第31話 雪花、夢で始皇帝!?に会う


 次の日の午後、トクトアは二人の部下を伴い戻って来た。


「私と伯父上に仕えている部下だ。其方の護衛を勤めることもあるだろうから、紹介しておく。弓も剣の腕も確かで信頼できる者達だ」


アルタン・スフと申します」


ムング・スフと申します」


 まるで童話から出て来たような名前だ。

そのタイミングで執事のトゥムルが現れる。


「ほら、私が来ましたよ!お気付きになりませんか?私の名前はトゥムルですから、これで金、銀、鉄の全てが揃いましたね!」


 と、言って去って行くが、三人揃ったからって別に大したことは起こらなかった。

まさかとは思うが、わざわざこれを言う為だけに現れたのだろうか?その場にいた全員が苦笑いをしていた。

 二人共きりっとした顔立ちで艶のある黒髪を頭上でひとつにまとめていた。実に礼儀正しく、そして忠実そうな若者だ。

 警巡院でのスパイ活動は、彼らがしていたのかも知れない。


(気難しい上司の下で働いて、私のお守りも任されて、大変ね)


 なんとなく顔と背格好、名前も似ていたので兄弟かと尋ねた。


「よく言われますが違います」


 あっさり否定されてしまった。


「トクトア様、お二人に悪いですわ。わざわざ私の為なんかに、申し訳ないです」


 遠慮したが、トクトアは許さなかった。


「其方、私が話したことを忘れたのではあるまいな?言ったであろう!必ず護衛を連れて行くようにと!」


 怖い顔をされたうえ、睨まれてしまった。


(うわーおっかない)


 シュエホアは逆らうのを諦めた。

 トクトアの有無を言わさぬ口調と、

 こうと決めたら必ずやり遂げる鋼の様な意志の強さに、早くも白旗を揚げた。

長い物には巻かれろだ。

 

「では、おっしゃる通りにします。早速ですが、お二人に連れて行って頂きたい所があります。頼んでもよろしいでしょうか?」




 雪花シュエホアは二人の監視員と一緒に女店主の書店に行った。

 献花を供えるのが目的だ。

 店の前は、警巡院から来ているいかめしい顔付きの役人達がうろうろしているので邪魔をしないように、用意してきた花と線香を街の人々が作った献花台に供えて手を合わせた。二人の監視員も手を合わせている。

 入口の石畳の隙間には、まだ赤黒く変色した血が溜まっているのが見えた。


(小芳シャオファンさん、いったい何があったんですか?私はそのことについて調べようと思っています。どうか見守っていて下さい!

 私はなんとか頑張って生きていきます!)



 *∽*∽*∽*∽*∽*∽*∽*


 その晩、シュエホアは不思議な夢を見た。

 暗い夜道を独り歩いていると、突然何かに蹴躓けつまづいて転んでしまった。


「痛いな……もう!」


 夢の中でも痛みは感じるらしい。

 

「いったい何が足元にあるんだろう?」

 

 見れば何か黒くて長いモノがウジャウジャと地面にうごめいていた。

 黒く靄のようなものに包まれているので、はっきりと見えた訳ではいが、それは地を這うように進んでいた。


「まさか…… これが!?女店主が言っていたかも知れない!」


 慌ててその場から走って逃げた。


「結構走ったし。このへんなら大丈夫でしょう。あ~夢の中でも疲れるわ!」


 シュエホアは立ち止まって後ろの様子を見た。安心したのも束の間、ずっと後方から何か黒いモノが徐々に近付いてくるのが暗がりでもはっきりと分かった。


 グチャグチャ……グチャグチャ……

 グチャグチャ……グチャグチャ……

 

 それは粘着音を立てながら迫ってきた。

あまりの気味の悪さに全身に鳥肌が立ってくるのを感じた。


「げっ!しつこい!!早く逃げないと追い付かれる!」


 無我夢中で暗い夜道を走った。

 目の前に高い木々が生い茂った森が迫ってきた。

 森の方からひんやりとした冷たい空気を感じるが、道が続いているのなら入って行くしかなかった。

 後ろからアレが追ってくるのだ。

迷っている暇なんてない。

 道は途切れる事なくどこまでも続いている。しかし、何処まで走っても安全と思われる場所にはなかなかたどり着けなかった。

  いったい自分は何処の道を走っているのだろうか?

