第32話 女店主の過去


「その目はまだ疑うとるな?言っとくけど、この服はな!いわば制服みたいなもんなんや!」


 始皇帝を名乗る男性は、腕を横に伸ばしたままその場でくるりと回った。


「あの……それで、始皇帝陛下は何の為にここへいらしたんですか?」


 雪花シュエホアは余計なことを言ったらまた面倒臭そうなので、そのままの彼を受け入れることにした。


「うむ。実はな、お前と知りおうたばっかりに死んでしもた、あの女店主に頼まれてな、わざわざ!ここへ足を運んだったんや!」


「え!?私と知りあったばかりにって、そんな……」


「そうや!ったく!お前なぁ、とんでもない奴や!あの女店主はな!あと、三十年は生きる筈やったんやからな!」


 あと、三十年は生きる筈だった……

 それを聞いたシュエホアは項垂うなだれた。


(でも、どうして!?会って話しただけなのに!そんな…… 私のせいで?)


 シュエホアには訳が分からなかった。

 しかし、自分のせいで亡くなったのなら、本当に取り返しがつかないことをしてしまった、と泣き出した。

 その様子を見た始皇帝は流石に言い過ぎたと思ったのか、少しだけ声のトーンを落とした。


「いや、まあ、そないに泣かんかてええがな。あの事件はお前だけが原因やなかったんや。あれはワシら死神も予見出来んかった……」


 死神――!?

その言葉に、シュエホアはまたしても驚いた。


「ワシが死神になったんはな、生前に悪い行いをしたからや。ワシのやったこと、歴史を習うたから知ってるやろ?悔い改めちゅうワケやな。魂の修行中みたいなものや」


「魂の修行……」


 元始皇帝の死神は、シュエホアの言葉に頷くと、突然、右足で地面をドンと踏み鳴らした。

 するとまるでプロジェクション・マッピングを見ているかのように、地面に見知らぬ場所の映像が写し出された。

 シュエホアは映像を見て驚いた。


「あっ女店主!あれ?何をしてるんですか!?」


 女店主は何処かの屋敷の大きな門の柱に必死でしがみついていた。

 それを、死神達や鬼達が必死で引っ張っているが、それでもなかなか女店主を引っ張り剥がせないでいた。


「あ~あ、まだ頑張っとるな!根性あるやんか!あんな大勢に引っ張られても、絶対に離れんのやからな!あれはなぁ未練や!!この世にまだ未練があるっちゅうこっちゃ。ワシが来た……」


 死神の話がまだ続いているにも関わらず、シュエホアは地面の映像に向かって叫んでいた。


小芳シャオファンさん!!」


 これを見た元始皇帝の死神は、呆れたように言った。


「アホ!!こんな所から叫んだかて聞こえるかいな!」


 ところが彼の常識を裏切る出来事が起こる。

 なんと呼び掛けに応じ、女店主がこちらを見た。驚く元始皇帝の死神だった。

 思わず映像に向かって叫んでいた。


「え!嘘やろ!?何でやねん!?」


 やっぱり、その声は向こうまで届いているらしい。別の死神がこっちの方を向いて言った。


「始皇帝殿!アップデートされたの聞いてなかったのデスカ?後でデスクにマニュアル置いときマ~ス!」


 その死神は欧州の人ではあるが同じく旗袍チーパオを纏っており、それも良く似合っているうえに、おまけに金褐色の髪と青い目の美男子だった。

 

「ヴラド三世はん!いつの間にそないなことが?いや~ワシ、知らんかったわ!おおきに!ありがとさん!!」


 なんだかTV電話みたい。

 でもどんな原理で?


