第21話 蒼い狼男伝説

トクトアは後ろから順調に盗賊を追いかけ、とうとう袋小路に追い詰めた。


「クソ~てめぇ!俺達に勝ったと思うなよ!」


頭目は歯ぎしりした。

子分の内の一人が頭目に耳打ちした。


「お頭!もしもの時の計画其の一、を使いやしょうか?」


「お、そうだったな!よし、やれ!!」


子分は懐から細長い棒のような物を取り出すと、倒れないように太めの竹筒に入れて固定した。

 どうやら花火のようだ。

 だが着火しようにも汗で湿気てしまっているのか、なかなか火が付かない。

 で、仕方がないので諦めることにした。

今度は別の子分の一人が指笛を吹いた。

と、言っても全く吹けないので、情けない事に口真似だった。


「ピー、ピー、ピー」

「ピー、ピー、ピー」


それを合図にどこから現れたのか、新たな賊が追加された。

結局、あの花火は使っても使わなくてもどっちでも良かったという事だ。





トクトアが盗賊一味相手に孤軍奮闘している頃、いったいバヤンはどうしているのだろうか?

なんと、彼は相変わらず道端で眠っていた。


ヒタヒタ……

ヒタヒタ……


彼は夢うつつに何者かの足音を聞いた。


ヒタヒタ……

足音が止まった。


(トクトアか?)


足音の主はすーっとバヤンに近付くと、彼の身体を揺さぶった。


「もう、人が寝てるのに。いったい誰だ?」


起こされそうになって機嫌が悪くなったバヤンは、自分の身体を揺する手を邪険に振り払おうとするが、これが何故か当たらない。

目をつむったままだから仕方がないにしてもやっぱり変だ。

 本当に当たらないのだ。


彼もいい加減、この辺で起きればいいものを抵抗のつもりか、ガリリ、と嫌な音を立てて歯ぎしりをした。

 意地でも起きるつもりはないとの姿勢だ。

 相手はそんなことに慣れっこのようで根気良く声を掛けた。


「殿…… あなた…… 起きて……私達の息子、トクトアが……」


優しく、柔らかな美しい声。

それは懐かしい亡き妻の声だった。 バヤンは飛び起きた。


「サラーナ!?」


夢だろうか?側に美しかった亡き妻の姿があった。

 バヤンは腕を伸ばし、妻を力強く引き寄せて抱きしめた。

  そして一旦、身体から離すといとおしむ様に妻の頬を撫で、それから接吻をしようと顔を近付けた。

亡き妻は優しく微笑み、それに応じるかに見えたが、何か様子が変だ。

突然、妻の身体が激しく震えだした。


「あれ?嫌なのか!?妻よ」


身体の震えは次第に大きくなりなかなか止まらない。

 やがてその美しい顔には不向きな髭が生え始め、形の良い唇から覗く白い綺麗な歯は、黄色く醜い乱杭歯に変わっていった。


その様子を見て、さしもの豪胆で聞こえたバヤンも、これには面食らった。

 目の前に確かにいたはずの愛しい妻の姿はもう何処にもおらず、代わりに、一人の黒装束の男が自分に剣を向けている。


つまり、眠っている彼の懐から金目の物を盗ろうとした賊の一人を、どういう訳か?亡き妻と見間違えて嫌がる賊に無理やり接吻しようとしていた。

 酔った勢いで…… なんてよくある話だが、むさ苦しいおっさん同士の接吻は嫌だ。


(あんな奴が何で妻に見えたんだ?)


「おえ、気持ち悪い……」


バヤンは急に吐き気を催し、その場で吐いた。



その隙を狙って賊はバヤンを剣で刺そうした。

 しかし、流石は数々の戦場を生き抜き、武功を立ててきたバヤン。

そう簡単に倒される筈がない。

 賊の剣を難なくかわすと、咄嗟に道端に落ちている物を、それぞれ左右の手に掴んで素早く反撃した。

 そのあるものとは?

左手はトクトアの剣のさやを掴んでいる。

 では右手は何だろうか?


