そう言われると、流石の死神陛下も反論出来ず、渋々吸い殻を拾って、持っていた携帯用灰皿に入れた。

 ちゃんと持っているではないか、マナーを守れ!だ。


「ったく、目ざといやっちゃ」


 死神陛下は近くの庭石に座った。


「まず、何でお前が未来から来たのを女店主が知っとったかや!理由は、お前の魂を視たからや!分かりやすく言うたら、魂の方が女店主に語り掛けたんや」


 自分のあずかり知らぬ世界。

 シュエホアはなんと答えればいいのか分からなかった。

 その時路宮ときじくの門について、早く聞きたかったのだが、死神陛下の機嫌を損ねるかも知れないと思い、後で聞くことした。


「そうなんですか……」


「お前の魂が危機的な状況に、自ら判断をした結果や!これは非常に珍しい事例なんや!お前が助かったのも、お前の魂が綺麗やからや!確かにあの女店主の言うとることに間違いはなかった!お前の前世はかなり徳を積んだ者や。良い行いで人々を助け、慈しむ素晴らしい人や。

 それがあったから、お前はそないにピンピンしとれるんや!せやけどなあ、これに胡座かいとったらあかんぞ!今でも修行や!」


「つまり、生前の行い次第で、来世が変わるというのですか?そして、これからも良い行いをしないといけないと。魂がけがれるとか?」


「ま、そーゆうこっちゃ。カルマ(業)やな!宿題をず~と抱えとると思たらええ。お前は優秀や。いや、お前の魂が超優秀なんや!」


 自分は未知の世界と遭遇した。

 霊感商法もこんな感じで引っ掛かるに違いないと思った。


「あの……それで、私の魂は何と語ったんですか?」


 そうだ、結局はこれを聞きたかった。


「さっき話したやろ?ワシはな、宇宙人エイリアン語を喋っとるのと違うぞ!お前が未来から来たんを女店主に言ったんやがな!お前の代わりに!魂が、最高に霊感のええ奴を見つけ出して言うたんやな!しかもわざわざ危険を犯してまで。誰も付いて来てもたらあかんからな……」


(じゃ、そう話してくれれば良いのに……なんかわかりにくい)


 魂の導きで無断外出ということだったのか。

 確かに、屋敷の者が張り付いてもらっては困る。

 じゃあトクトアに尻をぶたれるのは、自分の意志とは無関係に勝手に動いて騒ぎを引き起こした、魂の身代わりということになる。


(痛かったのに。何か損をした感じ……無意識に?ってことか)


「女店主は最初、何でこのことを告げられへんかったんか?お前はどっちかちゅうとそっちが気になるんやろ?それと死因やな?」


 シュエホアの目は急に輝き出した。

 だが死神陛下はそこから、なかなか話を進めない。何故か両目を閉じている。


「あの……」


 シュエホアは何か言い掛けたが、今は喋るな、と死神に言われた。

 しばらくそんな感じが続いた。


「よし。大丈夫や、誰も聞いてない」


 死神陛下はホッとした表情をした。


「ワシらの話を聞かれてないか、念を送って調べとったんや――。実はな、女店主は解放を餌にそそのかされたんや。″ あの魂にはどうしても触れられぬ。欲しい、欲しい。娘の魂は身体ごと貰う。お前は協力すると誓え。さすればその見返りに、お前の苦悩や恐れを今すぐにでも取り除いてやろうではないか ″とな!」


「……怖い!」


 いったい何の目的があって自分の魂を欲しがるのか……


「実はあの黒い地を這うモノ、気の毒やと思たんやけど、あれはワシがお前に分かるように見せた幻みたいなもんや。夢やからな気にするな」


 夢だから気にするなと言われても。

 たとえ夢の中でも命の危険性を感じたのに。


小芳シャオファンさんは、殺されたんですね」


「……そう見えるかも知れんが、自分の身を犠牲にして浄化したんや。一旦、身体に取り込んでな!見事な相討ちやった……」


「……私の為に?」


 見ず知らずの自分の為に――?

 申し訳なくて、また涙した。


「いや、これで良かったかも知れん……お前の魂に触れたお陰で、女店主は生きる力が湧いたんや。自分もええことをしたい、ちゅうてな。優れた徳を持った魂を助けるのはな、物凄く尊いことなんや。悲しいかも知れんが、女店主は、良い来世を生きるチャンスを掴んだんや。今はまだ順番待ちやけどな」


 死神陛下は少し、目尻に涙を滲ませながら喋った。案外良い人なのかも知れない。


 女店主の言葉を思い出した。


 ――恥ずかしいことに迷っていて……正直…怖かった。


 女店主は思っていた。

 あと、三十年も寿命が残っている。年齢が高くなるにつれ、罪の意識に苛まれ、夜は亡霊達の夢を見て、怯える毎日だったのだ。

 生地獄。そして来世も地獄。

 そこへ黒い地を這うモノが現れた……

女店主は今現在よりも、実りある未来の方を選んだ。次の世にもう一度、生きる希望の為に。


(私の魂は、自分ではどんなのかわからないけど、あなたのこころは清らかで尊いと思っています。またいつか、出逢えたら……)


 感謝の気持ちで手を合わせた。

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