「ヴラド三世!?通称串刺ツェペシュし公。 確かドラキュラのモデル!凄い人に出会ってしまったけど……あれ?時代が……もっと後じゃなかったっけ?今はいない筈では……」


 元串刺し公の死神は、シュエホアの目線に気付いて帽子を手に持ち、優雅に一礼した。シュエホアも負けじと腰を屈めた。

 元串刺し公は真っ白い歯を見せて笑うとウィンクして去って行った。

 その後ろ姿を見て、ぽーとなっているシュエホアを見た死神は開いた口が塞がらなかった。


「こらお前!何を見とれとるんや?全く、お前ちゅう奴は男前を見るとすぐこれや!」


 シュエホアは恥ずかしそうにうつ向いた。


「あの…… 私を忘れてませんか?」


 女店主の声が聞こえた。


「あっ、そうやったな…… 女店主!あんたはもう心配せんでもええ!ワシがちゃんとメッセージを伝えに来たんやから安心してあの世へ行きなはれ!」


「はい、分かりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」


 女店主は柱から手を離すと、門の内側に入った。しかし、一旦その場で立ち止まると、振り返ってシュエホアの方を見つめた。


「あの、お嬢さん、ごめんなさい!

 私、あの時は言えなくて。恥ずかしいことに…… 正直…怖かった……でも、死神陛下があなたの夢にって」


 死神陛下。元皇帝だったのでそう呼ばれているらしい。


「どうか、私が死んだことで自分を責めないで。私は救われたんです。あなたのおかげで苦しみから解放されました。本当にありがとう!そして…… さようなら!」


 女店主は泣いていた。


小芳シャオファンさん!私……」


 その先の言葉が出なかった。

 女店主は優しく微笑んで一礼すると、死神達に付き添われて門をくぐって行った。


「どうして?どうして…… あんな良い人が死ななければならないの?」


 シュエホアは女店主の言った言葉の意味が理解出来なかったが、善人である女店主の死が納得出来なかった。

 しかし、この後の死神陛下の答えに、頭から冷水を浴びせられたようなショックを受けた。


「良い人か…… お前、おめでたい奴やな。あの女店主は死んだら、地獄行き確実やったんや」


「……地獄ってまさか。悪い行いをしたから?」


「そうや!あの女店主は生前、人を騙くらかして金を巻き上げとったんや。霊感商法やな。手口なんかだいたい想像つくやろ?中にはどえらい借金までこさえてもた奴もおったんや。ほんで自殺や!中には一家心中した者までいたんやで!当然、みんな恨みながら死んだんや!!」


「そんな人…… 信じられないわ!」


「ふん、人なんて者は分からんで!しかし、あの女店主、あと三十年生きるのは辛かったそうや。夢にな、死んだ人が出てくるようになったんやと。早く地獄へ行け!地獄へ行け!永久に苦しめ!ちゅうてな。せやけど、お前に出会ったんが、あの女店主の運命を変えたんや」


「……そうなんですか」


 死神陛下は頷いた。それから袖からプラスチック製ファイルを取り出し、読み始めた。



「お前のプロフィールを見させてもろた。氏名、湘雪花シァン・シュエホア長いから省略。職業、作家。これが売れへん!ほんまの年齢は三十歳くらいにしとったる。独身!彼氏なし!もうふたつおまけに干物女と喪女や。ハハハ。まるでドラマに出てきそうやな!ハハハ」


 そんな失礼なことまで、書いてあるとは。

 しかも、気にしてる所はわざわざ強調しながら言っている。

 シュエホアは頬をぷーと膨らませた。

 死神陛下はシュエホアとファイルを交互に見ながら笑った。


「怒ったんか?まあまあ、そんなフグみたいな顔すんなって!!」


 愉快そうに笑っている。

 しかし、次の瞬間、急に真剣な顔になった。

 元始皇帝というだけあって、鋭い目付きに変わった。君子豹変。本当に良い意味で。

 それはかつて地上を支配していた頃の皇帝の目、天から地上を睨む龍のような目だった。 シュエホアは本当に始皇帝に会ったのだと実感した。


「女店主からのメッセージや。ワシを介してからやないとアカン意味!それを今からゆうさかい、よう聞いとけよ!ワシはお前と会うんは、今夜限りやからな!」

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