 普通なら絶対に通らないような、まるで樹霊こだまと呼ばれる人の精気を吸って生きている妖怪が居そうな場所。

 自分は見知らぬ所を気味の悪いモノに追われながらいつまでも何処までも走り続けなければならない。

 その心細さ、恐怖心で気がどうにかなりそうだった。

 やっと不気味な森をようやく抜け出した。


「もう大丈夫でしょう……」


 ところがその考えは甘かったようだ。

 後ろから相変わらず粘着音が聞こえてくる。


 グチャグチャ……グチャグチャ……

 グチャグチャ……グチャグチャ……

 

「もう!しつこいったらないわ!!いったい何処まで走らせるつもりかしら!?」


 いい加減、夢から覚めないかと思った。

 突然、前方に小さな灯りが見えた。

まるでシュエホアの声に反応したかのように。


(いつの間に屋敷が?でもあそこにたどり着けばなんとかなるかも知れない)


 屋敷はかなり古く、人気が全く感じられなかった。

 門扉の前には灯りが入った提灯がぶら下がっているので人は住んでいると思われるが。

 シュエホアは扉を叩いた。


「夜分遅くに済みません!軒下でも構いません。門から中へ入れて頂けませんか?お願いします!!」


 たとえ夢であっても、余所様の家に勝手に入るのには許可がいると思っている自分がいた。それだけリアルな夢だった。


 グチャグチャ……グチャグチャ……

 グチャグチャ……グチャグチャ……

 

 黒い地を這うモノも到着したようだ。

 シュエホアは焦った。

 門扉は固く閉まっており、押しても引いてもびくともしない。

 古いくせに門扉だけは頑丈のようだ。

 

「万事休す?嘘でしょ?」


 不意に、ギィ―ッと不気味な音をたてて門扉が開き、僅かな隙間から青白い手だけが招いていた。


「……中へ入るがよい」


 しわがれた男の声。

普通ならぎょっとする光景だが、後ろから迫り来る恐怖の方が勝っていた。

 迷うことなく門の内側に入った。

 グシャグシャと門扉に当たる不気味な粘着音。まさに間一髪だった。

シュエホアはホッと胸を撫で下ろした。

もしも捕まっていたなら、自分はどうなっていたのだろう?


「まさか!?そんな……」


 女店主の身に何が起こったのか?ここへ来てやっと理解した。


「そう、其の方の考えている通りである!ちと場合が違うのだが…… まあ正解としよう!しかし其の方は鈍感だな。勘の鋭い読者は気付いておるぞ!」


 目の前には青白い顔をした男性が腰に手を当て、偉そうにふんぞり返っていた。

しかも清朝の旗袍チーパオを着ている。

 それを見たシュエホアはびっくり仰天。


「げっ!キョ、殭屍キョンシー~!?おでこに貼る、お、お札、何処!?」


向こうもそんなことを言われるなんて。

たとえ夢でも、夢にも思っていなかったらしい。


「キョ、キョンシーだと!?ぶ、無礼な奴だ!せめて〈ラストエンペラー〉だろう!我は、秦の始皇帝である!!頭が高い!控えおろう!」


 〈ラストエンペラー〉なんでそんな映画を知っているのだろうか?という疑問は、ひとまず脇にでも置いといて、シュエホアは地面にひれ伏すと、神妙な顔をして言った。


「はは~っ、そうとも知らず失礼致しました!ご無礼のほど、何卒お許し下さりませ~先程は命をお助け頂き、誠にありがとう存じます」


 それから、ニタっと笑った後にこう言った。


「な~んちゃって!始皇帝!?本当なんですか?」


 疑いの眼差しを向けられているが、それでも男は堂々としていた。


「真実であるぞ!我は始皇帝である!!」


「嘘でしょう!?だってあの始皇帝がよ!嫌っていた筈の北方民族の服を着るだなんて!そんなのありえないもの!」


 始皇帝は北方民族の侵入を防ぐ為、万里の長城を築き始めたは誰もが知るところ。

決して将来の観光資源を築く為ではない。

シュエホアが、馬鹿にした様に笑っているのが気に障ったのか、むきになって怒る始皇帝を名乗る男性。


「嘘ちゃうわ!ほんまやぞ!!ワシが中華を束ねた泣く子も黙る、始皇帝じゃ!!よう覚えとけっ!!」


(なんでそんな変なしゃべり方に?本当に始皇帝なのかしら!?)



 役に立つ?豆知識。

 旗袍チーパオについて。

 もう、ご存知の方もいらっしゃると思うが、

 現代でチャイナ服と思われているのが、この服で、女性はサイドに大きくスリットが入っているセクシーなデザインが有名だが、これは騎馬民族に多く見られる特徴である。

つまり馬に乗りやすくするため。

 もともとは北方民族の服。

 漢服の現代版ではない。

 中にはこれがチャイナ服!!って思われることに反発を覚える方もいらっしゃるだろう。

 多民族国家、長い歴史の中で領土争いが、何度も何度も繰り返されてきたのだ。

勝った民族が、自分達の服装と文化を強要していたというワケ。

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