第24話 土産物
三人は、
途中、通恵河(運河)をまたがる巨大なアーチ式の
「うわ~すごい!いっぱいの荷物!」
「こらこら!そんなに身を乗り出して見てると、河に落っこちるぞ!」
バヤンは声を掛けるなり、いきなり身体を揺すって脅かした。
「ほらー!落ちるぞ!!」
「キャー!!」
シュエホアがキャッキャと笑っているのを見たトクトアは、自分も昔同じ事をバヤンにされたのを思い出して微笑んだ。
「
トクトアが指差す方向を見ると、立派な鼓楼の屋根が見えた。
現代の鼓楼とくらべ、場所もそうだが色合いも違うことに気付く。
(この時代は斉政楼って呼ばれてたのか……)
「是非とも近くで見てみたいです!」
鼓楼は大きな丁字路の角に建っており、間近で見てもその堂々たる様は周りの建物を圧倒するかのように大きく、そして迫力があった。
鼓楼は、
この鼓楼から北上し、ちょうど向かい合わせになるように建っているのが鐘楼であり、同じく時を知らせる役目を担っていた。
時間が来ると、まず鼓楼の方から角笛のプーから始まり、お次は太鼓がドドンガドンと鳴る。
そして鐘楼がゴーン、互いに共鳴し合って大都の住人達に時を知らせた。
午後からの日差しを受け、湖の水面はキラキラと輝き、遠くから来た異国の積み荷を運ぶ河船が何隻も浮かぶ。
湖と運河の両岸には柳が植えられ、涼風にそよそよと揺れていた。
まるで絵のような風景に、つい立ち止まって見とれてしまう。
(綺麗。積水潭ってこんなに大きな湖だったんだ。現代では積水潭は駅名と、いくつかの大きな池に離れてるのに)
甘い揚げ菓子、南国の果物と砂糖漬け、絹地のスカーフ、革製品、宝飾品等の土産物が並んでいる一角に到着。
「ごめんなさ――いっ!」
突然、シュエホアの前を子供達が元気良く横切った。
各々コップを手に走っている。
興味を引かれたので目線で追うと、近くに量り売りの飲み物を売っているおじさんがいた。
子供達のお目当ては果物ジュース。
子供達は銭を払い、きちんと並んで順番を待っている。
(旧き良き時代って感じ。いいわ~)
シュエホアがじーと見つめている先を見たトクトアは、的当て遊びをしている露店を見つけ、これはまずい、とシュエホアの顔を反対方向に向けた。
「痛たたた!」
「余計なモノは見なくてもよい!」
飲み物を欲しがっていると勘違いされた思った。
互いに勘違いだ。
「あれ?伯父様がいません!!」
側にいたはずのバヤンの姿が見えない。
「まさか…… 人拐いに!?」
「馬鹿な、伯父上を連れて行く者がこの世におると思うか?」
「絶対いないですね…… 多分、大泣きするのは人拐いの方だと思います」
「よく分かっているではないか」
二人が通りを眺めていると、
後方から拍手が聞こえてきた。
「よっ、旦那!なかなか良い腕をしてらっしゃいますね!!」
「まさか……」
トクトアは後方にある、的当ての露店を見た。
「伯父上!」
シュエホアは露店を見て指差した。
「伯父様!」
いつの間にやら露店に行っていた。
トクトアは苦笑した。
(この二人、思考が似ていたとは……)
「おい、其方達もやれ!なかなか面白い遊びだ!ほれ、景品だとよ!」
見ると夫婦湯呑み。
「良き物を手に入れられました……」
「……良かったですね。伯父様」
いったい誰と使うのだろうか?
