第28話 雪花、お仕置きされる
♪幾つもの山~と砂漠を越えて
幾つものジャムチを通るのさ~
都の夕焼け空は最高さ~
帰ろう~我が家に帰ろう♪
隊商は貴族の屋敷がある区画へと進んだ。
「あ、屋敷だわ!!」
シュエホアを乗せている駱駝はゆっくりと地面に伏した。
「あ、ありがとうございました!」
隊商の駱駝はカラコロ、と鈴を鳴らして再び歩き出した。
その後ろ姿に向かって手を振る。
驚いたことに隊商も手を振り返している。
顔はこちらには向けないところを見ると、意外とシャイな人達なのかも知れない。
(なのに、あの歌を堂々と歌ってるのが凄いわ……)
夕闇のせいで隊商の顔はほとんど分からなかったが、いつかまた再び会える日が来るに違いない。
学生達からは科挙を邪魔する存在であると恐れられているが、本当は心優しい人達だったのだ。
人拐いなどと思った、自分を恥ずかしく思った。
屋敷に入れば思った通りみんな大騒ぎしており、ユファは大泣きしながら側に駆け寄った。
「お、お嬢様、も、もう、二度と帰っていらっしゃらないかと……」
「皆さん!本当に申し訳ありませんでした!ユファ、本当にごめんね!」
執事のトゥルムや侍女監督のナルスはお互い顔を見合せてホッとしていた。
シュエホアは身勝手な行動をしてしまった自分が恥ずかしかった。
大人として失格だ。
家人達は無事に戻られて良かった、と喜んでいたが、誰も責める訳でもなく咎める事もしなかったのが、かえって辛い。
しかも、バヤンとトクトアが馬を走らせ、今も方々探し回っていると聞いた時は、穴があったら入りたいと思った。当然、この後バヤンとトクトアにお説教された。
「こら!!いったい何処へ行ってたんだ!?みんな心配しとったんだぞ!若い娘が暗い夜道を独り歩くなどあり得んことだ!!」
「行くのなら行き先を告げてからだ!!」
(え!?外出しても良かったんだ……)
わざわざ脱出したのは、いったい何だったのだろう。
夕食が終わると、案の定トクトアから書斎に呼び出された。
現代の時間なら午後八時。
そろそろ鐘楼と鼓楼が鳴り始める頃だ。
この鐘楼、遠ざかれば遠ざかる程鐘の音がよく聞こえたという。
シュエホアはいつもは待ち遠しく思っている鐘の音が、これから我が身に振りかかるであろう地獄の到来を暗示しているかに思えて不安になった。
書斎の扉を開けるとトクトアが立っている。
一見表情は穏やかに思えるがそれはポーカーフェイスだ。
「シュエホア、こちらへ」
とても嫌な予感がしたが仕方なく側に寄った。すると、いきなりトクトアがシュエホアを捕らえ、椅子まで抱えて行ってそのまま腰掛けた。
突然の出来事に、シュエホアはほとんど抵抗する間もなく彼の膝の上に乗せられ、間をおかず、今度はうつ伏せにされた。
(え?え?な、何!?まさか!!
お尻を叩くとか!?)
