第25話 運命の人?
♪山~の~娘さ~ん、誰~の~為~に羊追う、 涙~は~袖濡らし、何~が~そんなに悲し~いの?♪
〈
「お嬢様なりませんっ!貴婦人のなさる事ではございません!」
「え~でもお世話になってますし……」
「お手が荒れます!!」
家人達に箒を取り上げられてしまった。仕方がない。バヤンとトクトアの剣の稽古を見学に行った。
「こら、箏か刺繍でもしていなさい!」
「気が散る。書斎で本でも読んでおれ!」
二人共、剣の鍛練に余念がない。
お互い木刀を使って手合わせしているが、その表情は真剣そのものだ。
「ちぇっ、つまんないの!」
ぶつぶつ独り言を呟き二人の前を通り過ぎた。
そして二人の見えない所まで移動すると、口の端を広げてニタ~と笑い、庭の隅の大きな庭石の隙間に予め隠しておいた風呂敷包みを掴んだ。
「いざ出発っ!」
目にもとまらぬ速さ?で駆け出し、庭木を伝って塀に登り、勇ましく掛け声をあげながら塀を飛び越え見事に着地、手を水平に伸ばしポーズを決めてみた。
「決まった――っ!カッコいいっ!」
ところが、立ち上がって走り出そうとしたところ、
「痛~!やっぱり動きやすいのに着替えてくれば良かった……」
幸い擦りむき等の怪我もなかったので、衣服に付いた砂を手でぱっぱと払い落としていると、近くで馬の
さして馬の方を見る事なく端に寄るが、馬は何故かその場に留まったままだ。
「君、大丈夫!?」
「!!?」
夢にまで見た〈白い馬に乗った貴公子〉が、こちらを心配して声を掛けてくるではないか。
シュエホアは驚きの余り、声が出なかった。
貴公子は下馬をすると、シュエホアの手を取り怪我がないか確認した。
「良かったね、怪我がなくて。君はこの屋敷に住んでるの?」
貴公子は優しく微笑んだ。
髪の色は黒く艶があり、とても端正な顔立ちをしている。
爽やかな好青年。
こちらは一言も発する事ができなかったが、それでも頷くくらいはなんとかした。
「そう良かった。じゃあまたね!くれぐれも怪我には気を付けて!」
貴公子は輝くような笑顔を向けると、ひらりと馬に跨がり、手を振って爽やかに去って行った。
(し、白い馬!確かに白い馬だった……まさかあの人が!?)
だがそんな筈はないと、直ぐにその考えを打ち消した。
それからしばらくは無心になって歩いてみたが、やっぱり先程の貴公子のことが気になって仕方がなかった。
(何処の貴公子様だろう?近所に住んでるのかな?素敵な人だったなぁ。お金持ちなのは言うに及ばず。優しいし・爽やか・気さくな人柄・の三拍子。でも転んだの見られちゃったな…… まっいいか!)
「家人達は庭掃除に忙しい。伯父様とトクトア様は剣の鍛練。おかげで上手く屋敷を抜け出せたわ!これ以上部屋にいると、息が詰まる……」
こんなことを言うには理由があった。
最近、ある悩みが出来た。
トクトアと一緒にいると緊張するのだ。
彼は感情の起伏が、他の人よりも分かりづらかった。
シュエホアも社会に出て、そんな感じの人と接した経験から、どう対応すればいいのか自然と分かっていたつもりでいたが、それでも彼はなんというか、普通の人とは違っていた。
はっきり言えばもっと重かった。
妙に息苦しい――その理由がわからない。
(コミュニケーションを取る為に、自分も無理をしていたのかも……)
彼は休日はいつもシュエホアのお守りをしてくれた。
漢詩の朗読や書画の手解きに琵琶の弾き方や、時には庭で弓矢の扱い方まで教えてくれた。
シュエホアは、いつか彼の前で何かヘマでもやらかさないかと、常に緊張していた。
(こんな美男がいつも自分の側に居てくれるなんて。なんて贅沢な悩みだろう……)
彼は美しい。
その美貌は一級芸術品級のように。
実はそれも悩みだった。
隣に立つと、なんとなく気後れしてしてしまうのだ。
多分、自分の本当の年齢を意識してしまうからだろう。
そんな時は、直ぐ様部屋に引き返して姿見の前に立ち、今の自分の姿を確認してしまう。
おかしな話だが、あれほど元の身体に戻りたいと願っているにも関わらず、彼が側にいる時は、少女の姿でいたいと思っている自分がいることに気付いた。
本当に。自分自身も、どうすれば良いか分からず困っていた。
「……
両手を顔の前で組み、乙女な自分を演じる。
そこへ、街路樹の枝に留まっていた一羽の
「うるっせーな!この馬鹿鳥!石かっつけるぞ!!」
少しは気持ちに余裕が出て来たのかも。
(はっ!
深く反省する振りをしてから罰当たりなことを言ってみる。
「きっと、これは伯父様の影響だわ!」
って、そんなことを言っている場合ではなかった。
今日屋敷を脱け出したのは、もう一つ重要な理由からだった。
「そうだった。息抜きだけじゃないわ。帰る方法も見つけるんだった……」
現代に帰る方法なんて、本当にあるのかどうか現時点ではなんとも言えないが、ただいたずらに無駄な時間を過ごすよりかはましだった。
いつだって希望はもたなければならない。
「とにかく!屋敷から出たかには、何かヒントを探さなければ!」
シュエホアが後先考えずに動き回っている頃、 バヤンとトクトアは稽古の合間、茶で一服していた。
突然、バヤンは鼻がムズムズするのを感じた。口には茶を含んでいる。
その様子を見たトクトアは、今声を掛けるとこっちに顔を向けるかも知れないと考え、そっと距離をとった。
フガフガフ~とバヤンは必死で耐えているようだが、とうとう耐えきれなくなった。
「フ、フッフッフ~ボ~ブッホォォォ――!!」
と、口から盛大なるお茶の
例えるならそれはマーライオン!?
でも綺麗な虹までは再現出来ない。
ここで、やっとトクトアは声を掛けた。
「伯父上、大丈夫ですか?」
大丈夫だ、とバヤンは答えた後、鼻をズズ~っとすすった。
「誰かが私の噂をしておるのだろう。絶対、ロクな事を言っとらん。そうに決まっておる!」
それは正解だった。
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