二人は、何となくもの悲しい思いでそれを見つめていたが、本人は満足そうに頷いていた。
(執事のトゥムルさんと使うのかしら?まあいいか、満足そうだし……)
「じゃあ、私も参加して来ようか
しら!」
腕まくりして参加。
的当て――と言っても射的みたいなモノで、好きな景品が書いてある箱に狙いを定め、毛糸で作った玉を当てて倒せば良いだけだ。
しかし実際挑戦してみると、これがなかなか当たらず、そう簡単には倒れない。
「ちー坊は下手だな……」
バヤンは信じられないという顔をした。
「貸してみろ、私がやってやる」
横でトクトアがイライラしながら見ている。
「今度は、上手くいきますって!」
しっかり狙いを定めて投げた。
「やった!倒れたわ!!」
倒れた箱には〈懐かしの玩具〉と書かれていた。
「お見事!!はいお嬢さん、竹細工のおもちゃとチンギス・ハーンとボルテ皇后のお話絵本ね」
「あ、ありがとう……」
もう一回挑戦出来ると聞いたので、
ずっと気になっていた何も書かれていない箱を狙うことにした。
露店の店主は盛り上げ、見物人も興味津々でことの成り行きを見守っている。
「ほれ、当たれ!!」
おもいっきり毛糸玉を放り投げた。
「わーい。倒れた!!」
見事命中したようだ。
「お、すごいね、お嬢さん!大当たりだ!!」
シュエホアは両腕上げて万歳。
バヤンとトクトアはガッツポーズ。見物人も拍手喝采。
「幸運なお嬢さん、景品なんだけど、大きい箱と小さい箱のどちらか好きなのを選んで!」
露店の店主は大小の箱をどーんと目の前に置いた。
大きい箱と小さい箱、どちらかを選べ。
昔話のあるある設定と同じだ。
確か、欲深な人間は、大きい箱を選んで酷い目に合っていた……
(実はそう思わせといて…… いやまてよ、そんなことはないか……)
迷っていると、横からバヤンが指差した。
「ちー坊、あの大きいのにしろ!」
「それが一番良い!」
トクトアも同じ意見ではないか。
「フッ、お二人共欲深いですね。私はそんな手には引っ掛かりませんよ。伊達に昔話を読んでませんからね。小さい箱でお願いします!!」
二人が反対するのも聞かず、小さい箱に決めた。
「はい、じゃあ小さい箱ね」
「いったい何が入ってるんですか?」
「それは開けてからの、お・楽・し・み!」
露店の店主は意味ありげな笑顔で渡してくれた。
箱は桐製なので軽い。
帰り道の途中、二人はぶつぶつ文句を言った。
「何で小さいのにするかな!」
「絶対、大きい箱だったのに……」
シュエホアは口を尖らせて言った。
「もう!いいじゃないですかーっ!ただのお遊びなんですから!」
「で、何が入ってるんだ?」
どれ貸してみろと、バヤンが箱を揺すった。カタカタと音がする。
今すぐ開けて中を見たいが、屋敷に着くまで我慢することにした。
屋敷に戻ると執事のトゥムルが土産物を楽しみに待っていた。
見送り時の「土産物はいりませんから!」は、" それでも普通は、気を利かせて買って来るもんだよ " という意味だ。
控えめに見えて実はかなりの強か者である。
トクトアはいつの間に買ったのやら、果物の砂糖漬けや揚げ菓子が沢山入った包みをトゥムルに手渡した。
「いや~そんなお気を遣わせてしまって。お土産なんて本当によろしいですのに…… いや~そうですか?せっかく若君が買って下さったのですから慎んで頂戴いたします!皆、喜ぶことでしょう。ありがとう存じます!」
と、小躍りしながら去って行った。
シュエホアは通いで来てくれる薪割りのおじさんと風呂炊きのおばさんに、竹細工の玩具と絵本をそれぞれプレゼントした。
二人共、孫が喜ぶ、と喜んでくれた。
そして、問題のこの〈お面〉だ。
どうしたものか……
シュエホアはお面を手に悩んでいた。
流石にこれだけは誰も受け取らなかった。
実はこのお面、あの小さな箱に入っていた物だった。
バヤンは屋敷に着くなり、早速箱を開けた。
室内に入るまで待てなかったようだ。
蓋を取って開口一番が、
「な、何じゃこりゃ――!?」
一瞬、お面から不気味な青白い光が放たれたような気がした。
「凝ってる割に不気味だな……」と、トクトア。
「本当…… 微妙な感じ」
手に取って眺める。
お面は、大小の
青い目――なんだかトルコのお守りナザール・ボンジュウに似ている。
それが全体に器用に貼り付けてあって、お守りアクセサリーというよりは、むしろ〈魔除け〉という雰囲気を醸し出していた。
要するに普段身に付けたくない感じの。
「伯父様!お仕事の休憩時間とかで、これを着けてお昼寝したらいいんじゃないですか!」
現代で言うアイマスクか?
バヤンはお面を受け取り、顔まで近づけていく。
「そうだな、使ってみるか。って、誰がそんなのするかっ!」
ノリが良い素敵なオジサマ、バヤン。
「目だけならまだいいが息苦しいわ!ほれ、返すぞ!」
お面を返された。
仕方なく渋々受け取る。
「じゃあトクトア様!ほら、いつか遺跡の本に 、″ 死者は翡翠の仮面を被って埋葬されていた ″ 、と記述されていたじゃないですか?何処の遺跡か忘れましたが、それみたいでカッコ良くありません?」
バヤンが駄目ならトクトアだ。
しかし、トクトアも要らない、と言った後、まだおまけにとんでもないことを付け加えた。
「其方がこの世に別れを告げた後、被せて埋葬してやるから安心しろ」と。
やっぱりお面の主は
(え――なんか嫌……)
その夜、こっそり書斎の壁に飾っている所をトクトアに見つかって叱られるが、それでもそのままにしておいた。
最初は「気持ち悪いから外せ」と言っていたトクトアも、段々見慣れてきたのか最近はもう何も言わなくなった。
それどころか、たまに布でお面を拭いてやっている。
理由を尋ねると「書斎の魔除けだから……」と。
あのお面は、今ではインテリアの一部になっている。
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