「仕置きだ!皆を心配させおって!」
トクトアはシュエホアが逃げない様にしっかり抱えると、思いっきりその尻を叩いた。
「やっぱり~!!キャー痛~い!!」
両足をバタバタさせる。これではまるで子供と一緒だ。
「これはユファの分だ!」と、またバチンと叩いた。
「ひえぇぇ~!!ごめんなさい!」
「これがトゥムルの分だ!」と、いちいち家人の名前をひとりひとり挙げていっては尻を叩く。
悲鳴を聞き付け、バヤンと執事のは心配になって様子を見に行った。
シュエホアはトクトアの膝の上でぐったりしており、上体はトクトアの脇に挟まれ、尻はこちらを向けたままの格好だ。
それを見たトゥムルは、手を合わせて拝んでいた。
「おや?頭隠して尻隠さず。みたいでございますな。しかしお嬢様のお尻。立派になられて!安産多産ですぞ!まことにありがたい事に存じます!」
バヤンも一緒になって拝んでいるが、場所が場所だけに撫でてやる事も出来ず放っておくしかなかった。 それでもいささか行き過ぎた行為だと思ったので、それとなしに注意したつもりだったがなんか違う。
「おいトクトア。相手は
トクトアは、軽い目眩いを起こしかけた。
「う~痛~まだヒリヒリする……」
シュエホアは部屋に戻って寝台の上でうつ伏せになった。
痛くて仰向けになれないからだ。
心配したユファが花茶を持って現れた。今回は
「お嬢様!大丈夫ですか!?」
「大丈夫……じゃないみたい。トクトア様のバチンは滅茶苦茶痛かった。これでもか、これでもか!ってくらいにひっぱたくのよ!」
確かに黙って屋敷を抜け出した自分が悪いが、何もあんなに叩かなくてもと思った。
ユファから
香りも良くとても美味しい。
甘味があるからきっと蜂蜜が入っているからだろう。
「ありがとう。ユファが入れてくれたお茶、本当に美味しいわ!」
ユファは笑顔でシュエホアを見ていた。
勿論、帰って来てくれたのは嬉しかったが自分はある秘密を知っている。
それが楽しく、微笑ましいものだったからどうしてもニヤニヤしてしまう。
(お嬢様はお気付きにならないでしょうね。でも、申し上げればトクトア様が罰にならぬ!とおっしゃったし……)
『よいか、私が入れたことは絶対に言ってはならぬぞ!』
それでもユファは、シュエホアがいなくなった後のトクトアの様子を言わずにはいられなかった。
「あの馬鹿娘が!!」
家人達が驚くような大きな声叫んだで後、すぐさま馬に飛び乗って髪を振り乱して駆けて行ったこと。
バヤンも、トクトアの怒った顔など久しく見たことがなかったのでとても驚いていたと。
「トクトア様は、それはお嬢様のことをとても心配されていましたから。侍女達は皆、羨ましそうでした」
ユファが他の侍女達から聞いた話に寄ると、あんなに感情を表に出しているトクトアを見たのは奥方(伯母)様が亡くなって以来のことらしい。
「だって、トクトア様のお膝に乗って…… キャー!!私ったら何を言ってるんでしょう!」
ユファは自分でそう言って顔を真っ赤にしていた。
シュエホアはちっとも羨ましくないと思った。
(ユファ、ただ乗っていただけではないのよ。尻を思い切り叩かれたの……)
「きっと、トクトア様はお嬢様のことを本当に大切に思っていらっしゃるんですわ!」
「……私を大切に?」
突然いなくなった自分を心配して大都の街を馬で駆け抜けるトクトアの姿を想像した。
勿論、途中で馬を引きながら歩いたこともあっただろう。
それは単に責任感からかも知れない。彼はそういう人だから。
今までの自分に対する接し方を思えば分かる。
ユファの言ったことをそのまま真に受けるのはよくないと考えた。
(そこがやっぱり三十過ぎの女なのよね。なんか、寂しい考えだわ。夢がないっていうか……)
その夜シュエホアはなかなか眠つけなかった。
あの不思議な女店主。気味の悪い黒い地を這うモノもそうだが、それとは違う別の事を考えていた。
トクトアのことだった。
(お尻を叩くって事は、やっぱり自分を子供ぐらいにしか思ってないってことかしら?って、トクトア様ってサディスト!?まあ、あの顔でマゾヒストってのも嫌だけど……)
お陰で昼間に出会った名も知らない白い馬の貴公子を思い出さずに済んだくらいだ。
「考えてたって仕方ないのに……」
そう呟き、頭から布団を被った。
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