第16話 書斎


 書斎は思ったよりも広くて、まるで学校の図書室のようだ。

 蔵書の数も多く、きっちりと各分野、種類に分けられていた。

 これなら何の本が何処にあるのか一目瞭然だ。


「すごい!これだけ本が揃っていたら退屈しなくて済むわ。でも夕食後から、ここに来るまでが大変だった……」


 書斎までの行程を振り返った。

 夕食の後、書斎に行って本を読ませてもらおうと席を立った時、直ぐにバヤンに呼び止められてしまった。


「これからだぞ!まだ部屋に戻るには早い!早い!」


「いえ、あの、私は書斎に……」


「書斎なんかよりもここに居なさい。そんなに本ばっかり読むと馬鹿になるぞ!」


 そんな話は聞いたことがない。

 バヤンは雪花シュエホアの手を掴んで引っ張り、無理やり自分の側に座らせた。


「伯父上は、其方のことを気に入ったらしいな」


 側で見ていたトクトアは微笑んだ。

 バヤンと仲良くなれたのは嬉しかったが、「阿剌吉アルキ酒(後のモンゴル・ウォッカ。アルヒの元と言われるイスラム圏の蒸留酒)、アイラグ(モンゴルの発酵飲料)で義兄弟の契りを交わそうぞ!」と、飲まされた時、正直びっくりするくらいアルコール度数がきつかった。

 最初、未成年者なので、とかなんとか言って断ったのだが(そこだけ未成年者を装う)、バヤンはそんなことはお構い無しに、酒を並々と杯に注ぎこんだ。


「ウハハハハ!構わん。飲め~!」


 なら一口だけと口を付け、すぐに指を器の中につけてから額につけた。

 そうすれば強要されないと『我が青春!素晴らしきモンゴルの風習』という本で知った。

 しかし今現在、出来上がった状態であるバヤンには、それは通用しない。


「ワハハハ、そんな作法は知らんぞ!ほれ、飲め~」


「いや、あんまり飲むと夜中に起きちゃうかなと……」


(誰よ!?あんないい加減な事を本に書いたのは?全然、断れないじゃない!)


 確か著者の名が、ヨッパラッター・アッチャー先生だった。


(もう!アッチャー先生!頼むわ……)


 全く会ったことも、話したこともないアッチャー氏に文句を言ったってしょうがない。


「なんだ?私の酒が飲めぬと申すのか!?」


 隣から完全なる酔っぱらいバヤンが、顔を近付けてきた。

 ヤバい、目が据わっている。

 そう言われれたら仕方なく飲むしかない。


「おお、いける口だな!よし!もっと注いでやるぞー!」


「いえ、もう結構です……」


 シュエホアは慌てて空の酒盃を伏せ置き、注がれないように、これ以上バヤンが触れないように、手でブロックした。


「あー!それは何の真似だ?駄目駄目!それ~注いでやるから遠慮するな!ガハハハハ!!」


 超ご機嫌だ。

 結局、三杯も勧められて必死で飲み干した。そのせいで身体が燃えるように熱い。

 それでもバヤンはなかなか手を離そうとしない。

 THE酔っぱらいに絡まれている図だ。


「さあ、これで私達には絆が出来た!!万歳!!ワハハハ!」


 シュエホアの手を握ったまま、万歳を三回した。

 こっちの状況を理解出来ないくらい酔っぱらっている。

 なおも酒を次いでいる所を見兼ねたトクトアが、代わりに何杯か飲んでくれたので助かった。

 彼がいなければ、今頃ぶっ倒れていたに違いない。

 その後は「御手洗いに行って来まーす」と、さりげなく手を振りほどき、スタコラサッサと逃げることにした。


「こら待て~ウハハハ!!」


「伯父上!!」


 後ろからバヤンの声が追いかけてきたが、構わず無視して逃げた。

 側にトクトアが居るので、彼に任せておけば大丈夫だろう。


「う、ぐっ……」


 おくびが出た。

 胃の方からアイラグが帰って来たらしい。

 シュワシュワとした炭酸の感覚まで戻って来た。

 このアイラグをヒントに誕生した飲み物が、東の島国みんな大好き?カ○ピスらしい。

 そのキャッチコピーとは?

「初恋の味」と頬杖ついて言ってみた。

 残念ながら、そんな恋など忘れてしまったが。


「何が、初恋の味だ!?」


 いつの間にかトクトアが部屋に入って来ている。

 途端にシュエファの顔は赤くなった。


(まさか聞かれてたとは……)


「そんなこと言いましたかなぁ?」


 とぼけたふりをしてみた。

 顔も、道端にある石仏のような穏やかな笑みを浮かべたつもりで。


「気持ち悪い笑顔だな。酔っているのか?」


「気持ち悪い笑顔って。……酔ってなんかいません。って言いたいですが、そうですね…… 多分、酔ってると思います」


 トクトアは苦笑いをすると本棚の方へ行き、何やら難しいそうな本を選んで読み始めた。

 シュエホアは自分も本を取りに行くついでに、トクトアが読んでいる本をちらり盗み見た。


(孫子兵法か、難しそう……)


「伯父上の事だが安心しろ。執事のトゥムルが代わりに相手をしている」


 トクトアは本から目を離さずに言った。


「トゥムルさん、大変でしょうね……」


 トゥムルに同情した。


「それは心配ない。トゥムルは慣れてるからな。今頃、伯父上を寝床に連れてい行ってるよ」


「そうなんですか?良かったー!」


 これで心置きなく、本が読めそうだ。

 まず本棚をじっくりと見て回わった。

 雑学、料理、家庭の医学、釣り、冒険記 、旅行記、兵法書、軍記物、天文学、漢詩、園芸、語学、怪異録、地理、サバイバル本、地図、生物図鑑、植物図鑑、鉱物図鑑、絵巻物、水墨画、学問書、歴史書 、本草 等。

 

 シュエホアは『続玄怪録』『原化記』の二冊を手に取った。

 実は怖い話や不思議な話が好きだった。

 まず先に、『続玄怪録』を読み始めた。


(あら、この話は…)


定婚店ていこんてん』だ。


 ところが、ページをめくる度に、次第にしかめっ面になっていく。


「なんだ、どうしたのだ?」


 トクトアは気になったのか、シュエホアの側に行った。


「この話を読んでむかっ腹が立つのは私だけではないと思います!」


 えらく立腹しているシュエホア。どれ、とトクトアは開かれた本のページを見た。


「これは…… 『赤い糸』の話ではないか。最後はめでたし、めでたし。で終わる。いったい何がいけない?」


 

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