「正解は傷んだ大根だ!!お前らみたいな賊には過ぎたおもてなしだ!よ~く味わって食えよ!!」


怒ったバヤンはまず、鞘を賊の脳天に叩き込み、相手が弱った所を、今度は胸ぐらを掴んで倒れない様にしてから、傷んだ大根を力一杯相手の顔に擦り付けた。


「お前のその乱杭歯は、良いおろし金の代わりになるだろうよ!それそれ、擦ってやるぞ!!」


これには堪らず賊は泣き叫んだ。


「ふ、ふげ、もご、ぎょえー!!!」


この気の毒な賊の声の絶叫は、ここから一町ほど先にいるトクトアと賊がいる所まで聞こえた。


「な、なんか叫び声が聞こえたよな?」


「え?誰だ!?」


盗賊達はにわかにざわつき始めた。そこへ、また叫び声が聞こえた。


「ぎゃー勘弁じでぐれー!!」


子分の一人が、こちらに向かってけつまろびつしながらやって来るのが見えた。

その姿は血だるま状態。

おそらくさっき転んだせいで顔面を擦りむいたのだろう。同時に鼻血も吹き出たが、対処している間もなく放置し、瞬く間に衣類は鼻血染めになっていったに違いない。

月の薄明かりの下でも血がテカテカと光っているのが分かった。

もはやその姿はホラーで、見る者全員をぞっとさせていた。

 しかも、よほど怖い目に会ったのか身体を震わせながら、しきりに後ろばかりを気にしている。



 ドタタタタ……

地響きに似た足音が聞こえてきた。



仲間は確かに何かを連れ帰って来ている。

 無論、好きで連れ帰った訳ではなく、向こうの方から勝手について来たらしい。

それは恐ろしい唸り声を発していた。


「ウガー!!待てー!!」


程なくして、暗い通路から男が鞘を振り回しながら現れた。

真夜中、静かな街に響き渡る咆哮ほうこう


その世にも恐ろしい形相と口の端から覗く、まるで金剛石の如く硬質で頑丈そうな糸切り歯が、月の光を受けてキラリと光り、ますます皆の恐怖心をあおっていた。


糸切り歯。いや、そんな可愛いものじゃないだろう。

 これはもう牙である。これ以上の恐怖はないに違いない。

  盗賊達は余りの恐怖に口々に叫んだ。


「妖怪だ!!」


「狼男だ!!」


「ヒマラヤの雪男イエティだ!!」


「伯父上……」


トクトアだけが伯父だと分かっていた。


「こらー!!お前ら!!今宵は誰一人帰さんぞ!!お前らはこの俺と過ごすんだからな!さあ、最初に俺の相手になりたい奴は何処のどいつだ!?」


とっても気持ち悪い意味深な発言だ。

 皆、恐怖と気持ち悪さで逃げ惑う。


バヤンは盗賊を一人ずつ捕まえ、遠慮なくしていった。

中には慌てふためいて転んだ仲間を踏み台代わりに使って、自分だけ塀の向こうへ逃れようとする輩もいたが、バヤンによってあっさり引きずり降ろされて殴られた。

 気の毒なのが踏み台代わりになった男の方だ。

 一緒に捕まり、おまけに殴られ、目の前をチカチカ光りながら回る星を眺める羽目になったのだから。

  その暴れっぷりはまさに奇人!いや、鬼神の如し。

それでも刃向かう賊には、その頭を脇に抱えて締め上げ、動きを封じてから、げんこつに酒臭い息をハ~っと吹きかけて頭を数発殴って倒した。


「伯父上!」


トクトアは右往左往する盗賊を乱暴に剣の柄で殴り、蹴り飛ばしながらバヤンの方へ移動した。

 端正な顔立ちに似合わずやることがえぐい。

  バヤンもトクトアの方に行く途中で、盗賊をわざわざ殴ってボコボコにしてから来ていた。


「伯父上、やっとお目覚めになりましたか。安心致しました」


「おお、トクトア!其方も無事で良かった!ほれ返す。剣の鞘だ!こいつらを引っ捕らえるぞ!」


伯父は散々暴れてすっきりしたのか、穏やかな表情に戻っていた。


(機嫌が悪いまま帰らなくて良かったが、今更、捕らえるとおっしゃるか。既に数人は私が斬ってしまったが……)


トクトアは面倒臭いと思ったが、バヤンに協力した。


「くそ、これはヤバい……」


目の前で手下をどんどん倒されて行くのを見た盗賊の頭目は、自分だけが逃げようと、進路を塞いでいるトクトアに斬りかかっていくが、 ひょいと避けられたうえ、峰打ちを食らって気を失った。


この大捕物劇?のお陰で、盗賊達は全員捕まり、バヤンは大都の平和を守った功労者と称えられ、後に元史の一頁いちページに記されるのだが、清の時代(再編纂された)になると、誰が読み間違えたのか?見間違えたか?〈狼男の記述など不適切で不要〉と省かれ、名も知られていない怪異録の方に書き残されたらしい。

狼男。架空のモンスターになってしまっているではないか。

狼と連想すれば、男の字を付け足したくなって、はい。狼男になりました!とでもいうのだろうか?

ところが清が滅亡後、怪異録は何処かに紛失したとの事。

  またとある村には代々という話が語り継がれているらしく、子供が寝ない時はこの話を聞かせ、「早く寝ないと、蒼い狼男が迎えに来るよ!!」と、言って諭すという。

案外、伝説って人々の都合のいいように解釈されて、または変えられて、日々の生活に利用されている事もあるらしい。多分。


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