第27話 書店の不思議な女店主
「お嬢さん。あなた…… ずいぶんと大変な目に合われたようですね」
女店主の言葉に、
「……と、おっしゃいますと?」
シュエホアは訝しげに女性を見つめた。そこはやっぱり少女ではない。中身が三十代の女性である。
女店主はそこまで言っておきながら、なかなかその先を続けようとしなかったが、シュエホアの目が段々と眠たげな目になってきているのを見て決心がついたのか、
「……あなたの足元に…… 何か沢山の黒い地を
「黒い地を這うモノ……ですか?」
(げっ、蛇か百足!?)
「私には視えるの。それがいったい何かまでは分からないけど……」
と、それから先を続けようとした時、
突然、女店主はシュエホアの目の前で自分の喉を掻きむしろうとした。
「ううっ!!」
「え!?」
咄嗟にその手を掴んだ。
これ以上皮膚を傷つけないようにする為だ。
女店主は酷く苦しそうにしていた。
「大丈夫ですか!?」
「ウ……ククグッ…ア……」
間もなく女店主は気を失った。
シュエホアは面食らいながらも、まず意識があるかどうか声掛けをした。
反応はないが、幸い呼吸もしており、脈もしっかり感じられた。
トクトアの書斎にある『家庭の医学』を読んでいて良かった。
「でも救助要請が必要だわ!屋敷に帰って誰かを呼ばなくっちゃ!でも近くの病院の方が早いかも……」
病院など、何処にあるのか分からないが、人命に関わる事。
意地でも見付けるしかない。
「とりあえず、誰か代わりにここを見ててもらわないと」
通りに出て、助けを呼びに行こうと入り口まで駆け出した時、女店主が意識を取り戻したことに気づいた。
「お嬢さん…… 私なら大丈夫。ありがとう……」
女店主は身を起こしたので、すぐ様引き返して上体を支えた。
「大丈夫って。今はそうかも知れませんが、症状が普通ではありません!他の病気を疑うべきです!」
「本当に大丈夫なのっ!お水が飲めれば。実は喉が乾いてしまって……」
「じゃあ、私が持ってきます!この奥に部屋があるんですよね?」
シュエホアは薄暗い店の奥に進み、水屋箪笥から木のコップを取り出すと、卓子に置いてある水差しからコップに水を注ぎ、急いで女店主の側に戻った。
「はい、お水です」
女店主はコップを受け取ると、ゆっくりと美味しそうに水を飲んでいた。
「済みませんね……本当にありがとう。もう大丈夫」
「良かったです」
早く話の続きが聞きたい。
意識が戻ったところで申し訳ないと思いながらも、矢も盾もたまらず聞いてしまった。
「あのさっきのお話…… あなたは、私が大変な目に合ってるって、どうして分かったんですか?」
女店主はすぐに答えなかった。
何か言いにくそうにしている。
「その前に、少し待ってて下さる?あなたの髪を一本頂けないかしら?」
「え?かまいませんけど……」
女店主は、シュエホアから髪を一本抜き取ると、店の入り口の方へ歩いて行った。
それから不思議な作業を始めた。
女店主は懐から小さな茶の小瓶を取り出し、入り口の地面にシュエホアの髪を落とすと、その辺りに瓶の中身を振り撒き始めた。
シュエホアはこの不思議な作業を見守った。辺りは、にわかに
戻ってきた女店主は酷く緊張して見えた。
しかも息まで弾ませながら、入り口の方をしきりに気にしている。
「あの…… 今のはひょっとして、結界ですか?」
「ええ。あなたの髪に釣られて出て行きました。髪が
女店主の言葉にとても驚いたが、同時に嬉しく思った。
やっと、自分の事を理解してくれる人に巡り会えたのだ。
女店主は
「お嬢さん、あなたの足元にいたモノ。あれは、良いモノではありません。さっき、私がその事を伝えようとしたのですが、私の首に巻き付いて邪魔をしたのです。あなたは視えなくて本当に良かったっ!」
これまでの異常事態を思うと、今更何が起こってもそう簡単には驚かない筈だった。
徐々に耐性がついたようだ。
ところが今度は、ホラーな事に巻き込まれたらしい。鳥肌が立ち、背筋がゾッとした。
何故自分を見て占い師達が怯えて逃げ去ったのか?これで謎が解けた。
彼等には見えていたのだ。
その ″ 黒い地を這うモノ ″ の姿が。
「あの、どうして私が未来から来たのが分かったんですか?」
「……それは分からないの」
直感的に嘘だと見破った。
分からない、と言った時の女店主目の動きが怪しかったのだ。
(この人は知っている。どうしてそんな嘘を付くのかしら?)
「……帰る方法はありますか?私は…… 私は帰りたいのです!!」
シュエホアの悲痛な訴えに、店主はしばらく考えていたが、やがて悲しそうな表情をし、首を横に振った。
「残念ながら、私には帰る方法が分かりません。今は…… 何の力にもなれず申し訳ないと思っています。しかし、諦めずに探していくつもりです。どうかあなたは諦めずに生き抜いて下さい」
女店主はシュエホアの目をしっかりと見つめ、その手を取って力強く握りしめた。
決意を込めた目の強さは、決して嘘ではないと確信した。
「お嬢さん、あなたは稀にみる強運の持ち主ですね。きっと、前世は徳のあるお方だったのでは、とお見受けします。その善い行いが、今のあなたを守っているのです。あなたを助ける事は私にとっても、救いになると思っています。どうかその美しい魂の輝きを大切に!」
「私の前世が徳のある人ですって!? ……何故私を救うことが、あなたの救いとなるのですか?」
それは、と言い掛けて女店主は口をつぐんだ。
「明日も…… 来て頂ければ。お話しますわ」
「……分かりました」
明日、再び訪れると約束したシュエホアは店を後にした。
明日に、一縷の望みを託す。
だが、今は暮六つ時。
「大変!急がないと!」
慌てて屋敷へ急いだ。
今頃、自分が居なくなった事で、大騒ぎになっているに違いない。
ダッシュで走るが、屋敷までの道のりは頭の中で描いているよりも遠く、途中でへたばってしまった。
「ハア……ハア…も、もう、駄目……」
もうフラフラ。海子橋の欄干にもたれて休憩する。
運河沿いの道からパッカポッコと荷台を引いたロバが現れた。
荷台には人の良さそうなおじさんが乗っている。
あれに乗れたら良いのに、と見ていた。
♪幾つの山~と砂漠を越えて
幾つものジャムチを通るのさ~
都の夕焼け空は最高さ~ ♪
なんか聞いた事のある歌だ、と見ていると、駱駝に乗った隊商が目の前を通った。
鞍に付けている鈴がカラコロと綺麗な音を響かせていた。
今回、歌詞を少し変えていた。
(あれ?なんか前より、駱駝の数が増えた様な……)
最後尾の駱駝が通り過ぎたと思った時、いきなりシュエホアは腕を捕まれ、そのまま上に向かって強い力で引っ張り揚げられた。
「え!?ちょっ、ちょっと!!」
それはあっという間の出来事だった。
足は地面から離れたと思ったら、次の瞬間にはちょこんと駱駝の背に乗せられている。
「あ、あの降ろして下さい!」
シュエホアは降りようとするが、強い力で腕を掴まれている為、逃げられなかった。
シュエホアは降りる事も出来ず、隊商の駱駝の背に揺られるしかなかった。
(大変!人拐いだったんだ!どうしよう!?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます