第14話 自己紹介 将軍閣下vs泣き虫娘


着替えを済ませ、ユファに助けられて朝食を取る為に居間へと向かった。


「お嬢様、旦那様が、お部屋で召し上がっても構わないから、とおっしゃっていましたが」


「そうね、でもやっぱり挨拶に行くわ。きちんとお礼を申し上げないと。何事も最初が肝心っていうし…」



痛む足を庇い、長い廊下を歩いて

部屋に入った。

 シュエホアは緊張していた。 相手は将軍閣下である。

すでに、トクトアとその伯父が卓子に着いていたが、シュエファを見ると二人共驚いて席から立ち、「大丈夫か?」「熱は下がったのか?」と側へ寄って来た。


 拱手拝跪きょうしゅはいき。シュエファは二人にこやかな笑顔を向け、少し後ろ足を引くと両手を重ね、頭を両腕の中に入れる様に下げたままゆっくりと跪こうとしたところを、二人にそれは辛かろう、と止められた。

  代わりにシュエホアは、スカートの上の部分を右手で少し持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、上半身は伸ばし、軽くお辞儀した。

フランス人(イタリア系)の祖母メメから教わった挨拶だ。

こちらの方が慣れているので、楽だった。


「御挨拶遅れて申し訳ございません。私は、湘 雪花・ガブリエル・マリーア・フォルトーナと申します。昨日は、並々ならぬご厚情を賜り、誠にかたじけなく存じます」


(口上はこんな感じで良かったのかしら?お祖父ちゃんと一緒に時代劇視てて良かった!でも、ちょっとオーバーかな……)


しかし、痛みがあるがゆえに、ゆっくりとした動作に加え、女性が貴人に対してするこの優雅な挨拶は、その場に居合わせた者を魅了した。


(着こなしはいまいちだけど、ロング丈で良かった!)


伯父はポーと立っていたが、隣のトクトアの視線に気付き、えへん、と咳払いをした。


「これはこれは。丁重な挨拶痛み入る。私はハーン家に仕える将軍、伯願バヤンと申す。我が甥トクトアを救って下さり感謝申し上げる。然したるもてなしも出来ぬが、どうか、好きなだけ当屋敷に滞在されよ」


(伯願バヤン。確かモンゴル至上主義者。最強にして最凶の男……)


シュエホアは、後年漢人虐殺計画を目論むであろう張本人を前にして、独り戦慄した。


「あの、私達も自己紹介しても宜しいでしょうか?」


バヤンとトクトアの間から、執事がぬっと現れたので、シュエホアは内心ではホッとしていた。

 執事は余程、和やかな雰囲気の持ち主なのだろう。それに終始笑顔だった。


「 私は当屋敷の執事トゥムルと申します。歓迎致します。大都へようこそ!お嬢様」


皆、先を争う様に自己紹介をしていった。


「私は海藍ハイランと申します。漢人とモンゴル人の混血です。

お会い出来て感激です!」


美しい黒髪と、切れ長の黒い瞳が印象的な若い女性だった。


一辺に沢山の家人達が、フルルトゴー、フレル、ボルド、ロー、ナラン、と紹介していくので、覚えるのが大変だ。


最後は長年勤めているのか、貫禄のある女性で登場で終了となる。


「お嬢様、私はナルスと申します。侍女達を監督している者にございます。若君をお助け下さり、ありがとう存じます」


助けたと言っても、偶然虎の上に落ちたに過ぎず、ひとり悪戦苦闘しているところをトクトアに助けられ、屋敷で手当もしてもらい、おまけにそのまま泊めてもらえた。

感謝をしなければならないのはむしろこちらの方だと思った。

見ず知らずの自分に、こんなにも親切にしてくれるトクトアは、もはや聖人にも等しい存在だ。

ましてやこんな怪しい自分を受け入れるのを、よく納得出来たと思う。

伯父のバヤンと、この屋敷の家人の懐の深さに敬服する。


トクトアが家人達を見渡し答えた。


「まだ、来ていない者もいますが」


「もういいんじゃないか?

この場に居ない者は、また後で各自すれば良いではないか。もう朝飯を食べよう。客人が可哀想だ」


バヤンはシュエホアの手を取ると、 自ら椅子を引いて座わらせた。

この紳士的な行動に嬉しくなった。


「ありがとう存じます」


「なんの、そんなに気を遣ってばかりいたら疲れてしまうぞ。さあ、一緒に食べよう」


バヤンは笑顔で言った。

こちらの気をほぐそうとしてくれているのが分かる。

 背も高く、浅黒く日焼けした肌、精悍な顔立ち、髪は黒く短く、髭が似合うダンディーな感じの男性。

スーツを着たらさぞかし似合うことだろう。

少々取っ付きにくいトクトアとは違い、 気さくで親しみやすい魅力的な人に思えた。

 やっぱり別人とシュエホアは喜んだ。




残念だがそうではない。

後にシュエホア知る。

彼が悪名高き男バヤン、その人だと。

彼は歴戦の猛将であり、勇者バートルの称号も得ていた。

その気さくで親しみやすい人柄からはとても想像できないが、敵を前にした時の彼は、冷酷非情の殺戮者に変わる。




話は、十年前に遡る。



「将軍!敵は城壁内の館に隠れており、出てきません!!」


まだ、若く経験が浅い武将らしい。

それを聞いたバヤン将軍は事も無げに言った。


「それがどうした?伏兵が怖いか?それを恐れておっては、私の部下は務まらん。長梯子を使って異民族の兵に駆け登らせればいい。奴らを矢面に使って、四方から行けば…… どれかは成功するだろう。中から城門を開き兵を招き入れた後、油を容器ごと投げて火を付けろ。今は追い風だ、よく燃え上がるだろう。中から飛び出して来た所を殺れ……」


「は、はい!」


「よいか!刃向かう者共は全て皆殺しにせよ!女だろうが、子供だろうが容赦するな!禍根は断たねばならん!殺すのだ!!」



別の戦での事。

また、あの若い武将が困っている。


「将軍!敵は降伏しました!敵将は自分の命と引き換えに町の人間の助命を嘆願しております!」


「ほう?では望み通りにしてやろう。私が直接首をはねる。

それがせめてもの情けだ。首は町の鐘楼の下にさらせ。妻子が居るなら必ず探し出し、子が男子なら、殺してその首も共に晒すのだ」


「は、はい……」


「我等は世界を震撼させた帝国の末裔。ただ、人が人を治めるのはそう簡単ではない。国を治める者が用心しなければならないのが、民衆に馬鹿にされるのと、恨まれているのを忘れた事だ。人は何かしら与えられても、恨みは容易には消えぬ。この乱世で親しまれる必要などない。恐れられる方がまだいい!」


部下達は皆震え上がったが、なるほど、と感心していた。

その鐘楼は、町の人々から″血の鍾楼″と呼ばれたという。

何故ならその場所は、バヤン将軍によって処刑された親子の首、逆らった者達の首が晒されていたからだ。

その前を騎兵を従え通り過ぎる馬上のバヤン将軍の顔はいつになく厳しい表情をしていた。

 町の人々の中から、厳しいが立派なお方だ、と声が漏れる程に、将軍の鍛え抜かれた筋肉質の身体はまるで彫像の如く美しかった。

人々はそんな彼に憧れと畏怖の念を抱いたという。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る